硝子戸の中

フィクションダイアリー
アウトサイド『泣くな、新栄』














「『泣くな、新栄』に
いつ僕が出てくるのか、
楽しみにしてたんですよね。
ほら、僕、
トップウェーブ大須店よく行ってましたから。」

「まあ、
確かに小松くん(オーバーテイク)はよく来てたな。
「話の中に知人を出さない」
ってのは、
コラムとかもそうだけど、
ちゃんと文章を書く時は、
できるだけ友達の名前を出したくないなって思ってて。
だって
知ってる人の名前が出てきたら出てきただけで笑えたり、
読んでる人が知ってる人だったら、
ぐっと話に入りやすくなるじゃん。
それってちゃんとした文章としては、
ちょっと卑怯って言うか、
すごいつまんない行為だと思うんだよ。
その人を知ってるか、
知らないかだけで読んでる人に差ができるのって。
サブカル的な部分は別として、
そういう感じにはしたくなかったから、
知り合いは出さなかった。
つかいいだろ、
バカみたいに日記に出てくるんだからさ!」

「じゃあ僕じゃなくて、
なんでcinema staffは出てきたんですか?」

「はははは、うるせーよ!
つかしっかり読み込んでんな。
シネマは友達とかそういうのじゃなくて、
時期的な哀れな現実みたいなこと。
こっちは店潰れたのに、
後輩はサマソニ出てたみたいな。
こんなこと、言わすなよ。」

「ははは、
ほんと楽しみにしてたのに。
だって『泣くな』に書いてた通り、
僕はともやさんに呼び出されて、
サイン会にサクラで参加したことあるし、
ある時なんていきなり
ともやさんから電話が掛かってきて、
なんだろうって思ってたら、
「おい、
営業で小松くんの好きな〇〇さん来るぞ!
今日の何時に店来るから。」って。」

「ははは、よく覚えてたな、そんなこと。」

「えー、ははは、ヤバ!」

「いとうくん(the キャンプ)、
これまじ、まじだよ。
それで
「分かりました!すぐ行きます!」
って言ったら、
ともやさんから
「ただバレたら怒られるから、
店に来ても俺と目を合わすなよ。
偶然のフリしろよ。」
って電話切られて。
え?行ってどうしたらいいの?って。
とりあえず
家からお店まで高速全部使って飛ばして。」

「ははははは。」

「来てみたものの、
お店の中入ったらほんとに女優さんいたけど、
ともやさんは目があったのに
まじでレジで知らんぷりしてて。
仕方ないから
「僕、オーバーテイクってバンドやってる小松です!
良かったら聴いて下さい!」
って女優さんに
自分でオーバーテイクのCDいきなり渡したんだよ。」

「ははは、そうなんだよ!
小松くんはさ、
はりきって自分のCD渡すタイプなんだよ!
「ちょっとだけでも会えたら、
喜んでくれるかな?」
って思って電話したけど、
小松くんにはそれじゃ足りなかった。
想定外だったよ。
これで俺が考えてた
「たまたま来て鉢合わせになりました」プランが総崩れ。」

「ははははー!」

「でね、
俺がレジで
「うわ、まじか!
小松、CD渡したぞ!」
と思って見てたら、
横にいたBOSSが
明らかに「ん?」ってなってんの。
BOSSも俺がバンドやってるの知ってたから。
肘で小突かれて、
「村上、あいつは知り合いか?」
って聞かれて。
だって普通の平日の昼間に
店には俺とBOSSと女優さんとマネージャーさんしかいないのに、
唯一の客とレジに
2人もバンドマンがいるとか、
偶然にしてはおかしいじゃん。
しかもCDまで持ってるし。
「名古屋のバンド人口密度どうなってんの?」
って思うだろ。」

「ははは、
小松さん、さすがですね。
で結局、
ともやさんはBOSSに何て答えたんですか?」

「「さあ?見たこともないですけど。」」

「ははははー!」

「てかともやさん、
あれがBOSSさんだったんですね。
でもあの後、
写真撮ってくれましたよね、あの人。」

「そうだよ、あれがBOSS。
「せっかくファンなんだから。」
って、
別に小松くんが
DVD買ってくれた訳じゃないのに、
ただ記念に店のポラで写真撮ってあげようって。
あの写真、
小松くんも嬉しかったのか、
半年くらい
オーバーテイクの物販に飾ってたもんね。」

「へー。いい話。」

「BOSSはそういう人だったよ。
終始、俺は知らんぷりだったけど。
女優さんにも俺は
「オーバーテイク?
知らないなあ。
ほんと名古屋ってバンド多いんですよー。」
とか聞かれてもないのに言ってたからな。
でもあのオーバーテイクのCD、
確か俺、
CDの中にコメント書いてたから、
もらった女優さんも
中開いて見た時、
「村上?明日、照らす?
さっきの店員じゃね?
なに、この偶然?
名古屋のバンド人口密度どうなってんの?
いや、ちょっと待って。
村上はこの人のこと、
「知らない。」って言ってたよね?
…怖!何これ、怖い話!?」
ってなったと思うよ。
俺もあの人にバンドやってる話してたし、
もらった名刺に
お店からお礼のメールした時、
さりげなく
明日、照らすのマイスペースのリンク付けといたから。」

「ははは、やばいっすね!その話。」

「まあ、
めちゃくちゃやってたからな、あの時。
ほんと公私混同の極みだよ。」

「そういえばともやさん、
僕『泣くな』で言いたい事あって。
全部読んだんですよ。
あれほんとに毎日更新楽しみにしてましたから。」

「読んでたんだ。
つかおい、いとう、
それを書いてる時にツイッターとかに書けよ!」

「いや、僕の楽しみなだけなんで。
1人の青年が大人になっていく過程で、
ストーリーも面白いし、
出てくるキャラクターも
原店長とかBOSSとか個性的で、
舞台もアダルトビデオショップって
めちゃくちゃいい設定だと思いましたけど…。」

「けど?
なんか怖いな。
こういう時、
君は本気でめちゃくちゃ言ってくるからな。」

「いつも毎回読んでて泣きそうになるんですよ。
「うわ、やばいな。
これ以上やられたら泣くな。」
って、
でもいつもそこで終わるんですよね。」

「そこで終わる?」

「そこでその話があっさり終わるんですよ。
例えば原店長とか
あんなけ盛り上がって、
ここで劇的な別れがあるのかと思ったら、
あっさりいなくなって。
「あれ?」みたいな。
「ああ、また結局いい話で終わったな。」
って。」

「いとうくん、それ分かる。
僕も読んでてちょっとあった。」

「はははは、悪かったな。
ただのいい話で。
でもそれはさ、
あれが作り物の話じゃなくて、
ただ事実を書いてたからじゃないのか?」

「事実?」

「ほら、
現実って結局そんなもんだろ?
いきなり人がいなくなったり、
いきなり事件が起こっても
ドラマみたいな分かりやすいエンディングはなくて、
そのまま忘れてたり、
知らない間に解決してたりして、
思いの外、
劇的にはならないじゃん。
原店長も高速の渋滞みたいなもんで、
いきなり渋滞にハマって、
「この先に事故でもあるのか?」
って思ってたら、
突然何事もなかったみたいに
渋滞が解消される感じ。
「なんだったんだよ、今の!
せめて故障車ぐらいあれよ。」って。」

「あー、そうかもしれないですね。」

「俺も書きながら、
「これが小説なんだったら、
最後に原店長をもう一回出したいな。」
って思ってたよ。
最後の方に
「村上、あの時は悪かった。」
とか
「村上、お前は成長したな。」
とかそんなこと言って、
またどっか行っちゃうみたいなさ。
そしたら俺も救われるじゃん。
原店長も結局いい人って印象で終われるし。」

「そうですね。」

「でも
実際に原店長とはあれから2度と会わなかったんだよ。
BOSSともあれで話したのは最後だし、
そんなもんだったんだよ。
だからなんじゃないか、
結局ただのいい話ってのは。
ほぼ事実だからね、『泣くな、新栄』は。」

「ほぼ?
事実じゃない部分もあるんですか?」

「事実じゃないっていうか、
あとは書けない話。
書いたら本当に誰かに迷惑が掛かりそうな話とか、
シャレで書いても多分シャレにはならない話とか、
そういうのはやっぱり書けなかった。
別にレジのお金抜いてたとか
そういう悪いことしてたわけじゃないけど、
自粛した部分はあるよ。」

「なるほど。
まあなんで結局、
読んだ感想としては、
「これは誰かと対談でも良かったんじゃないかな。」
って思いました。
多分あれは誰かが聞き手としていた方が話として、
まとまったと思います。」

「はははは!
なんだよ、それ!
感想、薄!
毎日コツコツ書いて、
結局それかよー。
まあいいよ、それで。
書いたことに意味があったからな、
『泣くな、新栄』は。
なんか一回本気で長い文章書きたかったって、
そんなけだもんな、あれ。」






知らないうちに2人が『泣くな、新栄』を『泣くな』と呼んでいて、
「…『幽☆遊☆白書』が『幽白』になったみたい!」
とふいにちょっと嬉しかった自分が
恥ずかしかった夜でした。
『泣くな、新栄』と違って、
『質問ブログ』は
割とプロレスだと思ってて、
はっきり言って
ハッタリ、
フィクションありの八百長世界なんで
あんまり何を言われても
何を言っても気にせずにいてくれら、
僕も嬉しいです。


挨拶まわりでお世話になりました皆様、
ありがとうございました。
さよならパリスは地元あってのバンドです。
引き続きよろしくお願い致します。










リリース情報





タイトル:I LOVE YOU TILL I DIE
2016年8月17日発売
1800円(+税)
HFR-007

MV「STAY/GOLD」

◼︎4:3ワイド (VHS)Ver
https://youtu.be/TMvwLQyAHQY

◼︎16:9 Ver
https://youtu.be/mFyIbypberg

全曲トレイラー
http://youtu.be/g3CT6ueavbE



さよならパリス
『I LOVE YOU TILL I DIE』レコ発TOUR

2016
9/11(日)岐阜 ants
9/24(土)名古屋パルコ タワーレコード(インストア)
9/25(日)新宿ディスクユニオン(インストア)
10/16(日)今池HUCK FINN
10/29(土)モルタルレコード2階
10/30(日)新宿ACB HALL
11/6(日)徳島CROWBER
11/13(日)十三ファンダンゴ
11/23(水祝)京都nano
2017
1/9(月祝)今池HUCK FINN(ファイナル)





さよならパリスHP
http://www.sayonaraparis.com/






写真・『泣くな、新栄』オフ会での1枚。
向かって左・いとうくん、右・小松くん。

| 泣くな、新栄 | 18:47 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』あとがき
『泣くな、新栄』あとがき














あの時住んでいた新栄のアパートは
12.3階建ての8階で、
アパートの入り口に
オートロックはあったけど、
ある番号を押すと簡単に解除することができたので、
僕の友達はみんな番号を知っていて、
誰でも簡単に入ってくることができた。
何よりもアパートの部屋にカギも掛けていなかった。
オートロックに安心していたわけではなく、
付き合っていた彼女が鍵をなくしたので、
合鍵を作るお金がなかった僕は
その時から鍵を掛けなくなった。
トップウェーブ大須店で働いていた間に
彼女とは別れたけど、
鍵を掛けないのが癖になり、
あのアパートを出るまで
ほとんど部屋の鍵を掛けることはなかった。
そもそも
あの部屋に別に盗まれて困るものは何もなかったので、
鍵があってもなくてもどっちでもよかった。
今では外出する時に鍵を掛けている。
ただ
あの時の名残なのか鍵を掛けて外出する際、
鍵穴に鍵を差し込みながら、
「お前はそんな身分かよ。
何にびびってんだよ。」
とどこか後ろめたいような時がある。
あのアパートに住んでいた時に比べて、
今の今池のアパートには
盗まれたら困るものが増えた。
デスクトップのマックもあるし、
父が買ってくれた
一人暮らしには少し大きめのテレビもあれば、
30万以上のお金をつぎ込んで完成させた
さよならパリス用のエフェクターボードも
レコ発ライブ前の今盗まれたら困る。
そう思うと大人になるというのは、
もしかしたら
人から盗まれたら困る大切なものが増えることでもあるのかも知れない。

今回タイトルにつけた『泣くな、新栄』の意味は、
当時、
たまに風が強い日に部屋に1人でいると
周りに8階以上のマンションがなかったので、
異常に風が強く
「びゅー、びゅー」と唸り声をあげては、
窓にぶつかってまた唸り声をあげて
消えていった音が
誰かがどこかで泣いているように聞こえたことからきていて、
新栄全体が泣いている様な悲鳴にも似た
あの音が聞こえてくると
友達も彼女も来ない1人で眠る夜は
心細くてたまらなかった。

「今の俺はこの世の中にいてもいなくても
どっちでもいい人間なんだ。」

フリーターの身分で売れてないバンドマン、
あの時、
そんな社会のどこにも属していない恐怖と毎日戦っていた。
そんな気分でいる僕に
追い打ちをかけるかのような
新栄の泣き声が聞こえてくると
余計に気持ちが落ち込んできた。
頭の中で
布団から起き上がり、
ベランダに走って行って、
飛び降りる自分自身の姿の妄想がぼんやりと浮かんでは消え、
浮かんでは消えていく孤独な夜の時間。
その度に頭を振り、
敷き布団の隅をぎゅっと握りしめて、
自分の体が床から離れないようにしながら、
ただ涙を堪えるのに必死だった。

