硝子戸の中

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『泣くな、新栄』9.エロチンドン屋
『泣くな、新栄』9.エロチンドン屋





「村上、これ持って大須まわってこい!」

BOSSにそう言われた時、
何を言われているのか
一瞬分からなかった。


彼女のサイン会が決まったのは、
開催日の1週間前だった。

BOSSが受けた電話によると
この週の土曜日に大阪のサイン会があるので
その前日の金曜日の夜に
名古屋でもサイン会をやりたいとメーカーから問い合わせがあったらしく、
せっかくの機会だからとBOSSはその話を受けた。
正直、
この時点でこのイベントの雲行きは怪しかった。
デビュー作ではあったが、
先週新作で入荷した彼女のDVDは2本だけで、
人気タイトルだと50本は入荷する中では、
どう考えても少ない本数だった。
当時、
トップウェーブ大須店での新作の本数は、
基本的に送ってくる流通会社か
そのメーカーが判断していた。
発売元であるメーカーが
お店に2本だけしか送ってこなかったところを考えると
メーカー自体も正直売れるとは思っていなかったのだろう。
元超人気アイドルグループの出身の女の子という
キャッチコピーのデビュー作だったが、
彼女の顔をいくら見ても一度も見たことはなかった。
当日、彼女がBOSSに話していたのを聞いたが、
実際は研究生の練習生くらいのポジションだったらしく、
誰も知らなくて当然だった。
次の日、
早速メーカーから
彼女のDVDが山のように届き、
BOSSはポスターとビラを作って、
店内中に張り巡らせた。
僕もレジ前に作ってあった
月間のランキングの棚をバラして、
彼女のDVDで埋め尽くした。
今のようにtwitterやfacebook、
AV女優のイベント総合サイトのようなものもなかったので、
こうやった地道な口コミしか
お店としても告知の方法はなかった。

サイン会前日、
最初に入荷した2本だけしか売れていなかった。
レジ前には山のようにDVDが積まれたままで、
お客さんはその前を一度も立ち止まることもなく、
ただ素通りしていく。
前日からついに有線放送から
彼女のDVDに付属する特典の彼女が歌う曲のCDに
店内BGMを切り替えた。
BOSSも本気だ。
普段トップウェーブ大須店は
洋楽の有線放送を流していたが、
彼女のCDは
やけに甘い王道のアイドルソングで
しかも2曲だけ。
リピートで1日中聴いていると
さすがに気が狂いそうになったし、
会う前から彼女のことが嫌いになりそうだった。
お客さんも
お店に入るとBGMに気づき、
軽く周りを見渡しはするが、
それでも彼女のDVDは
誰からも手にすら取られなかった。
サイン会の売り上げは当日ではあったが、
前日までである程度売れている女優さんもいたし、
いくら売れない女優さんでも
最低でも10本くらいは売れていたと思う。
デビュー作なので今までの売り上げもないから参考もない。
そう思うと当日は不安しかなかった。

迎えた当日、
お昼を過ぎた頃、
他の店舗に挨拶を行く前に
会場の下見と荷物を置きに
女優さんとマネージャー、
メーカーの担当者2人がやってきた。
「よろしくお願いしまーす。」
ニコニコしながら挨拶をしてくれたが、
レジ横に山積みになっているDVDを見て、
みんなから笑顔が消えていった。
BOSSは4人を連れて事務所に行き、
今の状況を説明していた。
「これ、ほんとにやばいなあ。」
僕も前もって友達にメールをして
いつものようにサクラをお願いしたが、
1週間前の平日では誰も都合がつかなかった。
そんなことを考えていると
内線が鳴り、
受話器を取るとBOSSからだった。
「村上、ちょっと上がってこい。」
そう言われて僕も事務所に行った。
「昼ご飯のお店に案内しろ。」
とかそんな話なのかなと思って事務所に入ると
BOSSが彼女とマネージャーの間から
ポスターを指差し、
僕を見つめてこう言った。

「村上、これ持って大須まわってこい!」

BOSSにそう言われた時、
何を言われているのか
一瞬分からなかった。

「はい?」

「だからこのポスター持って、
大須をまわってこいって言ってんの!」

「まわる?」

「わっかんねーかな。
だから
今日のサイン会の客引きをこの子として来いって言ってべ!
ねぇ、いいでしょ?マネージャーさん!」

彼女は体を硬直させて立ちすくみ、
マネージャーは呆気にとられて黙り、
横にいた担当者2人は下を向き、
本当に苦虫を噛み潰したような顔をしながら笑っていた。
多分、
僕が来るまでそんな相談は
一度もされてなかったんだと思う。
BOSSは割と思いつきでこういう話をするので、
僕には空気ですぐに分かった。
「そんなことで人が来るはずがない。
てか
ついに女優に向かって「この子」呼ばわりしたぞ、
この人。」
BOSS以外はきっとそう思っていたと思うが、
BOSSの顔を見ると
「なんでこれを今まで思いつかなかったんだ。」
というくらいの満面の笑みを浮かべていた。

