硝子戸の中

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『泣くな、新栄』10.『素晴らしい日々』前後の話
『泣くな、新栄』
10.『素晴らしい日々』前後の話








明日、照らすが『素晴らしい日々』を出す少し前に
僕はトップウェーブ大須店の契約社員になった。
確か2008年10月くらいのこと。
この頃、
トップウェーブ大須店から
原店長が抜けたことで
僕のシフトの比重が大きくなり、
名古屋駅のラーメン屋ではシフトが自由にできたので、
土日もラーメン屋ではなく、
大須にいることが多くなった。
ただ契約社員については意図的になろうと思ったわけではなかった。
ある日、
名古屋駅のラーメン屋にアルバイトに行くと
「もっとシフトに入ってくれないと
うちで雇用保険に入れてあげられない。」
と店長に言われ、
BOSSにそのことを相談をすると
「うちで入ればいいべ。
契約社員にしてやるから。」
と言われて、
切り替えることになっただけだった。
ただ契約社員になったと言っても
別にやることはいつもと変わらず、
ライブや練習がない日は一日中お店の中にいるだけで、
ほとんど今までとは何も変わらなかった。
1つ変わったことといえば、
夜になるとお店の電話が鳴り、
よくBOSSに呼び出されるようになった。

「早佐乙に店任せて、村上ちょっと来い。
一階は締めとけばいいから。」

電話を切ると
そう言われたことを早佐乙さんに伝え、
一階に
『営業終了につき立ち入り禁止!
二階アダルトコーナーは営業中』
の立て看板を置き、
僕は事務所でエプロンを脱いで、
トップウェーブ大須店近くの寿司屋に行った。
5.6席くらいのカウンターと
4人掛けのテーブルが1つしかない
築何年かも
ぱっと見営業しているかどうかも分からない汚いお店だったが、
BOSSはよくそこで1人で飲んでいた。

「おお、村上来たな。まあ座れ。」

「お疲れ様です。」

「大将、なんか適当に握ってやってくれ。
村上は店番あるから飲むなよ。」

「はい、ありがとうございます。」

「村上、店どうだった?
売り上げは?」


お客さんはBOSSと僕だけしかいない
寿司屋のカウンターに座り、
最初こそはお店の話になったが、
ただそれは会話の導入のだけで、
「この前な、嫁から電話があってな。」
と後はただ2人で世間話をしていた。
多分BOSSはあの時
ただ誰か話し相手が欲しくて、
僕を呼んでいたんだと思う。
原店長もいなくなり、
普段は話す相手がおらず、
昼間は一階の女の子たちが話し相手だったが、
彼女たちは夜になると帰っていき、
最近では夜に僕が毎日お店にいたので
夜の相手にたまたま僕が選ばれた。
その時に本名は『RIKIYA』ではないことを知った。
ある時、
「みんながあんまりにも
安岡力也に似てるっていうもんだから、
RIKIYAの方が楽なんだ。
おめぇもどうせ初め思ったべ?」
と言われ、
「思いました。
それよりもBOSSに初めて会った時、
本当にアダルトは裏社会と繋がっていたんだ
と思いました。」
と言うと
ちょっと考えた後、
「そりゃどういう意味だ?」
とBOSSに肩を殴られて、
大将と女将さんが大笑いしていた。
寿司屋のカウンターで
よくBOSSの福島時代の話や
BOSSの子供の話を聞いた。
なぜか今でも1番覚えているのは、
BOSSの娘が中学生の頃、
ソフトボール部に入ったらしく、
ソフトボール父兄の集まりのノリで
その中学の女子ソフトボール部と
父親チームで試合をした時の話。
父親チームが夜な夜な飲み屋に集まり、
念密に作戦会議を何度もしていると
異常に戦略やルールに詳しい1人の父親がいて、
「あの人がいたら大丈夫だろう。」
とみんなが思っていたら、
当日実はその人は
ソフトボールはおろか野球の経験もない人で
最終的には試合で怪我をし、
骨折をして病院に担ぎ込まれてしまったらしい。
試合後、
父親チームでお見舞いに行き、
野球の経験もないのになんであんなに詳しかったのか聞くと
「娘が最近口を聞いてくれなくて、
必死にルールを覚えた。」
と言われて、
チームのみんなで大笑いをした。

「ははは、
いい話だなあ。
そんな漫画みたいな素敵な展開あるんですね。」

「福島はラーメンもお前の店より旨いし、
そういう街だ。」

「ははは、
そういう言い方しないで下さいよ。」

「がはは!
なんでだ?事実を言ったまでだっぺ?」

こんな風にたわいもない話を
よく大将と女将さんも交えて聞いていた。
基本的にみんな聞き役だった。
BOSSはとにかくよく話す。
それから熱燗をお銚子大で2.3本飲み、
22時くらいになると
「やっべっ、もうこんな時間だ。
早佐乙、飯食わせてやんねーと。
村上は早佐乙を休憩行かした後、
上がっていいぞ。
大将、お勘定と従業員用に寿司折1つ作ってくれ。」
と言い、
寿司折を持って千鳥足でふらふらとしているBOSSと並んで、
2人でお店に帰って行った。