「泣くな、
今お前まで泣いたら惨めになる。
だから絶対に泣くな。」
そう何度も自分自身に言い聞かせていた。

今でも今池のアパートであの夜の事をふと思い出すことがある。
今は3階に住んでいて、
同じくらいの背丈の建物が周りに乱立している為か、
風がそこまで強くはなく、
泣いてるような音はどこからも聞こえてこない。

しかし
今ふと思い出すと
あれはただ幻聴だったのかもしれない。
心細い自分に新栄の街を重ね合わせただけであって、
もしかすると泣いているような音は
実はどこからもしていなかったのかもしれない。
もう今ではあのアパートのオートロックの暗証番号を忘れてしまったので
アパートの中に入ることもできないし、
何よりも今あの部屋に住んでいる誰かは
部屋に鍵を掛けていると思うから、
勝手に入って確認することもできない。
そして今の僕は
一流の社会のどこかに所属している訳でも
バンドが売れた訳でもないけど、
幸か不幸かある程度の知恵もついたので、
あそこまで苦しむことは二度とできない気がする。
だからどのみち、
きっと今の僕には聞こえないだろう。
ただ聞こえなくなった今となって
あの日々を振り返ってあるものは、
追い込まれるほどの苦しみというよりかは、
懐かしいヒリヒリとした思い出の中の痛みでしかない。

この話の全てを
今社会や現実の狭間で孤独に戦っている
全ての夢を持つ人たちに捧げます。
志半ばの上、
結果も出してない分際で
偉そうなことを言える立場ではありませんが、
最近なぜか年下の子たちから
漠然とした将来への不安について
相談を受ける機会が増えた。
『泣くな、新栄』は
本音を言うと
最初はさよならパリスのアルバムに向けての宣伝目的ではあったけど、
やっぱり
iPhoneが壊れて全てが一回消えても
またゼロから書き直そうと思えたのは、
あの時、
彼らや彼女たちと話し切れなかったことを
「この話が何かの足しになったらいいな。」
と思ったのは大きかった。
だから
当初あった宣伝部分の全ては排除し、
ただあの時話し掛けてくれた
彼や彼女にまた話しかけるように
毎日コツコツと書いた。
正直、
僕よりも経験を積んだ人生の諸先輩方には
「何を偉そうに。」
と思われた部分も多々あったかと思うが、
その点はどうかご容赦頂きたい。


誰にでもいい時もあれば、
悪い時もあるよ。
君だけじゃない。
読んでて分かっただろうけど、
俺なんて酷いもんでしょ?
長過ぎて最後まで読んでない?
先輩に語らすだけ語らせるなんて、
君もなかなか酷いねー。
てかさ、
俺だってどうしたいのか、
今だに分かんないって。
みんな、
多分だけどそんなもんなんじゃないかな。

とりあえず
たかだか先に生まれただけの人間として言えることは
幻聴にも等しいような夜の泣き声が聞こえてくるなら、
その声にそっと耳を傾けてみて下さい。
多分、
そこに今の自分が見えてくる気がするよ。
辛いなら辛いでいいから、
是非その今の自分を
そっと抱きしめてあげて下さい。
きっとその時間が
いつかの君を助けてくれる日が来るから。

いつかまたどこかで会おうね。
楽しみにしてる。


最後になりましたが、
僕を今の僕へと導いてくれた
トップウェーブ大須店を始め、
BOSS、原店長と早佐乙さんとアルバイトのみんなへ、
お会いした数々の女優さまとメイカーさま、
担当者さまに感謝を込めて。


最後まで読んでくれた皆様、
このブログやツイッターで
わざわざコメントを頂いた皆様、
「日記早く更新してくれ!」
とわざわざメールをくれた友達のみんな、
本当にありがとうございました。





トップウェーブ大須店

一番人生で多感だったあの頃に
刺激的で楽しい時間をどうもありがとう。
あの日、
あの場所で
あの棚と棚の隙間に
求人広告を見つけなかったら、
きっと今の僕はいなかったよ。


いつかまたどこかで会おうね。
楽しみにしてる。






明日、照らす/さよならパリス
村上友哉
| 泣くな、新栄 | 22:00 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』14.それから
『泣くな、新栄』14.それから








帰り道、
バスを降りて家まで
歩いているとカバンの中でiPhoneが鳴っていることに気がついた。
表示された名前を見て、
思わずiPhoneを落としそうになった。
あれから2年以上経って、
今更この名前が表示される日が来るなんて
思いもしなかった。
「悪いことでもあったんじゃないか?」
一瞬出るかどうか迷ったが、
とりあえず出ることにした。
今、話をしてみたいと純粋に思った。

「お、お疲れ様です!」

「おー、村上かぁ?お疲れ。
まだ生きてか、おめーは。
がははは。」

電話越しに嫌味とともに
福島訛りの懐かしい声がした。
トップウェーブ大須店前で
トラックを見送った日以来、
久々に聞いた声だった。



閉店を告げられた日の2週間後、
4階から順番にトップウェーブ大須店を片付けていった。
まずは事務所を片付け、
机や棚など事務用品で使えそうなものは本部に送り、
応接室で使っていた電子レンジはなぜか僕にくれた。
その1週間後、
3階の商品も全て返却し、
棚だけ4階に持って行って、
1階と2階は最後までそのまま残した。
お客さんには閉店セールもないし、
その告知もしなかった。
ただ日に日に誰にも分からないように
じわじわと規模を縮小し、
最後には何もなくなる夜逃げのような閉店。
中で働いていた僕でさえ、
本当にこのままお店がなくなるか、
1階と2階が残っていた段階ではまだ信じられなかった。
BOSSからはあの日以来、
閉店についての話はなかった。
ただ言われるがまま、
じわじわと店内を片付けていった。
メーカーさんが閉店を聞いて、
何人か挨拶に来てくれたが、
奇跡的にいつもBOSSがいなかったので、
店長代理だった僕が対応していた。
「こんないきなりだなんてびっくりして、
いざ来てみたんですが、
今月で本当にお店がなくなるなんて、
まだ信じられません。」
とメーカーの担当者たちに言われるたび、
「僕も同じです。」
としか僕も言いようがなかった。

最後の1週間前になり、
ついにお店を完全に閉めて、
トップウェーブ大須店の閉店作業に取り掛かった。
まずBOSSは福島から馴染みの解体業者を呼び、
大小合わせて100個くらい棚をみんなで壊した。
BOSSに連れられてきた解体業者は
リーダー格のおじさん1人と若いヤンキーっぽい2人で構成されていて、
僕は最後まで彼らとほとんど口をきかなかった。
あの時の僕は彼らに対して、
BOSSからちゃんとした閉店の告知がなかった分、
「もしかして規模を縮小して続けるのかな?」
と淡い期待もしていたが、
彼らが来たせいで
トップウェーブ大須店の閉店は確実なものになった
と言わんばかりに思っていた節もあった。
もちろん当然彼らには何の罪もない。
BOSSともあの日以来、
一度もまともに話していなかった。
お店にいても目も合わさず、
「棚、壊せ。」
「トイレ、片付けろ。」
と一言だけいきなり言われるだけだったし、
何か聞くと
「あ?」と睨みつけられたので、
「ほんと大人気ないな。」
と僕も話しかけなくなった。
正直、
内心ではビクビクしていて
毎日BOSSに会うたびに息苦しくなるような変な緊張感があったが、
それを悟られないように
本心とは逆の態度を取るしかなかった。
「気に食わないなら、
早く辞めさせたらいいだろ。」
そんな露骨に出した反抗的な態度が伝わったのか、
日が経つにつれて
余計にまともに話しかけられることはなくなっていった。
それでも毎日お昼のお弁当は
BOSSのポケットマネーで出ていた。
今思うとわざわざお金を出して、
ご飯を買ってくれていたので、
睨みつけられてはなかったのかもしれない。
例え睨みつけていたとしても
多分気まずくて、
そういう態度しか取れなかっただけだったんだろうと思う。
しかし毎日が掃除や解体の肉体労働続きで、
そんな想いやりを持つ余裕はなかった。
僕自身、
元々力もある方ではないし、
鉄で出来た大きな棚を壊すのも、
その鉄くずをトラックまで運ぶのも本当に大変だった。
トイレ掃除も使っていなかった3階のトイレは
蜘蛛の巣が張り、
ゴキブリやネズミがいて、
床から屋根まで汚水やフンで汚れに汚れていていて、
吐き気と戦いながら
身体中に汚水を浴びても黙って黙々と片付けた。
「どうせ辞めるんだし、
新しいお店が入ったら、
業者に清掃くらい頼むだろうし、
もうこの辺で終わろうかな。」
と何度か思ったが、
自分でも見違えるほどキレイになるまで掃除を続けた。
1番きつかったのは、
潰した鉄くずを名古屋の業者のところに持って行き、
鉄くずとして買い取ってもらう作業で、
若い解体業者と僕の3人で
鉄くずをトラックに積み、
港区の製鉄所の倉庫の中に
トラックの荷台から鉄くずを投げ込むだけの仕事ではあったが、
棚は意外と重い鉄でできていて、
冷房のない倉庫の中で汗だくになり、
鉄くずを投げ込んでいると
たまにフラついて自分を投げ込みそうになったことが何回かあったし、
何往復かしていると手元が狂い、
着ていたTシャツに鉄くずが引っかかって
Tシャツが破れた。
お店で鉄くずを積んで移動し、
鉄くずを投げ込んではまた帰り、
再度鉄くずを積み込む。
それを1日繰り返していると
夕方には腕が上がらなくなった。
1階の女の子は閉店作業が始まる前に
無断で来なくなった。
中野くんは閉店作業が始まる前に自主退職してもらい、
主に僕と早佐乙さんの2人だけが清掃と解体作業に当たった。
毎日が本当に体力との勝負だった。
でも
この作業をただ黙ってやることが
BOSSへの反抗心でもあり、
BOSSへ自分が今まで行ってきたことへのせめてもの報いでもあったので、
「弱音は絶対に吐かない。」
と心に決めていた。
トップウェーブ大須店最後の日の前日、
最後に向けて簡単な清掃作業を終え、
地べたに段ボールを引いて、
お昼ご飯を食べているとBOSSが僕のところに来た。
「また何かやれと言われるのかな。」
と思っていると
「村上はいつもシフトでガタガタ言うから、
たまに腹立ってたけんど、
お前が汗だか汚水だかよく分からんねえのにまみれながら、
必死でトイレ掃除をしているところを見て、
なんだ結局はちゃんとしたいい奴なんじゃないかと思ったな。
早佐乙もそうだ。
あいつも喋んねーからよく分かんなかったけど、
文句1つ言わず解体作業をしてくれて、
感謝してる。」
と言われた。
突拍子がなくて、
「あ、ありがとうございます。」
としか言えなかったが、
ちゃんとやっていてよかったなと思った。
結局、
どんな仕事だって見てる人は見ていた。

次の日、
お店の中から全てがなくなり、
完全にトップウェーブ大須店は跡形もなくなくなった。
最後に有線を切ると
見渡してもあるのは白い壁だけで
ここにあの膨大な数のアダルトビデオが並んでいて、
原店長から怒られたり、
色んな女優さんに会ったり、
あの様々な出来事が行われていたとは思えなかった。
ただ目の前にあるのは
異様なまでに広々としていて、
不気味なほどに静かな真っ白なスペースだった。
作業道具や在庫品などの全てをトラックに積み込みが終わると
BOSSに飲みに誘われて、
解体業者3人と僕とBOSSで飲みに行った。
早佐乙さんは断ったのか、
誘われなかったのかいなかった。
飲み会の席では、
終始和やかな空気が漂っていた。
解体業のリーダー格のおじさんに
「娘がホワイトベリーの追っかけで困ってる。」
みたいな話を頬に手を当てて
心配そうにBOSSへ話している姿を見て、
「今更、『夏祭り』!?」
と思いながらも
思いの外可愛らしい人だったことが分かり、
「なんでもっと早く仲良くならなかったんだろう。
この人たちに当たったところで何にないのに。」
と思いながら話を聞いていた。
この時に今でも覚えているのが
僕のバンドの話題になり、
悪気はなかったんだろうが若い業者に
「サマソニ出ないんですか?」
とニヤニヤと冗談で言われて、
イラっとしたこと。
確かこの年にcinema staffがサマソニに出ていて、
「俺がシネマなら言い返せたのになあ。
冗談をひっくり返せたのになあ。」
とただただ悔しかった。
そういえば
ここでBOSSと話した記憶がない。
ただ覚えてるのは、
「BOSSが心配してましたよ。
あいつらこれから大丈夫かって。」
とBOSSがトイレに行った隙に
リーダー格のおじさんにそう言われたことだけで、
BOSSは僕らには直接言わなかった。
2時間くらいで会がおひらきになり、
トップウェーブ大須店の前に戻った後、
BOSSが解体業者の3人と一緒にトラックに乗った。
感動的な別れがあるのかと思いきや、
「お疲れ。村上、まあ頑張れよ。」
BOSSは助手席からそう言い残すと
そのまま一緒に福島へ帰って行った。
僕は1人でそのトラックを見送り、
トップウェーブ大須店はひっそりと閉店した。
本当にあっけない最後だった。