無理なお願いをして、
人が集まらなかった負い目があったのか、
その場ですぐにやることが決まった。
早速、
彼女は衣装に着替えるために応接間に行き、
その間、
BOSSはレジ横から段ボールを持ってきて、
ポスターを貼り、
僕の体に合わせて切り取った後、
僕の首にビニール紐を通して、
夜の繁華街でよく見るような
手作りのサンドウィッチマンセットを作った。
「これで完璧だっぺ。」
僕の体に括りつけながら、
そう満足げに笑っていたが、
僕は括りつけられながら、
徐々に不安が増してきていた。
「ほんとにやるんだ…。」
今から自分の身に起こることを想像しただけで、
自分の顔が強張っていくのが分かる。
背中にいる紐を結んでいたBOSSに
「BOSS、
やるのはいいんですけど、
彼女と歩きながらなんて言えばいいんですか?」
と聞くと
「そんなもん、自分で考えろ。」
と言われただけだった。
多分、
BOSSも分からなかったんだと思う。


「超人気セクシー女優〇〇さん、
本日19時よりトップウェーブ大須店にて
サイン会を行いまーす。
当日券もご用意しておりますので、
皆さま是非お越しくださーい!」

「お越しくださーい。」

サンドウィッチマンになった僕を先頭に
制服を着た女優さんと
担当者2人が後ろに続いた。
明らかに異様な集団で、
商店街の人たちが隣のお店の人とひそひそと話しながら、
こっちを見ていた。
セリフはその場で適当に考えた。
前に見た何かの映画のチンドン屋のイメージで、
とりあえずまず僕が楽しげに大声を出し、
その後に女優さんと担当者2人が続いた。
そういえばマネージャーは来なかった。
多分、
次の営業先がどうのこうのと理由を付けて、
辞退したんだろう。
気持ちは分かる。
しかしいくら大須商店街とはいえ、
平日のお昼過ぎでは人がほとんどいなかった。

「こんなこと、何の意味もねーよ。」
そう思いながら
5分くらい歩いたところで
「すいません。」
とどこからか声が聞こえてきた。
ただあまりにも小さな声だったので、
気のせいだと思ってそのまま歩いていると
次はさっきよりも大きな声で
「あの、すいません。」
と聞こえてきた。
後ろにいた彼女だった。
僕にだけしか聞こえないような声だったので、
担当者2人は周りに気を取られていて、
全く気がついてなかった。

「ほんとにすいません。
人気がなくて。」

「え?」

「いや、
私が人気ないばっかりに
こんなことになってしまって、
ほんとにすいません。」
今にも泣き出しそうな顔をしながら、
彼女が僕に言ってきた。

「ははは、全然大丈夫ですよ!
むしろこっちこそすいません。」
僕は笑顔を崩さないように彼女の方を向いて
申し訳なさそうに答えた。

「え?」

「せっかく来て頂いたのに人が集められなくて。」

「いや、そんな。」
彼女はそんなことを言われると思っていなかったのか、
びっくりして戸惑っている。

「あの在庫、
メーカーさんがたくさん送ってくれただけで、
ある程度売れてましたから。」

…嘘つけ、お前そんなんすぐバレるぞ。

「本当ですか?」

「本当です。
サイン会が決まる前から
うちも力を入れて売り出してましたからね。」

…お前、知らないよ、あとでバレても。

「ありがとうございます。」

「あの辺、
人通り多いんでもうちょっと行ってみましょう。」

…もうやめろって、
行っても恥かくだけだって。

「はい、よろしくお願いします!」

「超人気セクシー女優〇〇さん、
本日19時よりトップウェーブ大須店にて
サイン会を行いまーす!!
当日券もご用意しておりますので、
皆さま!是非お越しくださーい!」

いい、これでいい。

「よろしくお願いしまーす!」

「超人気セクシー女優〇〇さん、
本日19時よりトップウェーブ大須店にて
サイン会を行いまーす!!
当日券もご用意しておりますので、
皆さま!!是非お越しくださーい!!」

こんな辛い思いをしている彼女に

「よろしくお願いします!」

今くらい嘘ついたっていい。



結局、
そのあと10分くらい歩いて、
トップウェーブ大須店前に辿り着き、
チンドン屋は解散になった。
当日サイン会に来たのはサクラを入れて9人。
最大で200人くらいの人が入れるスペースに
9人だけでは寂し過ぎるので、
当日は違う棚を増やして、
いつもよりイベントスペースを小さくしていた。
BOSSの配慮だった。