カウンターしかない寿司の回らない寿司屋で
熱燗を飲むBOSSの隣に座り、
寿司を摘みながら過ごしたこの時間が、
なんだか急に大人になったようで
くすぐったくて大好きだった。
ただ不思議とここの寿司が美味しいと思ったことは一度もない。
いい寿司屋はそうなのかもしれないが、
シャリも小さいし、
ネタも小さいし、
別に味もそんなにいいとは思えない。
そこそこの値段もするのに
なんでいつもBOSSはこの寿司屋に行くのか
よく分からなかった。
BOSSにいつも当たり前に奢ってもらっておいてなんだが、
BOSSは元々松坂屋のバイヤーの経験があり、
自分の舌には絶対的な自信を持っていて、
よく大将にも
「大将、ちょっとしめ鯖の締めがあまいべ。
これくらいの方が量は食べられるけんど、
酒のアテとしては薄いべ。」
と言ったりもしていたけれど、
BOSSの行きつけのお店も
たまに作ってくれた手料理も
今食べると分からないが
ほとんど美味しいと思ったことはなかった。
話は少し脱線するが、
BOSSの手料理で一番辛かったのは、
おにぎりだった。
「おにぎりを不味く作る方法があるのか。」
と疑問を持つかもしれないが、
BOSSが作るおにぎりは
炊き込みご飯をなぜか生卵で和えてあって、
ただでさえだいぶ緩くなりがちな
炊き込みのご飯が生卵により米粒の輪郭をなくし、
海苔巻きおかゆのような食べ物で、
いつも事務所の机の上を片付けず、
飲みかけのペットボトルやタバコの灰で汚している
BOSSの部屋を想像すると
本当に口につけるのすら嫌だった。
おそらく
BOSSはお酒もよく飲むし、
タバコもよく吸っていたので、
舌がおかしくなっていたんじゃないかと思う。
あの時、
BOSSが普段よく飲んでいた飲み物は
茶葉が倍くらいになった
かなり濃いめの味のミルクティーで、
多分BOSSの舌はある程度味が濃くないと
味を感じられなくなっていた。
それでも働いている僕も含め
BOSSには誰も何も言えなかった。
BOSSは話し方も乱暴で、
風貌も風貌だった上、
お店で沢山お金を使い、
お会計ではアルバイトの子に
お釣りをあげるくらい金払いもいい。
ちょっとくらい何か言われたところで
揉めると怖いし、
言い返して失うには
お店側的にもあまりにも惜しい存在だった。
ただ本当にそう思われるほど、
BOSSは
怖さだけではない優しさも持っていた。
ある時、
BOSSがトイレに行って、
お店に大将と女将さんと僕の3人だけになり、
話題に困った僕は
「普段からBOSSはよく来るんですか?」
と女将さんに聞いてみたことがあった。

「うちの人(大将)が一度体を壊して
お店を一時期休んでいたんですけど、
復帰した時にたまたまBOSSが見えて、
「今度、
息子が大学に入るのにこんな大事な時期に体を壊すなんてね。」
と2人で話していたら、
「俺が息子を卒業さしてやる。」
ってBOSSが言い出しましてね。
もちろん冗談だと思って
「お願いしますねー。」
と笑って聞いていたんですけど、
それからほぼ毎日来て頂いてます。
こんな男気があっていい人、
なかなかいませんよ。」
と教えてくれた。
BOSSは
そういう気持ちをいつも大切にしていたので、
商店街の人たちからも愛されていた。
たまに一階から外を覗いていると
向かいのお好み焼き屋の大将と楽しそうに話している姿をよく見た。
このことに関して、
「まだ大須に来て2年も経たないくらいなのに
なんであんなに商店街の人たちと仲がいいんですか?」
と一度聞いたことがあった。

「アダルトビデオショップってのは、
どこの街でも嫌われる。
だから
まず新しい街に行ったら、
色んな店に行って名前と顔を覚えてもらわないといけねーんだ。
そもそも商店街はよそ者に本当に厳しい。
よそ者が商売やるには
まずちゃんと悪い奴じゃないって分かってもらってからだべ。
まずは商店街を牛耳っているボスを探す。
この街なら
あの向かいのお好み焼き屋の大将だ。
そこから仲良くなれば、
噂が広がって、
あとはみんな仲良くしてくれる。
大体、
ここまで来るのに俺が幾ら使ったと思ってんだっぺ。」
と言われた。
ただ闇雲にお店を渡り歩いたり、
飲み歩いてるわけではなく、
ちゃんとBOSSにはBOSSの仕事があった。

ただこの頃、
トップウェーブ大須店は
アウトビジョン定価1000円引きのセールをやめ、
定価の500円引きにさりげなく移行していた。
口コミで根付いたお客さんがいたので、
一気にお客さんが減るわけではないが、
本当に緩やかに
少しずつ客足が日に日に遠のいていった。
お店の中にいた僕でさえ、
緩やか過ぎて気がつかなかった。
ピーク時、
特注サイズの段ボール4.5箱あった
アウトビジョンの入荷が
3箱になり、
2箱になり、
「あれ?」と思った頃には
過去に比べてもうだいぶ売り上げは下がっていた。
そして
この辺りから少しずつ僕も変わっていった。
もちろんいい意味でない。
本当に自覚はなかったが、
原店長時代の時のように誰からも怒られなくなったことで、
またBOSSから指名を受けて飲みに行くようになり、
「認められた。」と自分を過大評価し、
完全に調子に乗っていたんだと思う。
今思うとBOSSからはほとんど怒られなかった。