「お疲れ様です!」

「おー、村上かぁ?お疲れ。
まだ生きてか、おめーは。」

「生きてますよ、生きて!
BOSSこそお元気そうですね。」

「おー、俺は元気だっぺ。
つかおめぇ、
あれからどしてたんだ?」

あれからこんなことがあって、
今はこんなことをしていています、
結局、
新栄のアパートを引き払って、
実家に帰ってきました、
バンドはまだやっていて、
彼女とは別れました、
そんな近況について話した。
いつもなら
おしゃべり好きのBOSSは
途中で話題に割って入ってきそうだったが、
最後まで聞いてくれた。
本当に興味があったんだと思う。
「お前も色々あったんだな。」
と言われたが、
その声はどこか嬉しそうだった。

「そういえばBOSS、どうしたんですか?
いきなりなんかあったんですか?」

「今度の水曜日な、
解体の仕事で名古屋行くんだけど、
お前、手伝いに来れないか?
夜中の仕事なんだけど。」

「手伝い?」

「3人くらい連れてきてくれ。
3万払うから。」

「3人ですか?」

「余ってる奴、いねーのか?
金もお前が2万貰って、
あとの2人は5千円ずつ分けさしゃいいべ。」

「…。」

「無理か?」

「…、すいません。」

「そうか。」

「ちょっと時期的に忙しくて、
余裕がないと思います。」

「なら知り合いを紹介してくれんか?」

「…、すいません。
平日の夜動ける友達もいません。」

「そうか。」

「あんなけ良くしてもらったのに
本当に申し訳ないです。」

「まあいいべ。」

「すいません。」

「おう、またな。」

「はい、お疲れ様でした。」



正直、
無理したら行けない日程でもなかったし、
手の空いている後輩も紹介できなくはなかった。
でも断ったのは、
多分これ以上はBOSSと関わらない方がいいと直感で思った。
結局、
理由はどうであれ、
あの時、
BOSSは何の前触れもなく
僕らを切ることができたのだから、
仕事に対してBOSSが信用できる人だとは思えなかった。
また解体がどんな仕事を指しているのか、
最悪を考えた場合、
法に触れるような仕事をやらされる可能性もなくはない。
そこは今までの恩やお金の問題じゃない。
自分でも気が付かなかったが、
BOSSが思うよりも僕は大人になっていた。
もうあの頃とは違っていた。

そういえば
あれから早佐乙さんを一度だけ見かけた。
たまたま入った
トップウェーブ大須店と同じくらいの規模のアダルトビデオショップで
1人DVDの束を抱えて品出しをしていた。
一瞬、
懐かしくなって声を掛けようかとも思ったが、
掛けたところで話すことはなかったのでやめた。
それ以来、
たまにお店には行っていたが、
一度も見かけていない。

それからまた2年ほど経って、
たまたま大須で
明日、照らすのライブがあり、
ライブ前に会場辺りを歩いていると
一階でアルバイトをしていた女の子に会ったことがあった。
無断欠勤をする人とは別の人で、
彼女はトップウェーブ大須店が
閉店する少し前に産休で休んでいて、
産休後戻ってくるつもりだったが、
そのままお店が潰れてしまったので、
気にはなっていた。
小さな男の子の手を引きながら歩いていた姿を見かけ、
目があった瞬間、
お互いが声を掛け、
あれからの話を立ち話で話した。
「君があの時、お腹にいたんだねー。」
と子供のほっぺたを突きながら、
「今日久々に
バンドのライブで大須に来たんですよ。
トップウェーブなくなってから、
普段そんなに来ないですからね。」
と彼女に言うと
「私も今は主人の実家のある日進に住んでて、
今日久々に来て懐かしいなって思ってました。
村上さん、
ちゃんとバンドやってたんですね。
本当に偉いですね。」
と笑ってくれた。
この時、
気になってBOSSのことを聞いてみた。
福島の震災の際に
彼女が心配になってBOSSに電話を掛けると
震災で足を怪我して仕事を休んでいると言われたらしい。

福島のニュースがテレビで流れるたびに
BOSSのことはいつも気になっていたが、
電話は掛けられなかった。
あの話を聞いた直後でも
BOSSに電話を掛けなかったことを
今もずっと後悔している。












| 泣くな、新栄 | 21:00 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』13.無題
『泣くな、新栄』13.無題






「BOSS、おはようございます。」

「おう。
とりあえず今日は朝1人でやっといてくれ。
入荷までにはレジ行くから。」

「はい。分かりました。」

「あとな、」

「はい?」

「今月で店閉めるから、
再就職先考えとけよ。」

「…、は?」

「だからさ、店閉めんだっぺ。」

「え?今月?」

「こんな儲からない店、
やってけるわけねぇべ。
だから閉めんの。」

「…。」

「なんだ?」

「いや、ちょっと、き、急だったんで…。」

「急も何もないべ。
再就職先くらいあんだろ?」

「いや、当てもないですし、
考えてもなかったんで。」

「なんだ、世話がやけるやつだべ。
俺が世話してやろうか?」

「…、いや、大丈夫だと思います。」

「なあ、お前なんか文句あんのか?」

「いや、文句なんて、ただ急だなって。」

「急だなってお前な、
店番中にケータイ見てるは、寝てるは、
そんなことばっかしててよく言うべ。
シフトもほとんどお前の自由だったし、
まだなんか文句あんべ!?」

「いや、だから、文句はないです。
ただびっくりしただけで。」

「そんなのは知らねーっべ。」

「…、知らないって…。」

「あー、朝から気分わりー。」

「…、店開けてきます。」



「ねぇ、村上くん聞いた?
今月でお店閉めるの。」

「聞きましたよ。」

「どう思う?おかしいよね?」

「そうですね。びっくりしました。」

「私たちにも生活があるじゃん。
そんないきなりは無理だよね?」

「そうですね。」

「ねえ、今度BOSSに抗議しに行こうよ。」

「抗議?」

「私たちをどうするつもりなんだって。」

「そうですね。」

「ほんと信じられないよね。」

「信じられないですよね。」

「しかし村上くんは冷静だね。」

「そうですか?」

「全然怒ってるように見えないもん。
何を考えてるの?」

「特に何もない。」

「そう。」

「はい。」






何を考えてるの?

あのね、悪いのはBOSSじゃない。
僕らの方だ。
いくらでもやれるチャンスはあったし、
またお店を建て直すことも
もしかしたら
僕ら発信で何かできたかもしれない。
でもやらなかった。
面倒くさいからやりたくなかった。
そんなことをするやる気もなかった。
働く義務を果たしていない人間に
不平不満を言う権利なんかない。
だから当然、
僕にはその権利はない。
抗議なんかできるはずがないだろ。
何考えてんだよ。
女の子だからアダルトもできないし、
一階のあんな簡単な仕事も
まともに出来ないあなたがよく言うよ。
納得いかないのはあなたがバカだからだ。
平気で無断欠勤をして、
バイト中、
ずっと店舗のモニターで映画を観ていたから、
バカになって分からないだけだよ。


そう思ったけど言わなかった。








| 泣くな、新栄 | 21:00 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』12.エメラルドマウンテンの味
『泣くな、新栄』12.エメラルドマウンテンの味



知らない間にトップウェーブ大須店に来て、
2年が経っていた。
『素晴らしい日々』のツアーも終わって、
「次に何かをやろう。」
というレーベルからの話の中で、
弾き語りのシングル『女の子』を出すことが決まり、
「何の曲やろうかなあ。」
とぼんやりと考え出していた頃。
実はこの辺りから
トップウェーブ大須店を辞めようと思っていた。
どう考えてもこれから先、
ここに一生いるわけにはいかないし、
何より明らかに自分がダメになって来ているのは
薄っすらとは分かっていたので、
違う環境に身を置かないと
このままズルズルと生き、
どの道ろくなことにならないと思っていた。
結局、
自分のことは自分が一番よく分かっていた。
もちろん環境が悪いわけではない。
ただ根が弱い人間なので、
中にいて変えられる気はしない。
そうなると
どうしても環境を変えるしかなかった。
とりあえず
パーマを当てっぱなしにしたまま、
ゴムで縛るくらい長くなった髪を切り、
半年間伸ばした髭を剃った。
何から始めたらいいのか分からず、
とりあえずそこから始めるしかなかった。

そんな5月のある朝、
事務所に行くとBOSSに
「今日、
女優と監督と
そのメーカーの流通を手伝ってる
アウトビジョンが挨拶に来るけど、
俺いねーから。
お前相手してやってくれ。」
と言われた。
いつも女優さんや監督が営業でお店に来る時は
必ずBOSSがいて対応もしていたので、
僕が1人で会うことはなかった。

「えっ、いいんですか?」

「いいも何も俺がいねーから仕方ないべ。
とりあえずお前は今日から店長代理!」

「えっ!」

その場でいきなり肩書きだけ上がった。
BOSSには言わなかったが、
やっぱり肩書きが上がることは嬉しかった。

渡された営業用の資料を眺めると
女優さんは全く知らない人で少しだけがっかりしたが、
監督はかろうじて分かる人だった。
ちなみにこうやって監督が直接来ることもあったが、
その機会は稀で、
来る場合は大体監督自身がメーカー(AV制作会社)も運営していて、
そのメーカーの宣伝を兼ねていることが多かった。
この業界で監督自身がメーカーを運営していることはよくあった。
アダルトビデオは男女の最低2人いれば作れるので、
わざわざどこかのメーカーに所属して、
作品の何割か利益を取られることを考えると
予算がフルで掛かるリスクはあるが
そっちの方がある程度ノウハウがあると
話も早かったんだと思う。
メーカーに所属してしまうと
アダルトビデオの監督とはいえ、
会社員になるので、
自分の撮りたい作品が撮れない
というジレンマもあると
営業に来たとある監督から聞いたことがあった。
自分で製作費や経費を背負ってまで、
アダルトビデオで撮りたい作品がある意味は
きっと作り手にしか分からないが、
アダルトも音楽も映画も
ジャンルはまるで違うが同じような世界ではあった。
ついでに話すが、
女優さんもタイプが大まかに2種類あり、
ちゃんとした事務所に所属し、
大手メーカー毎と年間数本単位の契約をしていた『単体女優』と
事務所に入っていても
ほぼ個人レベルでメーカーと交渉し、
音楽でいうところのインディーズのような
活動をしている
『企画単体女優』の2つが主流だった。
ただ今は昔ほどこの垣根はなくなり、
単体女優でも企画単体女優のような活動をする人もいれば、
企画単体女優(キカタン)なのに単体女優以上に
知名度や人気がある人もいる。
こういった個人メーカーの場合、
作品に出てくる人もキカタンが多かったので、
出演している女優さんを知らないことも多かった。

女優さんと監督が営業に来る日、
まずはその女優さんとメーカーの商品の棚の位置を変えた。
やはりお店の意向としては
せっかく出向いてくれるので、
ちゃんと売り場を確保しているところも見せたいところもあったが、
おそらく相手の目的もそこにあったと思う。
明日、照らすのアルバムが出る時もそうだった。
行ける範囲のお店は挨拶に行ったし、
行けない範囲のお店は電話をしたりして、
好印象を持たれるように努めた。
ものすごく草の根活動的な部分もある気はするが、
こういう小売業界で
1番大切なのは人目につく棚を確保できるかどうかなので、
陣取り合戦ではないが、
それを確保するためにも必要な活動だった。
元々、
タレント並みの人気女優ならいいが、
トップウェーブ大須店の場合、
サイン会ではなく、
営業の挨拶まわりに来るのは
割とマニアックなタイトルやハード物を主にする女優さんが多かったのも
その理由だと思う。
トップウェーブ大須店では
マニアックな商品は通常、
人気商品が乱立するレジ前ではなく、
3階に配置がしてあった。
3階は音楽でいうところのアンダーグランドなタイトルばかりで、
お店の棚の位置が分かるお客さんでないと
なかなか足を踏み入れない階でもあった。
また
あまりコンスタントに売れない分、
最初の価格設定も高かった。
僕が記憶しているもっともマニアックなタイトルは『上履き』で、
本当に女の子が履き潰した上履きを履いているだけのDVDだった。
内容は見たことがないので
裏のパッケージを見た判断になるが、
やけに汚れた上履きを履いている女の子が制服を着て出てくるだけで、
もちろん男性が出てくることもなければ、
服を脱ぐこともなさそうだった。
学生時代のコンプレックスを刺激するためのものだったのかもしれないが、
あれが欲しいとは思えない。
裏のパッケージを見ても
大きく太字で
「かかとを踏んだ上履き」
「汚く履き潰された上履き」
と書いてあるだけで、
「これのどこに興奮するんだろう?」
と疑問に思っていたが、
1回も売れたところを見ていない。
さすがにマニアックにも限度があった。

「店長代理の村上です。
店長代理の…。」
夜に来る挨拶まわりに備えて、
役職を伝える練習をしながら、
入荷の作業が終わると
レジ周りの棚を片付けて
新しく棚の場所を作り出した。
棚が出来上がると応接室の掃除し、
サイン色紙やチェキを用意した。
サイン色紙は店内に飾り、
チェキはDVDを買ってくれた人に付ける特典で必要だった。
サイン色紙の在庫を見ると
2枚しかなかったが、
「2枚あれば足りるだろう。」
とそのまま応接間に置いておいた。
夜になり、
予定の20時頃にレジで待っていると
1階から
女性と男性の賑やかな声が聞こえてきた。
夜にトップウェーブ大須店の店内で
女の子の声がすることは
ほとんどなかったので、
それだけですぐに分かった。
レジを早佐乙さんに任せ、
下へ降りて行った。
男性2人の後ろに女の子が1人立っていて、
僕に向かって3人が軽く会釈をした。