イベント中、
僕はサイン会の受付のもぎりだった。
彼女は1人ひとりに自分から話題を盛り上げ、
丁寧に相手をしていたが、
予定していた時間よりも大幅に早く終わり、
その後、
彼女のミニコンサートが始まった。
この日、
僕が昨日気が狂いそうになるまで聴いた2曲を
サイン会の最後にお客さんの前で歌うことになっていた。
当日ライブをやることを知り、
BOSSにどうやってライブ中の音楽を流すのかと聞くと
「そんなもん、店内放送に決まってるべ。」
と言われ、
どう考えても店内放送が流せる1階と
サイン会の会場になっていた4階では
タイムラグがあり、
内線を使用したとしても
変な間を空けてしまうのは目に見えていた。
彼女にこれ以上気まずい思いをさせたくなかったので、
「形だけでもしてあげよう。」
とチンドン屋が終わった後に
とりあえずアパートに帰って、
CDラジカセと
明日、照らすのステージで使っているマイクを取りに戻り、
ライブ前にサイン会のブースの隣に置いておいた。
もちろんPAブースも
スピーカーもなく、
ただCDラジカセから歌ありのCDを流し、
そこにマイクを持って地声で歌うという
ものすごいシュールなライブ。
もちろんどこにも繋がっていないマイクを
彼女はただ持っているだけになるが、
元アイドルである
彼女の心はきっとAV女優ではなく、
今でも歌手なんだから
マイクさえ持てば
少しだけでも彼女が安心するような気がしてCDラジカセにCDをセットすると
横にいた彼女にマイクを手渡した。
「これ、よかったら使ってください。」
とマイクを渡すとにっこりと笑って、
「ありがとう。」
とまた僕にしか聞こえない小さな声で言った。

ライブ終了後、
出口で彼女はお客さん1人ひとりに
お礼を言い、
順番に頬にキスをしていった。
大体、
いつもなら
「ありがとうございましたー!」
と笑顔で楽屋に帰っていくだけで、
見送りまでして、
さらに頬にキスまでしている女優さんを
今まで見たことはなかった。
僕はそんな彼女の姿を見ながら、
棚の影に隠れてこっそり泣いていた。
あの時は
大須商店街での出来事を思い出して
悲しくなって涙が出てきたんだと思っていたが、
多分、
目の前の彼女の姿に芸事で生きていくことの全てを見た気がして、
怖くなって
つい泣いてしまったんだと思う。

彼女はその後、
僕とBOSSにお礼を言い、
すぐに衣装を脱いで私服に着替え、
早々と帰って行った。
最後にエレベーターで
お店の外まで見送りに行った際、
彼女たちからは
さすがに言い出しにくそうだったので、
「ありがとうございました。
またいつでも来てくださいねー。」
と彼女に伝えると
また
「本当にありがとうございました。」
とにっこり笑ってくれた。


「おめぇ、また本当に来たらどうするべ?
あんなもん、大赤字だぞ!」
と彼女たちが帰り、
2人っきりになった
エレベーターの中でいきなりBOSSに怒られた。
「すいません、
その時は僕、また客引きやりますから。」
と答えたが、
それから先、
僕が客引きをすることは一度もなかった。
彼女と会ったのもこれが最後だった。
それからDVDを2.3本出して、
彼女はすぐに業界を引退をした。
正式な引退ではなく、
いきなり新作の発売のリストから名前が消えるフェードアウト。
この業界ではよくあった。
一緒にチンドン屋までした彼女だったが、
僕が彼女の引退に気が付いたのは、
引退してからしばらく経った後だった。
毎月届く新作リストを
ただ眺めているだけでは、
あまりにも人の数が多すぎて、
彼女の姿を探しきれなかった。

それくらい
毎月新しいAV女優がこの世に生まれては、
毎月その数だけ消えていった。








| 泣くな、新栄 | 21:00 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
やさしさ・きびしさ・せつなさ
でも、やっぱりやさしさ
なんでかわからないけど泣いてます

毎日読んでます。毎日ブログ更新してほしいとは
全く思わないけど更新されてると嬉しいという気持ちはあります。
ひさびさに毎日アクセスしてます。日々楽しみにしてます。
ありがとう
| やましゅん君 | 2016/08/09 10:54 PM |
上手いことをを言える表現力は残念ながら持ち合わせていません……
ただ、友哉さんの言葉には引き込まれます。
情景がリアルに頭に描かれます。
毎日楽しみで仕方がありません。
ただ、ただ。
めちゃくちゃ大好きです!!!(はぁと)
| y。 | 2016/08/10 1:10 AM |
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