ある日のこと、
出勤時間の9時50分を過ぎて、
11時くらいに起きたことがあった。
「ヤバイ!今日出勤だった!」
とケータイを見ると着信歴が1件もない。
でも
シフト表を見ても 村上○になっている。
とりあえず
お店に電話を掛けるとBOSSが出て、
「お前、来ないのか?」
と言われ、
やっぱり今日は出勤だったことを知った。
「すいません、今起きました。
すぐ向かいます!」
と言い、
すぐにアパートを出て、
汗だくでお店に着き、
「すいませんでした!」
と謝ると
「おう、気をつけろ。」
とだけ言われて終わった。
BOSSは本当に
寝坊をしても遅刻をしても
全く怒らなかった。
むしろ別の遅刻した日には
「お前は電話を掛けてくるだけましだ。」
と言われたこともあった。
BOSSが買ってきてくれた
特特盛のカツ丼を食べきれないと
「こんなん食べられるはずないよ。
冗談でもやり過ぎだよ。」
と近くのコンビニのゴミ箱で捨てるようになった。
最初の頃だったらアパートに帰って、
明日の朝ご飯に残していたが、
それだけのためにいちいち帰るのが面倒になった。
ある時から買ったご飯ではなく、
BOSSがさっき書いたおにぎりのように
手作りのご飯を持ってくる日が増えた時、
一度陰毛が入っていたことがあって、
それ以来は気持ち悪くて、
一口だけ食べてから基本的に捨てた。
一階の女の子も平気で無断欠勤するようになった。
彼女は電話すら掛けて来なかった。
それでもBOSSは
「あいつはダメなやつだ。」
とレジで一言僕に言うだけで、
次の日彼女が来ても特に怒りはしなかった。
でも
これは僕らが働き手として体をなしていたからではなく、
ただBOSSは細かいことをいちいち言わないだけのことだった。
BOSSは怒って学ばせる教育ではなかっただけのことだった。

僕らがBOSSから愛されていたのは多分間違いないと思う。
ただそれは従業員としてであって、
「お前らの好きにやったらいい。」
ということでは当然なかった。
僕らはそれに気がつかなかった。
ただ調子に乗って、
自分本位に解釈していた。
嫌われてはいなかったが、
消去法で寿司屋に僕が選ばれただけのことであって、
初めから僕を選んだわけではない。
お店として
ある駒で戦わないといけないだけ。
そして駒は運で決まり、
BOSSには選べなかっただけ。
それだけのことだったのに
僕にはそれが分からなかった。

あの頃の僕はただ怒られないようにしていた。
極端なことをいえば、
怒られなければ間違っていても
ミスがあっても別に良かった。
人から怒られることは
本当に気持ちのいいものではない。
プライドが邪魔をして、
ついつい自分の非を認めたくなかったり、
言い訳で逃れようとしてしまう。
ただ最近思うのは誰からも何も言われないことの方が
ある意味だともっと不幸なんじゃないかと思う。
年齢のせいか怒る立場になることも最近は増えたが、
人に怒る側は怒る側で結構体力を使うし、
それ以上に気も使うことがよく分かってきた。
正直怒りながら、
「そんなこと、
お前が人に言える立場かよ。」
と自分でも思うこともある。
そんな今の自分と重ね合わせて、
あの頃を振り返ると
原店長もただ闇雲に僕に怒っていたわけではなかった。
多分、
彼も彼なりに僕のことを思っていてくれたからこそ、
あの時怒ってくれたんだと思う。
この世間の全部が全部そうだとまでは言わないが、
少なくとも普段の言っていることが正しいと思える相手なのであれば、
彼らがする注意には
多少なりとも愛情は含まれている。
あなたの周りにいる人生の先輩たちは
自分がおかしくなっていても
自分で気づくことはなかなかできないし、
自分で気づいた頃には
もう取り返しがつかないくらいおかしくなっていることを
経験上分かっているから、
「今すぐには無理でも、
いつか分かってくれたらいいな。」
と願いを込めて、
自分を奮い立たせて相手を怒り、
注意を繰り返す。
本当にこの作業は愛情以外の何物でもない。

トップウェーブ大須店で契約社員として働き、
誰からも怒られなくなった僕は
もうこの頃にはすでに
取り返しのつかないところまで
おかしくなってきていた。
人のお金で買ってもらった食べ物を
躊躇なく捨てられるような人間になってしまっていた。
書くまでもないが、
もちろんBOSSが悪いわけではない。
悪いのは僕自身であって、
問題の全ては僕自身にあった。


こうやって誰にも分からないような
緩やかなスピードで、
トップウェーブ大須店はおかしくなっていった。







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