「お疲れ様です。
トップウェーブ大須店の村上です。」

「お世話になっております!」

営業の経験はなかったので、
いつもメーカーの人が会った時に言う
「お世話になっております。」
には慣れなかった。
まだ会って数分なのに
何のお世話もしていない。
確かにお店には商品を置いていたが、
お店に商品が置いてないメーカーが来た時にも言われたことがあり、
いつも疑問だったので、
お疲れ様ですとしか言えなかった。
ふと役職を伝え忘れたことを
思い出し、
「今日はオーナーのBOSSがいないので、
店長代理の僕が対応させて頂きます。」
と伝えると
おそらくただのアルバイトだと思われていたんだろうか、
監督とアウトビジョンの担当者が
慌てながら僕に名刺を差し出し、
受け取った後に変な間が空いた。
「ん?」
名刺の返し待ちだったことに
気がついたが、
そういえば自分の名刺を作ってもらうことを
すっかり忘れていた。
「すいません、今切らしちゃってて。
とりあえず棚見に行きましょうか?」
すぐに話題を変えて乗り切る。
「…よ、よろしくおねがいします。」
まだあどけなさの残る女優さんが僕に向かって、
文字どおりにぺこりと小さくお辞儀をした。
おそらく極度の人見知りなのだろう。
女子高生、女子中学生物を得意とする監督だったので、
出演する女優さんの年齢は確か18歳だった。
本当に高校を卒業したばかりにも見えるし、
肌の質感は僕と同い年くらいにも見えた。
ただ基本的にサバを読むことが
割と普通の業界だったので、
実際には分からない。
ただ普通にしていたら、
どう見てもこの業界に入るようなタイプではないことは確かだった。

棚を見終わった後、
応接室に案内をし、
女優さん用と監督用別々に
2枚の色紙にサインと
お店に飾るチェキを撮ってもらっている間、
下に降りて外の自動販売機で
缶コーヒーを買いに行った。
いつもBOSSがそうしていたので、
僕もとりあえず真似をした。
普段コーヒーは飲まないので、
何を買ったらいいのか分からなかったが、
大学時代に
コーヒーが好きでよく飲んでいた友人が
『エメラルドマウンテン』
をいつも買っていたので、
コカコーラの自動販売機で
エメラルドマウンテンとカフェオレを買った。
カフェオレを買ったのは、
女優さんが僕のようにコーヒーが苦手だと可哀想なので、
選べた方がいいのかなと思った僕なりの配慮だった。

「これ、良かったらどうぞ。
好きな方を選んで下さい。」

「いいんですか!?
あ、ありがとうございます!」
缶コーヒーが出てきただけで
ここまで感謝されるのかというほど、
3人からお礼を言われた。

「今日1日で何店舗か回ってきましたけど、
コーヒーが出てきたのはここが初めてです。
いやー、嬉しいなあ。」

女優さんと監督がカフェオレを取り、
僕と担当者はエメラルドマウンテンを取った。
サングラスを掛け、
白髪交じりの髭を生やしたなかなか強面な監督さんだったが、
カフェオレを選んだことが意外だった。
大人はみんなコーヒーを飲むと思っていたが、
そうでもないんだなと思いながら、
僕も缶コーヒーの栓を開けた。

「ぶっちゃけうちの商品はどうですか?」

「ユーザーさんから好評ですよ。
元々は3階のマニアックに置いていたんですが、
パッケージも可愛らしいので、
2階に置いたらちょっと動きがありましたので、
これからも続けるつもりです。」

「ありがとうございます。
各店舗さんを回って結構そういう直接的な声も聞けるし、
色々と反応があったので、
来てよかったなと思いました。」

「この後、まだ回られるんですか?」

「今日はトップウェーブさんで終わりです。この後は友達と飲みに行きます。
はははは、昨日も飲んでたんですけどね。」

「はははは、お忙しいですねー。」

隣で女優さんはただ目を丸くして、
色紙を見たり、
僕と監督の顔を交互に見ていただけで、
会話には入ってこなかった。
僕はただ必死でボロが出ないように努めた。
お客さんのことをユーザーと呼んだのは、
この日が初めてだった。
名刺もないくせに
店長代理として相手に見えるように
それっぽい言葉で会話をつないだ。
とりあえず大口で笑い、
リアクションもオーバーにしたし、
表情も笑顔を絶やさなかった。
和やかな空気が流れて、
会話も割と盛り上がった。
「意外といけるもんだなー。
俺、やれるじゃん。」
自分でもそれなりの手応えはあった。

「うわ、なんだ!?これ、どうして?」

そんな会話の途中、
監督が色紙を見て驚いて声を上げた。
不思議に思って色紙を見ると
監督のサインの上にコーヒーのシミができていた。
方向から見ても僕から飛んだものだった。
リアクションをオーバーにしすぎたせいだ。
一瞬気まずい時間が流れ、
女優さんがカバンからハンカチを出して、
色紙を拭いていたが取れるはずもなかった。
あの時、
2枚しかないことを分かっていたが、
買い足さなかったので
今ここに出ている分しか色紙はなかった。
内心冷や汗をかき、
「すいません、僕のせいです。」
と思っていたが、
結局僕は知らないフリをすることにした。
初めからそうだった、
うちの色紙は汚れてますよ、
知らなかったんですか?
という顔で、
その時、
「あー、まあ大丈夫ですよ。」
としか言わなかったし、
最後まで謝らなかった。
相手には申し訳なかったが、
この一時だけでもできる男を演じたかった。
ちらちらハンカチで拭いている女優さんと目があった。
多分彼女は気が付いていたが、
言わなかった。
「人見知りで救われた。」
と思ったが、
多分彼女だけではなく、
みんな気がついていたけど言わなかっただけで、
僕よりはるかに大人だっただけだった。
今でもたまに自動販売機でコーヒーを買う時、
なんとなくエメラルドマウンテンを買うと
「もうやめろー。早く話題かえろー。
言うなー、おい女、絶対に言うなよー。」
と願いながら無理やり笑って過ごした
この気まずかった空気と彼女の顔を思い出す。
結局、
サイン色紙は汚れたまま飾った。
監督は少し不満そうだったが、
汚れた部分を監督のチェキで隠し、
レジの横に飾ったのを見てからは、
満足したのか、
特に何も言ってこなかった。

帰り際、
エレベーターで下まで見送りに行くと
アウトビジョンの担当者に
「BOSS、
今日いらっしゃらなかったんですね。」
と言われた。
言われてみるといつも来ていたアウトビジョンの人とは違い、
初めて会う人だった。
話を聞くと
違うエリアの担当をしていた時から
BOSSの噂は聞いていて、
いつ行ってもいなかったが、
今回ようやく会えると思っていたら、
また会えなかったみたいだった。
「くれぐれもBOSSによろしくお伝え下さい。」
と言われたので、
「分かりました、必ず伝えます。
普段だとお店にいることも多いので、
またいつでもいらして下さいね。」
と答えると
監督が
「僕もまた必ず来ますね。」
と笑ってくれた。
それがただ嬉しかった。

次の日、
BOSSに会ったので、
昨日担当者に言われたことを伝えると
「おめーのタイミングがわりーだけだ。
って伝えとけ。」
と言われて会話はそこで終わった。
なんでそんな冷たい言い方をするのか
分からなかったが、
この1週間後にトップウェーブ大須店の閉店をBOSSから告げられた時、
全て納得がいった。
僕は認められて店長代理になった訳ではなかった。
BOSSは今は気まずくて、
メーカーに会えなかっただけだった。

3人が帰った後、
レジで1人
「今度、
次に誰か営業に来た時用に
BOSSにお願いして、
山のように色紙を用意しておこう。
予備はあるだけ絶対にムダにならない。
あと店長代理の名刺も。」
と思っていたが、
その必要はなかった。
結局、
あの色紙は汚れたまま、
1ヶ月飾られただけでその役目を終えた。







| 泣くな、新栄 | 21:00 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』11.ダメ人間
『泣くな、新栄』11.ダメ人間






もちろん
BOSSから怒られたことがなかった訳ではない。
あまり言い方ではないが、
BOSSは感情で生きているタイプの人間だったので、
遅刻やミスは全く怒られなかったが、
BOSSの機嫌が悪い時や
BOSSからの急なお願いに対応ができないと
「もういいべ!」
とすぐに大声を出して、
どこかへ行ってしまうことも多かった。
そんな中で
BOSSから怒られた経験として、
一番印象的に覚えているのは、
岡崎であった
明日、照らすのインストアイベントの前日のことだと思う。
インストアイベントの日は
前々からシフトを×にしていたが、
前日の朝、
事務所に行くと
「お前、
×になってる明日出勤してくれ。」
とBOSSにいきなり言われた。
トップウェーブ大須店では
基本的にシフトを僕の自由にできた。
もちろんライブと練習以外は基本的に出勤だったので、
それを理解していてくれて、
僕が×で提出すれば、
ちゃんとシフトから外されていた。
この日は岡崎でのインストアイベントがあること、
どうしても僕が行かないと
色んな人に迷惑を掛けることを伝え、
「本当に申し訳ないですが、
この日だけは無理です。」
と言うと
いきなりBOSSが事務所の机を叩きながら、
形相を変えて怒り出した。
「おめぇ、
こんなけ俺が頼んでもダメなんか?
なあ、おい、どれだけ飯食わせたり、
お前に金使ったか分かってんのか!?
おい!
お前がたまにレジで昼寝してんのも知ってんだべ!」
とトップウェーブ大須店中に響き渡る大声で
怒鳴り散らされ、
本当に一瞬殺されるかと思った。
とにかく謝った。
本当にすいません、
ただ明日だけはダメなんです、
本当にすいません、
あと昼寝もすいませんでした、
BOSSには感謝してます
本当にすいません、
どさくさに紛れて昼寝のことも詫びた。
言い終わる頃には
BOSSは椅子に座り直し、
「もういいべ!店開けてこい。」
と言われて話はここで終わった。
それ以上は何も言われなかった。
お店のシャッターを開けながら、
「なんかあったのかな?
もしくは機嫌が悪かっただけかな?」
と思っていた。
まだ心臓がバクバクと鳴っていた。
その日はなぜか一日中BOSSには会わなかった。
どこかへ行ったきり、
一度も戻ってこなかった。
夜になり、
明日のセットリストを考えながら、
2階のレジでぼんやりしていると
僕があがる23時よりも早く
BOSSがレジに来た。

「お前、もう今日は上がれ。」

「でもまだ時間が…。」

「大事なライブあるんだろ?
早く帰って休めよ。」

「いやでも。」

「いいから、上がれ。」

「すいません。」

「おう、お疲れ。」

「BOSS、
本当に今日はすいませんでした。」

「もうそれもいいべ。」

「はい、ありがとうございます。」

「多分、
朝のお詫びみたいなとこもあっての早上がりなのかな?
やっぱり機嫌が悪かったんだ。」
と思いながら、
レジでBOSSに売り上げの報告をしていると
「村上、実家に電話してるか?」
と急に聞かれた。
いきなりだったので、
「どうですかね。たまになら?」
と答えると
「実家にはちゃんと連絡してやれ。」
と言われたが、
なんでそんな展開になったのか
よく分からなかったので
「はい。」としか言えなかった。

インストアイベントが終わった次の日、
僕は昼出勤だった。
昼出勤の場合、
大体15時からで、
時間になり事務所に行くと
BOSSがいなかった。
でも事務所のシフト表を見ると
BOSSは○になっている。
不思議に思いながら2階のレジに行くと
早佐乙さんがレジに1人で立っていた。

「昨日、
BOSSのお父さんが亡くなったらしくて、
今日は村上くんと2人だけでやってくれって連絡があったよ。
ちょっと前くらいから入院してたんだって。
とりあえずずっと1人だったから、
今から休憩行ってくるね。」

早佐乙さんが休憩に行った後、
僕はレジの中で1人泣いていた。
お客さんがいなかったので、
1人声出して、
「BOSS、本当にすいません!
本当にすいませんでした!」
と泣きながら誰もいないレジで詫びた。
多分、
あの前日にお父さんの容態が急変したんだ。
あの日だけ×にしていなければ、
あの日さえ僕が出られたら、
お父さんがいる福島に帰れたんだと思う。
なんでそれを教えてくれなかったんだろう。
インストアが終わったら
すぐ来ることもできたし、
それくらい絶対にしたのに。
ただあの時僕は
「なんかあったんですか?」
と一度も聞かなかった。
自分のことだけしか考えてなかったので、
BOSSのことを気にしている余裕がなかった。
それなのに
「機嫌が悪かったんだ。」
なんて、
バカ過ぎるにも程がある。
今更どうしようもないのは分かっていたが、
何度も何度も
福島にいるBOSSに向かって1人で詫び続けた。
それくらいしかできることがなかった。

「この前な、
親父が死んだ時、
葬式でさ、
親父が死ぬ歳になるなんて
本当に俺も老けたなあと思ったべなぁ。」
いつもの寿司屋で熱燗を呑みながら、
何ヶ月か経った後、
BOSSはそう僕に話してくれた。
ふと思い出して、
「あの時、本当にすいませんでした。」
と言うと
「もういいべ。過ぎたことだべ。」
とだけ言われて、
この話はそれから一度も話題に出なかった。



大須商店街は毎月28日になると縁日が出た。
平日、土日祝日は関係なく、
28日になると赤門通りに出店が並び、
歩行者天国になる為、
赤門通りにあった
トップウェーブ大須店の前にも
人通りが賑やかになった。
天気がいい日にアウトビジョンやビーワンの担当者が来ると
お店の営業中に
倉庫からテーブルと椅子を出して、
屋台で買った焼き鳥やたこ焼きを並べて、
BOSSは担当者の人たちと
お店の前でたまに飲んでいた。
契約社員になってから僕も一度呼ばれた。
「村上、ちょっと降りてこい。」
と内線でBOSSから呼び出され、
下に降りて行くと
BOSSを囲んで担当者2人と
アルバイトを終えた一階の女の子たちがお店の前で飲んでいた。

「おお、来たな。
こいつ、
アルバイトから契約社員になった村上だ。
仲良くしてやってくれ。」

こういう場で話すのが1番コミュニケーションが取りやすい。
現場で培ってきた経験から
僕を呼んでくれたんだと思う。
BOSSは元々松坂屋の営業だけあって、
話が上手だし、
営業の人たちへの接し方もうまい。
その時に初めて聞いてびっくりしたが、
他県にいた時は
たまにこの2人の担当者を連れて
温泉に行ったりしていたみたいで、
担当者からも
「BOSS、あの時は楽しかったですねー。
また行きたいですねー。」
と話を振られて、
「がはは、おめぇはそうやってまた俺に金使わせる気だっぺ!」
と楽しそうに笑っていた。
僕はその話を隣で笑いながら聞いていた。
すごく和やかな空気が流れ、
楽しい時間だった。

1時間ほどそんな時間を過ごしていると
「ちょっとションベン行ってくる。」
とBOSSは立ち上がって、
お店の中に入っていった。
テーブルには
僕と担当者2人と1階の女の子だけになり、
ちょっとだけ気まずい空気が流れていたので、
「何か話さなきゃいけないな。」
と思いきって話し出してみた。

「今日名古屋に泊まられるんですか?」

「帰ります。」

「お忙しいですね。」

「まあ。」

担当者の1人がビールを飲みながら
面倒くさそうに答えてくれた。
明らかにさっきとは違う。
もう1人に至ってはカバンの中の資料を探していて、
こっちすら見なかった。

「BOSSと出会ったのは福島の時ですか?」

「いや、東京です。」

「そうなんですね。」

「はい。」

ここでついに僕も黙ってしまった。
もうこれ以上話しても
いい印象を持たれるはずがない。
担当者も横目でちらりと僕を見ると
「今月のキャンペーンの件だけどさ。」
ともう1人の担当者と話し出した。
「何か気に障ることを言ったのかな?」
最初はそう思っていたが、
BOSSが戻ってくると
「さあ、呑みましょうよ!」
と担当者の2人に笑顔が戻った。
そこから最後まで
僕は自分から一度も話し出さなかった。
ただ
季節的に寒くなってきていたので、
その後すぐに会はお開きになり、
割と早々と2人は帰って行った。
テーブルを片付けていると
「気のいい奴らだべ?」
とBOSSが僕に聞いてきた。
「ああいう裏表がある人は嫌いですね。」
頭の中にはそう浮かんでいたが、
「ほんとそうですね。
しかし色んな人と仲が良いですね、
BOSSは。」
と答えるのが精一杯だった。

アパートに帰り、
何となくさっきの出来事を思い出していた。
あの時、
担当者たちの気に触ることを言ったわけじゃないことは
明らかだった。
自分でも本当はあの態度の理由は分かっていた。
ただあの時、
気がつかないようにしていただけだった。

「お前の話に笑っても利益にはならないから。
いつ辞めるか分からない契約社員に優しくしても
何のメリットもないから。」

結局、
僕はただ流れで契約社員になっただけで、
誰かに認められたわけでも
誰かに必要とされていたわけでもなかった。
あの時、
BOSSがトイレから帰ってくる前に
本当はそれが分かっていたのに
「何か気に触ることを言ったのかな?」
とプライドが傷つかないように
事実をはぐらかしていたことも僕は気づいてた。
自分のことは自分が一番分かっていた。


この2つの出来事があった直後、
「明日から頑張ろう。」
と思っていたが、
一日一日レジでぼんやりとしながら
時間が経つと
その気持ちは段々と薄らいでいった。
自分が作ったぬるま湯の中では
悔しさも不甲斐なさも
それを成し得ずに忘れてしまうほど、
どうしようもなくダメになってしまっていた。






| 泣くな、新栄 | 21:00 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』10.『素晴らしい日々』前後の話
『泣くな、新栄』
10.『素晴らしい日々』前後の話








明日、照らすが『素晴らしい日々』を出す少し前に
僕はトップウェーブ大須店の契約社員になった。
確か2008年10月くらいのこと。
この頃、
トップウェーブ大須店から
原店長が抜けたことで
僕のシフトの比重が大きくなり、
名古屋駅のラーメン屋ではシフトが自由にできたので、
土日もラーメン屋ではなく、
大須にいることが多くなった。
ただ契約社員については意図的になろうと思ったわけではなかった。
ある日、
名古屋駅のラーメン屋にアルバイトに行くと
「もっとシフトに入ってくれないと
うちで雇用保険に入れてあげられない。」
と店長に言われ、
BOSSにそのことを相談をすると
「うちで入ればいいべ。
契約社員にしてやるから。」
と言われて、
切り替えることになっただけだった。
ただ契約社員になったと言っても
別にやることはいつもと変わらず、
ライブや練習がない日は一日中お店の中にいるだけで、
ほとんど今までとは何も変わらなかった。
1つ変わったことといえば、
夜になるとお店の電話が鳴り、
よくBOSSに呼び出されるようになった。

「早佐乙に店任せて、村上ちょっと来い。
一階は締めとけばいいから。」

電話を切ると
そう言われたことを早佐乙さんに伝え、
一階に
『営業終了につき立ち入り禁止!
二階アダルトコーナーは営業中』
の立て看板を置き、
僕は事務所でエプロンを脱いで、
トップウェーブ大須店近くの寿司屋に行った。
5.6席くらいのカウンターと
4人掛けのテーブルが1つしかない
築何年かも
ぱっと見営業しているかどうかも分からない汚いお店だったが、
BOSSはよくそこで1人で飲んでいた。

「おお、村上来たな。まあ座れ。」

「お疲れ様です。」

「大将、なんか適当に握ってやってくれ。
村上は店番あるから飲むなよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「村上、店どうだった?
売り上げは?」


お客さんはBOSSと僕だけしかいない
寿司屋のカウンターに座り、
最初こそはお店の話になったが、
ただそれは会話の導入のだけで、
「この前な、嫁から電話があってな。」
と後はただ2人で世間話をしていた。
多分BOSSはあの時
ただ誰か話し相手が欲しくて、
僕を呼んでいたんだと思う。
原店長もいなくなり、
普段は話す相手がおらず、
昼間は一階の女の子たちが話し相手だったが、
彼女たちは夜になると帰っていき、
最近では夜に僕が毎日お店にいたので
夜の相手にたまたま僕が選ばれた。
その時に本名は『RIKIYA』ではないことを知った。
ある時、
「みんながあんまりにも
安岡力也に似てるっていうもんだから、
RIKIYAの方が楽なんだ。
おめぇもどうせ初め思ったべ?」
と言われ、
「思いました。
それよりもBOSSに初めて会った時、
本当にアダルトは裏社会と繋がっていたんだ
と思いました。」
と言うと
ちょっと考えた後、
「そりゃどういう意味だ?」
とBOSSに肩を殴られて、
大将と女将さんが大笑いしていた。
寿司屋のカウンターで
よくBOSSの福島時代の話や
BOSSの子供の話を聞いた。
なぜか今でも1番覚えているのは、
BOSSの娘が中学生の頃、
ソフトボール部に入ったらしく、
ソフトボール父兄の集まりのノリで
その中学の女子ソフトボール部と
父親チームで試合をした時の話。
父親チームが夜な夜な飲み屋に集まり、
念密に作戦会議を何度もしていると
異常に戦略やルールに詳しい1人の父親がいて、
「あの人がいたら大丈夫だろう。」
とみんなが思っていたら、
当日実はその人は
ソフトボールはおろか野球の経験もない人で
最終的には試合で怪我をし、
骨折をして病院に担ぎ込まれてしまったらしい。
試合後、
父親チームでお見舞いに行き、
野球の経験もないのになんであんなに詳しかったのか聞くと
「娘が最近口を聞いてくれなくて、
必死にルールを覚えた。」
と言われて、
チームのみんなで大笑いをした。

「ははは、
いい話だなあ。
そんな漫画みたいな素敵な展開あるんですね。」

「福島はラーメンもお前の店より旨いし、
そういう街だ。」

「ははは、
そういう言い方しないで下さいよ。」

「がはは!
なんでだ?事実を言ったまでだっぺ?」

こんな風にたわいもない話を
よく大将と女将さんも交えて聞いていた。
基本的にみんな聞き役だった。
BOSSはとにかくよく話す。
それから熱燗をお銚子大で2.3本飲み、
22時くらいになると
「やっべっ、もうこんな時間だ。
早佐乙、飯食わせてやんねーと。
村上は早佐乙を休憩行かした後、
上がっていいぞ。
大将、お勘定と従業員用に寿司折1つ作ってくれ。」
と言い、
寿司折を持って千鳥足でふらふらとしているBOSSと並んで、
2人でお店に帰って行った。

カウンターしかない寿司の回らない寿司屋で
熱燗を飲むBOSSの隣に座り、
寿司を摘みながら過ごしたこの時間が、
なんだか急に大人になったようで
くすぐったくて大好きだった。
ただ不思議とここの寿司が美味しいと思ったことは一度もない。
いい寿司屋はそうなのかもしれないが、
シャリも小さいし、
ネタも小さいし、
別に味もそんなにいいとは思えない。
そこそこの値段もするのに
なんでいつもBOSSはこの寿司屋に行くのか
よく分からなかった。
BOSSにいつも当たり前に奢ってもらっておいてなんだが、
BOSSは元々松坂屋のバイヤーの経験があり、
自分の舌には絶対的な自信を持っていて、
よく大将にも
「大将、ちょっとしめ鯖の締めがあまいべ。
これくらいの方が量は食べられるけんど、
酒のアテとしては薄いべ。」
と言ったりもしていたけれど、
BOSSの行きつけのお店も
たまに作ってくれた手料理も
今食べると分からないが
ほとんど美味しいと思ったことはなかった。
話は少し脱線するが、
BOSSの手料理で一番辛かったのは、
おにぎりだった。
「おにぎりを不味く作る方法があるのか。」
と疑問を持つかもしれないが、
BOSSが作るおにぎりは
炊き込みご飯をなぜか生卵で和えてあって、
ただでさえだいぶ緩くなりがちな
炊き込みのご飯が生卵により米粒の輪郭をなくし、
海苔巻きおかゆのような食べ物で、
いつも事務所の机の上を片付けず、
飲みかけのペットボトルやタバコの灰で汚している
BOSSの部屋を想像すると
本当に口につけるのすら嫌だった。
おそらく
BOSSはお酒もよく飲むし、
タバコもよく吸っていたので、
舌がおかしくなっていたんじゃないかと思う。
あの時、
BOSSが普段よく飲んでいた飲み物は
茶葉が倍くらいになった
かなり濃いめの味のミルクティーで、
多分BOSSの舌はある程度味が濃くないと
味を感じられなくなっていた。
それでも働いている僕も含め
BOSSには誰も何も言えなかった。
BOSSは話し方も乱暴で、
風貌も風貌だった上、
お店で沢山お金を使い、
お会計ではアルバイトの子に
お釣りをあげるくらい金払いもいい。
ちょっとくらい何か言われたところで
揉めると怖いし、
言い返して失うには
お店側的にもあまりにも惜しい存在だった。
ただ本当にそう思われるほど、
BOSSは
怖さだけではない優しさも持っていた。
ある時、
BOSSがトイレに行って、
お店に大将と女将さんと僕の3人だけになり、
話題に困った僕は
「普段からBOSSはよく来るんですか?」
と女将さんに聞いてみたことがあった。

「うちの人(大将)が一度体を壊して
お店を一時期休んでいたんですけど、
復帰した時にたまたまBOSSが見えて、
「今度、
息子が大学に入るのにこんな大事な時期に体を壊すなんてね。」
と2人で話していたら、
「俺が息子を卒業さしてやる。」
ってBOSSが言い出しましてね。
もちろん冗談だと思って
「お願いしますねー。」
と笑って聞いていたんですけど、
それからほぼ毎日来て頂いてます。
こんな男気があっていい人、
なかなかいませんよ。」
と教えてくれた。
BOSSは
そういう気持ちをいつも大切にしていたので、
商店街の人たちからも愛されていた。
たまに一階から外を覗いていると
向かいのお好み焼き屋の大将と楽しそうに話している姿をよく見た。
このことに関して、
「まだ大須に来て2年も経たないくらいなのに
なんであんなに商店街の人たちと仲がいいんですか?」
と一度聞いたことがあった。

「アダルトビデオショップってのは、
どこの街でも嫌われる。
だから
まず新しい街に行ったら、
色んな店に行って名前と顔を覚えてもらわないといけねーんだ。
そもそも商店街はよそ者に本当に厳しい。
よそ者が商売やるには
まずちゃんと悪い奴じゃないって分かってもらってからだべ。
まずは商店街を牛耳っているボスを探す。
この街なら
あの向かいのお好み焼き屋の大将だ。
そこから仲良くなれば、
噂が広がって、
あとはみんな仲良くしてくれる。
大体、
ここまで来るのに俺が幾ら使ったと思ってんだっぺ。」
と言われた。
ただ闇雲にお店を渡り歩いたり、
飲み歩いてるわけではなく、
ちゃんとBOSSにはBOSSの仕事があった。

ただこの頃、
トップウェーブ大須店は
アウトビジョン定価1000円引きのセールをやめ、
定価の500円引きにさりげなく移行していた。
口コミで根付いたお客さんがいたので、
一気にお客さんが減るわけではないが、
本当に緩やかに
少しずつ客足が日に日に遠のいていった。
お店の中にいた僕でさえ、
緩やか過ぎて気がつかなかった。
ピーク時、
特注サイズの段ボール4.5箱あった
アウトビジョンの入荷が
3箱になり、
2箱になり、
「あれ?」と思った頃には
過去に比べてもうだいぶ売り上げは下がっていた。
そして
この辺りから少しずつ僕も変わっていった。
もちろんいい意味でない。
本当に自覚はなかったが、
原店長時代の時のように誰からも怒られなくなったことで、
またBOSSから指名を受けて飲みに行くようになり、
「認められた。」と自分を過大評価し、
完全に調子に乗っていたんだと思う。
今思うとBOSSからはほとんど怒られなかった。

ある日のこと、
出勤時間の9時50分を過ぎて、
11時くらいに起きたことがあった。
「ヤバイ!今日出勤だった!」
とケータイを見ると着信歴が1件もない。
でも
シフト表を見ても 村上○になっている。
とりあえず
お店に電話を掛けるとBOSSが出て、
「お前、来ないのか?」
と言われ、
やっぱり今日は出勤だったことを知った。
「すいません、今起きました。
すぐ向かいます!」
と言い、
すぐにアパートを出て、
汗だくでお店に着き、
「すいませんでした!」
と謝ると
「おう、気をつけろ。」
とだけ言われて終わった。
BOSSは本当に
寝坊をしても遅刻をしても
全く怒らなかった。
むしろ別の遅刻した日には
「お前は電話を掛けてくるだけましだ。」
と言われたこともあった。
BOSSが買ってきてくれた
特特盛のカツ丼を食べきれないと
「こんなん食べられるはずないよ。
冗談でもやり過ぎだよ。」
と近くのコンビニのゴミ箱で捨てるようになった。
最初の頃だったらアパートに帰って、
明日の朝ご飯に残していたが、
それだけのためにいちいち帰るのが面倒になった。
ある時から買ったご飯ではなく、
BOSSがさっき書いたおにぎりのように
手作りのご飯を持ってくる日が増えた時、
一度陰毛が入っていたことがあって、
それ以来は気持ち悪くて、
一口だけ食べてから基本的に捨てた。
一階の女の子も平気で無断欠勤するようになった。
彼女は電話すら掛けて来なかった。
それでもBOSSは
「あいつはダメなやつだ。」
とレジで一言僕に言うだけで、
次の日彼女が来ても特に怒りはしなかった。
でも
これは僕らが働き手として体をなしていたからではなく、
ただBOSSは細かいことをいちいち言わないだけのことだった。
BOSSは怒って学ばせる教育ではなかっただけのことだった。

僕らがBOSSから愛されていたのは多分間違いないと思う。
ただそれは従業員としてであって、
「お前らの好きにやったらいい。」
ということでは当然なかった。
僕らはそれに気がつかなかった。
ただ調子に乗って、
自分本位に解釈していた。
嫌われてはいなかったが、
消去法で寿司屋に僕が選ばれただけのことであって、
初めから僕を選んだわけではない。
お店として
ある駒で戦わないといけないだけ。
そして駒は運で決まり、
BOSSには選べなかっただけ。
それだけのことだったのに
僕にはそれが分からなかった。

あの頃の僕はただ怒られないようにしていた。
極端なことをいえば、
怒られなければ間違っていても
ミスがあっても別に良かった。
人から怒られることは
本当に気持ちのいいものではない。
プライドが邪魔をして、
ついつい自分の非を認めたくなかったり、
言い訳で逃れようとしてしまう。
ただ最近思うのは誰からも何も言われないことの方が
ある意味だともっと不幸なんじゃないかと思う。
年齢のせいか怒る立場になることも最近は増えたが、
人に怒る側は怒る側で結構体力を使うし、
それ以上に気も使うことがよく分かってきた。
正直怒りながら、
「そんなこと、
お前が人に言える立場かよ。」
と自分でも思うこともある。
そんな今の自分と重ね合わせて、
あの頃を振り返ると
原店長もただ闇雲に僕に怒っていたわけではなかった。
多分、
彼も彼なりに僕のことを思っていてくれたからこそ、
あの時怒ってくれたんだと思う。
この世間の全部が全部そうだとまでは言わないが、
少なくとも普段の言っていることが正しいと思える相手なのであれば、
彼らがする注意には
多少なりとも愛情は含まれている。
あなたの周りにいる人生の先輩たちは
自分がおかしくなっていても
自分で気づくことはなかなかできないし、
自分で気づいた頃には
もう取り返しがつかないくらいおかしくなっていることを
経験上分かっているから、
「今すぐには無理でも、
いつか分かってくれたらいいな。」
と願いを込めて、
自分を奮い立たせて相手を怒り、
注意を繰り返す。
本当にこの作業は愛情以外の何物でもない。

トップウェーブ大須店で契約社員として働き、
誰からも怒られなくなった僕は
もうこの頃にはすでに
取り返しのつかないところまで
おかしくなってきていた。
人のお金で買ってもらった食べ物を
躊躇なく捨てられるような人間になってしまっていた。
書くまでもないが、
もちろんBOSSが悪いわけではない。
悪いのは僕自身であって、
問題の全ては僕自身にあった。


こうやって誰にも分からないような
緩やかなスピードで、
トップウェーブ大須店はおかしくなっていった。







| 泣くな、新栄 | 21:00 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』9.エロチンドン屋
『泣くな、新栄』9.エロチンドン屋





「村上、これ持って大須まわってこい!」

BOSSにそう言われた時、
何を言われているのか
一瞬分からなかった。


彼女のサイン会が決まったのは、
開催日の1週間前だった。

BOSSが受けた電話によると
この週の土曜日に大阪のサイン会があるので
その前日の金曜日の夜に
名古屋でもサイン会をやりたいとメーカーから問い合わせがあったらしく、
せっかくの機会だからとBOSSはその話を受けた。
正直、
この時点でこのイベントの雲行きは怪しかった。
デビュー作ではあったが、
先週新作で入荷した彼女のDVDは2本だけで、
人気タイトルだと50本は入荷する中では、
どう考えても少ない本数だった。
当時、
トップウェーブ大須店での新作の本数は、
基本的に送ってくる流通会社か
そのメーカーが判断していた。
発売元であるメーカーが
お店に2本だけしか送ってこなかったところを考えると
メーカー自体も正直売れるとは思っていなかったのだろう。
元超人気アイドルグループの出身の女の子という
キャッチコピーのデビュー作だったが、
彼女の顔をいくら見ても一度も見たことはなかった。
当日、彼女がBOSSに話していたのを聞いたが、
実際は研究生の練習生くらいのポジションだったらしく、
誰も知らなくて当然だった。
次の日、
早速メーカーから
彼女のDVDが山のように届き、
BOSSはポスターとビラを作って、
店内中に張り巡らせた。
僕もレジ前に作ってあった
月間のランキングの棚をバラして、
彼女のDVDで埋め尽くした。
今のようにtwitterやfacebook、
AV女優のイベント総合サイトのようなものもなかったので、
こうやった地道な口コミしか
お店としても告知の方法はなかった。

サイン会前日、
最初に入荷した2本だけしか売れていなかった。
レジ前には山のようにDVDが積まれたままで、
お客さんはその前を一度も立ち止まることもなく、
ただ素通りしていく。
前日からついに有線放送から
彼女のDVDに付属する特典の彼女が歌う曲のCDに
店内BGMを切り替えた。
BOSSも本気だ。
普段トップウェーブ大須店は
洋楽の有線放送を流していたが、
彼女のCDは
やけに甘い王道のアイドルソングで
しかも2曲だけ。
リピートで1日中聴いていると
さすがに気が狂いそうになったし、
会う前から彼女のことが嫌いになりそうだった。
お客さんも
お店に入るとBGMに気づき、
軽く周りを見渡しはするが、
それでも彼女のDVDは
誰からも手にすら取られなかった。
サイン会の売り上げは当日ではあったが、
前日までである程度売れている女優さんもいたし、
いくら売れない女優さんでも
最低でも10本くらいは売れていたと思う。
デビュー作なので今までの売り上げもないから参考もない。
そう思うと当日は不安しかなかった。

迎えた当日、
お昼を過ぎた頃、
他の店舗に挨拶を行く前に
会場の下見と荷物を置きに
女優さんとマネージャー、
メーカーの担当者2人がやってきた。
「よろしくお願いしまーす。」
ニコニコしながら挨拶をしてくれたが、
レジ横に山積みになっているDVDを見て、
みんなから笑顔が消えていった。
BOSSは4人を連れて事務所に行き、
今の状況を説明していた。
「これ、ほんとにやばいなあ。」
僕も前もって友達にメールをして
いつものようにサクラをお願いしたが、
1週間前の平日では誰も都合がつかなかった。
そんなことを考えていると
内線が鳴り、
受話器を取るとBOSSからだった。
「村上、ちょっと上がってこい。」
そう言われて僕も事務所に行った。
「昼ご飯のお店に案内しろ。」
とかそんな話なのかなと思って事務所に入ると
BOSSが彼女とマネージャーの間から
ポスターを指差し、
僕を見つめてこう言った。

「村上、これ持って大須まわってこい!」

BOSSにそう言われた時、
何を言われているのか
一瞬分からなかった。

「はい?」

「だからこのポスター持って、
大須をまわってこいって言ってんの!」

「まわる?」

「わっかんねーかな。
だから
今日のサイン会の客引きをこの子として来いって言ってべ!
ねぇ、いいでしょ?マネージャーさん!」

彼女は体を硬直させて立ちすくみ、
マネージャーは呆気にとられて黙り、
横にいた担当者2人は下を向き、
本当に苦虫を噛み潰したような顔をしながら笑っていた。
多分、
僕が来るまでそんな相談は
一度もされてなかったんだと思う。
BOSSは割と思いつきでこういう話をするので、
僕には空気ですぐに分かった。
「そんなことで人が来るはずがない。
てか
ついに女優に向かって「この子」呼ばわりしたぞ、
この人。」
BOSS以外はきっとそう思っていたと思うが、
BOSSの顔を見ると
「なんでこれを今まで思いつかなかったんだ。」
というくらいの満面の笑みを浮かべていた。

無理なお願いをして、
人が集まらなかった負い目があったのか、
その場ですぐにやることが決まった。
早速、
彼女は衣装に着替えるために応接間に行き、
その間、
BOSSはレジ横から段ボールを持ってきて、
ポスターを貼り、
僕の体に合わせて切り取った後、
僕の首にビニール紐を通して、
夜の繁華街でよく見るような
手作りのサンドウィッチマンセットを作った。
「これで完璧だっぺ。」
僕の体に括りつけながら、
そう満足げに笑っていたが、
僕は括りつけられながら、
徐々に不安が増してきていた。
「ほんとにやるんだ…。」
今から自分の身に起こることを想像しただけで、
自分の顔が強張っていくのが分かる。
背中にいる紐を結んでいたBOSSに
「BOSS、
やるのはいいんですけど、
彼女と歩きながらなんて言えばいいんですか?」
と聞くと
「そんなもん、自分で考えろ。」
と言われただけだった。
多分、
BOSSも分からなかったんだと思う。


「超人気セクシー女優〇〇さん、
本日19時よりトップウェーブ大須店にて
サイン会を行いまーす。
当日券もご用意しておりますので、
皆さま是非お越しくださーい!」

「お越しくださーい。」

サンドウィッチマンになった僕を先頭に
制服を着た女優さんと
担当者2人が後ろに続いた。
明らかに異様な集団で、
商店街の人たちが隣のお店の人とひそひそと話しながら、
こっちを見ていた。
セリフはその場で適当に考えた。
前に見た何かの映画のチンドン屋のイメージで、
とりあえずまず僕が楽しげに大声を出し、
その後に女優さんと担当者2人が続いた。
そういえばマネージャーは来なかった。
多分、
次の営業先がどうのこうのと理由を付けて、
辞退したんだろう。
気持ちは分かる。
しかしいくら大須商店街とはいえ、
平日のお昼過ぎでは人がほとんどいなかった。

「こんなこと、何の意味もねーよ。」
そう思いながら
5分くらい歩いたところで
「すいません。」
とどこからか声が聞こえてきた。
ただあまりにも小さな声だったので、
気のせいだと思ってそのまま歩いていると
次はさっきよりも大きな声で
「あの、すいません。」
と聞こえてきた。
後ろにいた彼女だった。
僕にだけしか聞こえないような声だったので、
担当者2人は周りに気を取られていて、
全く気がついてなかった。

「ほんとにすいません。
人気がなくて。」

「え?」

「いや、
私が人気ないばっかりに
こんなことになってしまって、
ほんとにすいません。」
今にも泣き出しそうな顔をしながら、
彼女が僕に言ってきた。

「ははは、全然大丈夫ですよ!
むしろこっちこそすいません。」
僕は笑顔を崩さないように彼女の方を向いて
申し訳なさそうに答えた。

「え?」

「せっかく来て頂いたのに人が集められなくて。」

「いや、そんな。」
彼女はそんなことを言われると思っていなかったのか、
びっくりして戸惑っている。

「あの在庫、
メーカーさんがたくさん送ってくれただけで、
ある程度売れてましたから。」

…嘘つけ、お前そんなんすぐバレるぞ。

「本当ですか?」

「本当です。
サイン会が決まる前から
うちも力を入れて売り出してましたからね。」

…お前、知らないよ、あとでバレても。

「ありがとうございます。」

「あの辺、
人通り多いんでもうちょっと行ってみましょう。」

…もうやめろって、
行っても恥かくだけだって。

「はい、よろしくお願いします!」

「超人気セクシー女優〇〇さん、
本日19時よりトップウェーブ大須店にて
サイン会を行いまーす!!
当日券もご用意しておりますので、
皆さま!是非お越しくださーい!」

いい、これでいい。

「よろしくお願いしまーす!」

「超人気セクシー女優〇〇さん、
本日19時よりトップウェーブ大須店にて
サイン会を行いまーす!!
当日券もご用意しておりますので、
皆さま!!是非お越しくださーい!!」

こんな辛い思いをしている彼女に

「よろしくお願いします!」

今くらい嘘ついたっていい。



結局、
そのあと10分くらい歩いて、
トップウェーブ大須店前に辿り着き、
チンドン屋は解散になった。
当日サイン会に来たのはサクラを入れて9人。
最大で200人くらいの人が入れるスペースに
9人だけでは寂し過ぎるので、
当日は違う棚を増やして、
いつもよりイベントスペースを小さくしていた。
BOSSの配慮だった。

イベント中、
僕はサイン会の受付のもぎりだった。
彼女は1人ひとりに自分から話題を盛り上げ、
丁寧に相手をしていたが、
予定していた時間よりも大幅に早く終わり、
その後、
彼女のミニコンサートが始まった。
この日、
僕が昨日気が狂いそうになるまで聴いた2曲を
サイン会の最後にお客さんの前で歌うことになっていた。
当日ライブをやることを知り、
BOSSにどうやってライブ中の音楽を流すのかと聞くと
「そんなもん、店内放送に決まってるべ。」
と言われ、
どう考えても店内放送が流せる1階と
サイン会の会場になっていた4階では
タイムラグがあり、
内線を使用したとしても
変な間を空けてしまうのは目に見えていた。
彼女にこれ以上気まずい思いをさせたくなかったので、
「形だけでもしてあげよう。」
とチンドン屋が終わった後に
とりあえずアパートに帰って、
CDラジカセと
明日、照らすのステージで使っているマイクを取りに戻り、
ライブ前にサイン会のブースの隣に置いておいた。
もちろんPAブースも
スピーカーもなく、
ただCDラジカセから歌ありのCDを流し、
そこにマイクを持って地声で歌うという
ものすごいシュールなライブ。
もちろんどこにも繋がっていないマイクを
彼女はただ持っているだけになるが、
元アイドルである
彼女の心はきっとAV女優ではなく、
今でも歌手なんだから
マイクさえ持てば
少しだけでも彼女が安心するような気がしてCDラジカセにCDをセットすると
横にいた彼女にマイクを手渡した。
「これ、よかったら使ってください。」
とマイクを渡すとにっこりと笑って、
「ありがとう。」
とまた僕にしか聞こえない小さな声で言った。

ライブ終了後、
出口で彼女はお客さん1人ひとりに
お礼を言い、
順番に頬にキスをしていった。
大体、
いつもなら
「ありがとうございましたー!」
と笑顔で楽屋に帰っていくだけで、
見送りまでして、
さらに頬にキスまでしている女優さんを
今まで見たことはなかった。
僕はそんな彼女の姿を見ながら、
棚の影に隠れてこっそり泣いていた。
あの時は
大須商店街での出来事を思い出して
悲しくなって涙が出てきたんだと思っていたが、
多分、
目の前の彼女の姿に芸事で生きていくことの全てを見た気がして、
怖くなって
つい泣いてしまったんだと思う。

彼女はその後、
僕とBOSSにお礼を言い、
すぐに衣装を脱いで私服に着替え、
早々と帰って行った。
最後にエレベーターで
お店の外まで見送りに行った際、
彼女たちからは
さすがに言い出しにくそうだったので、
「ありがとうございました。
またいつでも来てくださいねー。」
と彼女に伝えると
また
「本当にありがとうございました。」
とにっこり笑ってくれた。


「おめぇ、また本当に来たらどうするべ?
あんなもん、大赤字だぞ!」
と彼女たちが帰り、
2人っきりになった
エレベーターの中でいきなりBOSSに怒られた。
「すいません、
その時は僕、また客引きやりますから。」
と答えたが、
それから先、
僕が客引きをすることは一度もなかった。
彼女と会ったのもこれが最後だった。
それからDVDを2.3本出して、
彼女はすぐに業界を引退をした。
正式な引退ではなく、
いきなり新作の発売のリストから名前が消えるフェードアウト。
この業界ではよくあった。
一緒にチンドン屋までした彼女だったが、
僕が彼女の引退に気が付いたのは、
引退してからしばらく経った後だった。
毎月届く新作リストを
ただ眺めているだけでは、
あまりにも人の数が多すぎて、
彼女の姿を探しきれなかった。

それくらい
毎月新しいAV女優がこの世に生まれては、
毎月その数だけ消えていった。








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『泣くな、新栄』8.サイン会について
『泣くな、新栄』8.サイン会について





そういえば
アダルトビデオショップの話なのに
その手の話題が一切出てきてなかった。
なので
今回は僕がトップウェーブ大須店で働き出した目的の1つでもある
サイン会にまつわった
彼女たちとの思い出について書こうと思う。

これを読んでいる
どれくらいの方の中に
アダルト系のイベントに参加したり、
馴染みがあるのかは全く分からないが、
基本的に多くの女優さんには
サイン会が活動の一環としてあった。
トップウェーブ大須店でも
セール後は名古屋だったのでそこまで多くはなかったにしても
それでも月に1.2度くらいは開催されていて、
タレントレベルの有名女優さんから
ある程度知識があると思っていた僕ですら知らないような
全くの無名の女優さんと
サイン会や営業の挨拶まわりを通して
たくさんお会いした。
最初の頃はバンドの活動があり、
主としてサイン会が行われる土日が休みだったので、
あまり参加できなかったが、
原店長が辞めた辺りからは
サイン会や女優さんが営業に来る日は
僕が名古屋にいる場合、
基本的に出勤することになっていた。
この名古屋にいる場合というのは、
明日、照らすが
『素晴らしい日々』をリリースして、
全国ツアーに出たので、
たまに土日に出られないことがあり、
そこはBOSSも考慮してくれた。
でも名古屋でライブがあった場合は、
サイン会をしてからライブに行っていたし、
インストアイベントのような昼間のイベントの場合、
ライブをしてからサイン会を手伝いにお店に帰った。
しかしあれは不思議な感覚だった。
さっきまで自分がやる側の人間だったのに
お店が変わればエプロンを身につけ、
完全に裏方にまわる。
でも全然苦じゃなかったし、
むしろお店に帰りたくてしょうがなかった。
やっぱり
どんな人でも会えたら単純に嬉しかった。

まずサイン会の簡単な流れとして、
お店でDVDを買い、
女優さんと会い、
サインをしてもらって握手をし、
また列に並び直し、
撮影会をして終わるパターンが多い。
イベントによっては
そのパターンの中に
私物争奪のじゃんけん大会やビンゴゲームがあったりもして、
女優さんによって内容にも個性があった。
ちなみに撮影会というのは
大体お客さんが5人一組くらいの人数で
女優さんの前に一列で並び、
3分間程度の間に順番で
写真を撮影していく時間のことで、
「目線を下さい」や
「可愛いポーズして下さい」など、
リクエストを出しながら
自分のカメラで女優さんの好きな写真が撮れる。
ここで一番大切なのはDVDを買う枚数で、
枚数を多く買えば買うほど、
サイン会での待遇も良くなり、
特典のグレードもアップする。
特典のグレードとは
女優さんと2人きりのツーショット写真が撮れたり、
お店が用意した色紙や生写真ではなく、
私物にサインをしてもらえたり、
撮影会では
撮影タイムが5人ではなく1人でできたり、
女優さんの衣装が
コスプレや水着での撮影になったりする。
誤解しているかもしれないが、
サイン会で女優さんが裸になることはまずないし、
むしろちょっとした下ネタさえも言い難いような特殊な空気がある。
そもそも相手はただ仕事が特殊なだけで、
中身は普通の女の子たちなんだから、
当たり前なことだと思う。
「AV女優なんだから裸になれよ。」
とか思う人もいるかもしれないが、
「芸人なんだら面白いこと言って。」
という人と同じくらい
僕はそういう人のことを軽蔑してしまう。
そもそも
じゃあお前はバンドマンに向かって、
「君、歌上手いからここで歌ってよ。」
と言いたくなるのか。
トップウェーブ大須店の従業員の1人として
サイン会のもぎりや警備の立場から
改めてサイン会の会場を眺めていると
沢山のお客さん達に見つめられながら、
業務用の長机にパイプ椅子という
簡易なステージに1人きりで座り、
色が白く細い華奢な腕で
ひっきりなしに続く行列の一人一人に
色紙や
自分の裸が写った生写真にサインをしている
彼女たちを横から見ていると
「あのか細い腕に
自分の人生の全てを掛けて支えているんだなあ。」
と涙が出そうになったことが
本当に何度もあった。
「職業柄、
他人から誤解されて、
友達から冷たくあしらわれて、
彼氏とも嫌な別れ方をして、
悲しい気持ちになったり、
少しでも嫌な目にあったり、
怖い思いや辛いことがこれから先、
極力起こりませんように。」
と心の底から願わずにはいられなかった。
確かに僕自身も職業として
彼女たちを肯定することはできないし、
「自業自得だ。」と言われると
「そんなことはない。」
とあなたを言い負かすほどの言葉も
持ち合わせてはいないが、
少なくとも
選んだ職業を全うし、
ひたむきに生きている彼女たちを否定する権利は
僕たちにはない。

女優さんたち以上に
サイン会に来るお客さんもなかなか個性的で、
僕は自分のCD以外渡したことはなかったが、
渡すプレゼントにも色々なものがあった。
お菓子や地方の名物の定番から
「あなた、
普段そんなの使ったことないよね。」
と思われるおしゃれな入浴剤や石鹸、
時計やコスプレグッズなど様々で、
おそらく
彼女たちのブログか何かで得た情報で
「こういうのが好きなんだろうな。
喜んでくれるかな。」
と用意したであろう
こういった心のこもったプレゼントを見ると
あまりの健気さにサイン会のスタッフをやりながら、
優しい気持ちになったこともあったが、
ただそれ以上に
笑いそうになることの方が多かった。
ある日、
ある女優さんのサイン会に
他店で行われた昼の部に参加したお客さんが
トップウェーブ大須店での
夜の部に再度参加し、
ポスターサイズの大きな写真を持っていた。
サイン会の受付でもぎりをしながら
「なんかの映画のポスターかな?」
とそのお客さんを何となく見ていると
そのポスターは
昼の部に参加して撮った
彼女とのツーショット写真で、
「これ、さっきの写真だよー。
渡したくてさっき急いで現像してきたんだよー。」
と本人に渡していた。
見ず知らずのファンと並んで写る彼女のポスター。
私服姿で彼女は彼にもたれ掛かり、
満面の笑みで笑っている彼女と
照れくさそうに笑う彼。
彼には初デートをする
カップルのように見えたのだろうか。
2人のバックにデカデカと
やけに原色の強いポップ体で書かれた彼女の名前と
一面サイン会用に
真っピンクの布で覆われた舞台の背景が
あまりにもシュール過ぎ、
手のひらを指でつねりあげながら、
「…こんなもん、絶対にいらねー!」
と笑いをこらえた。
そんな中でも特に覚えているのは、
ある胸の大きな女優さんのサイン会の日のこと。
またこの日ももぎりをしていた僕は、
1人のお客さんがドラゴンズのユニフォームを持っていることに気がついた。
「ユニフォームにサインしてもらう気かな?」
そう思って見ていると
列が進んで彼の番になった時、
そのユニフォームを広げて女優さんに見せびらかした。
よく見ると
ドラゴンズのユニフォームの背中に
彼女の名前が書いてあり、
よくよく見ると
背番号が彼女の胸囲のサイズだった。
しかもそれを手渡したところを見ると
どうやらあれはプレゼントだったらしい。
「こんなもん、
ドラゴンズファンでも
欲しいヤツいねーよ!!」
心の中でツッコミを入れると同時に
また手のひらをつねりあげながら
どうにか笑うのを堪えた。
しばらくすると
一階の女の子がたまたま見学に来て、
カゴの中に入っていた
ユニフォームに気がつき、
「…私さ、
ドラゴンズのファンなんだけど、
こういうことされると本当に腹立つわー。」
とものすごく怒っていて、
心の中で
「…阪神ファンでも
ドラゴンズファンとこんなに揉めないよ!」
と自分で入れたツッコミに思わず
吹き出してしまった。
あとから聞くと女優さんは別に
ドラゴンズファンでもなんでもなかったが、
彼女が帰った後、
事務所にドラゴンズのユニフォームがなかったところを見ると
おそらくちゃんと持って帰ったんだと思う。

トップウェーブ大須店では
大体のプレゼントは手渡しで渡し、
サイン会ブースの隣に置いてあるカゴに移された。
人気の女優さんになるとカゴが2.3つでは足りず、
カゴがいっぱいになると
楽屋になっている応接間にカゴを持って行き、
中身を置いてからまたブースにカゴを戻した。
ある人気の女優さんが来た時は、
カゴ10つ分くらいのプレゼントが集まり、
サイン会が終わり、
楽屋に挨拶に行くと
応接間がプレゼントの山で溢れかえっていた。
「やっぱり人気者は違うなあ。」
と後ろで眺めていると
BOSSとマネージャーが話している間、
本人はプレゼントの山をかき分けて
日常品で使えそうなプレゼントだけを
バッグの中に詰めるだけ詰めると
「あとは処分しといて下さい。」
と言い残し帰っていった。
そしてまた別の女優さんだったが、
サイン会の途中でカゴがいっぱいになったので、
楽屋にカゴの中身を置きに行くと
マネージャーが勝手にプレゼントのお菓子を食べていて、
結局食べきれなかった分は
女優さんが食べることはなく、
あとはお店で処分した。
もちろん全て持って帰った方もいたし、
持ちきれない分を
わざわざ事務所に郵送していた方もいた。
ただ
ここで処分した彼女をかばうわけではないが、
彼女たちのような職業の場合、
見ず知らずの男性からの食べ物はやっぱり怖いと思う。
そういえば
それを物語る出来事があった。
またあるサイン会当日のこと。
この日も人気女優さんのサイン会だったので、
当日は200人を超えるお客さんが来て、
お店は大盛況だった。
この日、
僕はレジで
サイン会用のDVDを販売していて、
さすがに半日で200人以上のレジを打つことに
疲弊しきっていた。
サイン会が終わり、
早佐乙さんが戻ってきたので、
お手洗いをしに事務所横のトイレに行くと
ちょうど
サイン会を終えたばかりの女優さんとタイミングが一緒になった。
「お疲れ様でした。」
そう挨拶すると彼女は小さく頷き、
女子トイレに入っていた。
僕が男子トイレに入る前に
隣から手を洗う音が聞こえた。
「入る前から手を洗うなんて
きれい好きな人なんだな。
てかこの流れだと
トイレを出た後にもう一回会えるな。」
何を言われても仕方がないが、
今日は1日レジだと言われて、
がっかりしていたところ、
一瞬会えたことにより下世話な考えが出て、
いつもよりも長めに用を足すことを思いついた。
トイレの入り口の扉は半分透明になっていたので、
彼女が前を通り事務所に帰る姿はそこで確認もできる。
だいぶ長めに用を足し、
3分ほどが経っても
まだ前を通っていなかった。
5分経ち、
ずいぶん前に手も洗い終え、
ただお手洗いの壁にもたれてぼんやりしながら、
「もしかしてもう行っちゃったのかな?」
と思って外に出ると
女子トイレの方から手を洗う音が聞こえてきて、
今から出るところだったんだなと
用もないのにトイレの前にある
給湯場の整理をしていたが、
そこからまた3分間ずっと手を洗っているだけで、
一切出てこなかったので、
諦めて事務所に帰った。
「トイレに入ってからずっと手を洗ってたんだ。
本当は心にものすごい負担が掛かってるんだろうな。」
ドア越しに自動ではなく、
押すタイプの洗面台から聞こえてくる
ガチャ、ジャー、
ガチャ、ジャー、
という一定のリズムを聞いていると
僕まで彼女の胸の奥の気持ちを聞いているみたいな気持ちになった。
僕はここで別に彼女を批判するつもりはない。
選んだ職業とはいえ、
ファンまでは自分で選べない。
あのサイン会で何があったのか、
何が嫌だったのか、
いつもそうだったのか、
当日あの場にいなかったし、
そんな経験も僕にはないので
今でも分からないが、
テレビやアダルトビデオショップで
彼女の姿を見かけると
今でもあの時の音が聞こえてくる。

これくらいの人気女優さんにもなると
1回で200人くらいの人が来るが、
普通は40人くらい来たらいい方で
大体が昼と夜で2回のサイン会を
県内の他店舗で掛け持ちしたりしていて、
当日になるまで
どれくらいの人が来てくれるのかは分からなかった。
人気の女優さんが来る時は
ただお店で待っていたら人が来たので良かったが、
無名の女優さんの場合は
人を集めるのに本当に苦労をした。
友達をサクラで呼んだこともあるし、
僕自身がサクラとして列に並んだこともあった。
それくらい厳しかった。

ちなみに
トップウェーブ大須店のサイン会での最低動員はサクラを入れて9人。
ただこの日のことが一番覚えているし、
2人で大須の商店街を歩きながら、
僕の後ろで彼女が呟いたあの声が
今でも昨日のことのように思い出せる。







| 泣くな、新栄 | 21:00 | - | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』7.BOSSと僕
『泣くな、新栄』7.BOSSと僕







知らない間に
トップウェーブ大須店で働き出してから1年が経ち、
二度目の夏が来た。
トップウェーブ大須店には制服はなかったので、
基本的に僕はディッキーズのつなぎに
エプロンを着けて過ごしていたが、
さすがに夏になるとそうはいかないので、
無地の黒いTシャツにジーンズで過ごしていた。
無地の黒いTシャツは原店長とBOSSがいつも着ていたので、
僕も真似していた。

日に日にBOSSと関わることが多くなってきて、
BOSSのことが好きになっていった。
BOSSはいつでも僕らに優しかった。

まだ原店長がいた頃のある日、
僕はお昼休みに事務所で
自分で作ったお弁当を食べていたことがあった。
自分で作ったお弁当というと聞こえがいいが、
ただジップロックのタッパーを2つ並べ、
1つにご飯1合と
もう1つに冷凍食品を詰め合わせたものを食べているだけだった。
冷凍食品が入っている時はまだマシで、
お金がなかったり、
朝起きるのが遅くてギリギリになった時は、
前の晩から炊いていたご飯をタッパーに詰めて、
その上に
きゅうりのきゅうちゃんを5.6切れを乗せただけの漬物弁当だった。
はたから見たら
「ご飯にゴミが載っている。」
くらいにしか見えなかったと思う。
この日が漬物弁当だったかは忘れたが、
そんなお弁当を食べていると
事務所にやってきたBOSSが
僕の後ろからタッパーを覗き込んできた。

「村上、それ、何だぁ?まさか弁当か?」
人間の食うものじゃない。
目がそう物語っていた。

「はい。」

「おめぇ、若いうちはそれでいいけんど、
歳とったらガタ来るぞ。」

「そうですよね。気をつけます。」

BOSSも僕が夜はラーメン屋のまかないで、
ラーメンしか食べていないのを知っていた。
そして
「ただそう言われても
お金がないから無理だけどね。」
と僕が生活態度を改めないであろうことも分かっていた。

次の日、
休憩の時間になり、
BOSSが事務所からレジに降りてきた。

「休憩行ってこい。」

「はい、休憩頂きます。」

「事務所に弁当あっから、
好きなやつ選んで食え。」

「え?あ、ありがとうございます。」

事務所に行くとガストのデリバリーで頼んだお弁当が
従業員の人数分置いてあった。
中を覗くとハンバーグとチキンの2種類のお弁当で、
正直ハンバーグが食べたかったが、
チキンの方が数が多かったので、
チキンのお弁当を食べることにした。

「多分あの人、
僕の弁当を見てわざわざ買ってくれたんだな。」
チキンのお弁当を食べながら、
自分でも持ってきていたお弁当もあったので、
それと合わせて食べた。
もう食べきれないくらいお腹がいっぱいになった。

レジに戻り、
「休憩頂きました。
あとごちそうさまでした。
ありがとうございました。」
とBOSSに伝えると
「お前、何食ったんだ?」
と聞かれた。
チキンですと答えると
「うんだ、
ミュージシャンにはチキンがいいべ。」
と笑っていて、
今だに意味が分からないが、
とりあえず僕もつられて笑った。

最初は週に1.2回くらいだったが、
トップウェーブ大須店が定価1,000円引きのセールを始め、
お店が順調になってくると
毎日お昼ご飯が出るようになった。
ガストのデリバリーもあれば、
CoCo壱番屋のカレーもあり、
マクドナルドの日もあれば、
隣のとんかつ屋さんに
「休憩に行ってこい。」
と言われて行ってみると
とんかつ定食が出てきたこともあり、
僕がベントマンにお弁当を取りに行くこともあった。
一番多かったのは隣の中公設市場にある
お弁当屋さんで、
僕もお弁当を持ってこなかった時、
たまに食べていたお店のお弁当だった。
今ではもう中公設市場はないので、
お店の名前は分からない。
確かみそヒレカツ弁当が600円で
50円でご飯大盛りにすると
もう食べきれないくらいご飯をぎゅうぎゅうに詰めてくれて、
確実にお腹はいっぱいになるのでよく食べていた。
中公設市場の間隣に
トップウェーブ大須店はあったので、
立地的に良かったのか、
一階の女の子をお使いに送って、
僕が休憩に行く時には
ちゃんと事務所にいつものお弁当が置いてあった。
中公設市場にはお弁当屋さんが2つあって、
さっき出てきた揚げ物メインのお店と
惣菜メインのお店で、
揚げ物が続くと惣菜のお弁当になり、
惣菜が続くと揚げ物のお弁当になった。
揚げ物メインのお弁当の場合、
よくアジフライが入っていたことと
惣菜メインのお弁当の場合、
野菜炒め弁当というのがあって、
キャベツの炒め物上に
ウィンナーが4本乗っているという
信じられないくらいシンプルなお弁当だったが、
これが不思議とすごく美味しかったことを覚えている。
そういえば
たまにBOSSの遊び心で、
揚げ物メインのお弁当の時に
カツ丼3人前を詰めた
特特盛のカツ丼弁当が僕だけ出てくることがあった。
ある日、
何も知らずに事務所に行くと
そのカツ丼弁当が置いてあり、
最初は目を疑った。
カツもご飯も器から溢れかえり、
プラスチックの蓋からはみ出していた。
特にBOSSには何も言われておらず、
「若いからお腹が空いているだろうと
気遣ってくれたんだな。」
と思い、
残すわけにいかないと心を決め、
黒烏龍茶を片手に食べたが、
半分以上はどうあがいても食べきれなかった。
仕方ないので、
一度新栄に帰り、
アパートにあった部屋の丼に
食べきれなかった分を移してから、
お店のどんぶりのプラスチックケースのゴミだけ持って、
事務所に戻り、
そのゴミだけ捨てておいた。

「休憩ありがとうございました。
ごちそうさまでした。」

「おう。」

あとから聞いた話だと
BOSSはそれ以上は言わない僕を内心びっくりしていたらしい。
「店員に
「BOSS、やり過ぎですよ。
こんなん普通の人が食べられるわけないですよ!」
って注意されたけど、
「いいから、いいから。」
って無理やり作らせたのに、
村上はけろっとごちそうさまだもんなあ。
あんなもん、冗談に決まってんべ。
でも何回やってもごちそうさまだもんな。
お前はほんとによく食べる。」
結局、
最後までBOSSには
いつも本当は僕が食べきれなくなり、
わざわざアパートに持ち帰って、
次の日の朝に食べていたことを言わなかった。
「BOSS、あれ本当に大変でしたよ。
消化に1日半は掛かりましたから。」
BOSSがあんまりにも楽しそうに
一緒に行った飲み屋で店員に話すので、
僕もそれ以上は言えなかった。

BOSSには子供が2人いて、
地元の福島に奥さんと3人で暮らしていた。
大体、
僕くらいの歳の子だと話していたので、
大学生か大学を卒業したくらいの歳だったんだと思う。
BOSSはコンサルタントの仕事をする前は元々松坂屋の食品コーナーのバイヤーだったらしく、
シーズン毎の企画で全国を飛び回っていたので、
あまり家には帰らなかったらしい。
独立してからはもっと帰れなくなり、
また女性も好きな方だったので、
各地に会う女の人がいて、
余計家庭を顧みなくなっていたみたいだった。
そんな中、
息子くらいの歳の子がアルバイトに入ってきて、
タッパーに詰めたご飯を食べている姿を見て、
自分の息子の姿とダブったのかもしれない。
お弁当はいつもBOSSのポケットマネーだった。
ラーメン屋のアルバイト先にも
僕がいない時だったが、
出張の帰りにこっそり来てくれたこともあった。
「お前いたら、
チャーシューくらいサービスしろ!
とか言ってやったんだけどな。
普段あれ食ってんだな、村上は。
しかし名古屋のラーメンは旨くないべな。
福島のラーメンの方がよっぽど旨いべ。」
言葉はいつも乱暴だったが、
そうやって普段の僕の生活を気にかけてくれていた。

最初に会った時の印象を忘れるくらい
いつもBOSSは僕に優しかった。





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