硝子戸の中

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『泣くな、新栄』11.ダメ人間
『泣くな、新栄』11.ダメ人間






もちろん
BOSSから怒られたことがなかった訳ではない。
あまり言い方ではないが、
BOSSは感情で生きているタイプの人間だったので、
遅刻やミスは全く怒られなかったが、
BOSSの機嫌が悪い時や
BOSSからの急なお願いに対応ができないと
「もういいべ!」
とすぐに大声を出して、
どこかへ行ってしまうことも多かった。
そんな中で
BOSSから怒られた経験として、
一番印象的に覚えているのは、
岡崎であった
明日、照らすのインストアイベントの前日のことだと思う。
インストアイベントの日は
前々からシフトを×にしていたが、
前日の朝、
事務所に行くと
「お前、
×になってる明日出勤してくれ。」
とBOSSにいきなり言われた。
トップウェーブ大須店では
基本的にシフトを僕の自由にできた。
もちろんライブと練習以外は基本的に出勤だったので、
それを理解していてくれて、
僕が×で提出すれば、
ちゃんとシフトから外されていた。
この日は岡崎でのインストアイベントがあること、
どうしても僕が行かないと
色んな人に迷惑を掛けることを伝え、
「本当に申し訳ないですが、
この日だけは無理です。」
と言うと
いきなりBOSSが事務所の机を叩きながら、
形相を変えて怒り出した。
「おめぇ、
こんなけ俺が頼んでもダメなんか?
なあ、おい、どれだけ飯食わせたり、
お前に金使ったか分かってんのか!?
おい!
お前がたまにレジで昼寝してんのも知ってんだべ!」
とトップウェーブ大須店中に響き渡る大声で
怒鳴り散らされ、
本当に一瞬殺されるかと思った。
とにかく謝った。
本当にすいません、
ただ明日だけはダメなんです、
本当にすいません、
あと昼寝もすいませんでした、
BOSSには感謝してます
本当にすいません、
どさくさに紛れて昼寝のことも詫びた。
言い終わる頃には
BOSSは椅子に座り直し、
「もういいべ!店開けてこい。」
と言われて話はここで終わった。
それ以上は何も言われなかった。
お店のシャッターを開けながら、
「なんかあったのかな?
もしくは機嫌が悪かっただけかな?」
と思っていた。
まだ心臓がバクバクと鳴っていた。
その日はなぜか一日中BOSSには会わなかった。
どこかへ行ったきり、
一度も戻ってこなかった。
夜になり、
明日のセットリストを考えながら、
2階のレジでぼんやりしていると
僕があがる23時よりも早く
BOSSがレジに来た。

「お前、もう今日は上がれ。」

「でもまだ時間が…。」

「大事なライブあるんだろ?
早く帰って休めよ。」

「いやでも。」

「いいから、上がれ。」

「すいません。」

「おう、お疲れ。」

「BOSS、
本当に今日はすいませんでした。」

「もうそれもいいべ。」

「はい、ありがとうございます。」

「多分、
朝のお詫びみたいなとこもあっての早上がりなのかな?
やっぱり機嫌が悪かったんだ。」
と思いながら、
レジでBOSSに売り上げの報告をしていると
「村上、実家に電話してるか?」
と急に聞かれた。
いきなりだったので、
「どうですかね。たまになら?」
と答えると
「実家にはちゃんと連絡してやれ。」
と言われたが、
なんでそんな展開になったのか
よく分からなかったので
「はい。」としか言えなかった。

インストアイベントが終わった次の日、
僕は昼出勤だった。
昼出勤の場合、
大体15時からで、
時間になり事務所に行くと
BOSSがいなかった。
でも事務所のシフト表を見ると
BOSSは○になっている。
不思議に思いながら2階のレジに行くと
早佐乙さんがレジに1人で立っていた。

「昨日、
BOSSのお父さんが亡くなったらしくて、
今日は村上くんと2人だけでやってくれって連絡があったよ。
ちょっと前くらいから入院してたんだって。
とりあえずずっと1人だったから、
今から休憩行ってくるね。」

早佐乙さんが休憩に行った後、
僕はレジの中で1人泣いていた。
お客さんがいなかったので、
1人声出して、
「BOSS、本当にすいません!
本当にすいませんでした!」
と泣きながら誰もいないレジで詫びた。
多分、
あの前日にお父さんの容態が急変したんだ。
あの日だけ×にしていなければ、
あの日さえ僕が出られたら、
お父さんがいる福島に帰れたんだと思う。
なんでそれを教えてくれなかったんだろう。
インストアが終わったら
すぐ来ることもできたし、
それくらい絶対にしたのに。
ただあの時僕は
「なんかあったんですか?」
と一度も聞かなかった。
自分のことだけしか考えてなかったので、
BOSSのことを気にしている余裕がなかった。
それなのに
「機嫌が悪かったんだ。」
なんて、
バカ過ぎるにも程がある。
今更どうしようもないのは分かっていたが、
何度も何度も
福島にいるBOSSに向かって1人で詫び続けた。
それくらいしかできることがなかった。

「この前な、
親父が死んだ時、
葬式でさ、
親父が死ぬ歳になるなんて
本当に俺も老けたなあと思ったべなぁ。」
いつもの寿司屋で熱燗を呑みながら、
何ヶ月か経った後、
BOSSはそう僕に話してくれた。
ふと思い出して、
「あの時、本当にすいませんでした。」
と言うと
「もういいべ。過ぎたことだべ。」
とだけ言われて、
この話はそれから一度も話題に出なかった。



大須商店街は毎月28日になると縁日が出た。
平日、土日祝日は関係なく、
28日になると赤門通りに出店が並び、
歩行者天国になる為、
赤門通りにあった
トップウェーブ大須店の前にも
人通りが賑やかになった。
天気がいい日にアウトビジョンやビーワンの担当者が来ると
お店の営業中に
倉庫からテーブルと椅子を出して、
屋台で買った焼き鳥やたこ焼きを並べて、
BOSSは担当者の人たちと
お店の前でたまに飲んでいた。
契約社員になってから僕も一度呼ばれた。
「村上、ちょっと降りてこい。」
と内線でBOSSから呼び出され、
下に降りて行くと
BOSSを囲んで担当者2人と
アルバイトを終えた一階の女の子たちがお店の前で飲んでいた。

「おお、来たな。
こいつ、
アルバイトから契約社員になった村上だ。
仲良くしてやってくれ。」

こういう場で話すのが1番コミュニケーションが取りやすい。
現場で培ってきた経験から
僕を呼んでくれたんだと思う。
BOSSは元々松坂屋の営業だけあって、
話が上手だし、
営業の人たちへの接し方もうまい。
その時に初めて聞いてびっくりしたが、
他県にいた時は
たまにこの2人の担当者を連れて
温泉に行ったりしていたみたいで、
担当者からも
「BOSS、あの時は楽しかったですねー。
また行きたいですねー。」
と話を振られて、
「がはは、おめぇはそうやってまた俺に金使わせる気だっぺ!」
と楽しそうに笑っていた。
僕はその話を隣で笑いながら聞いていた。
すごく和やかな空気が流れ、
楽しい時間だった。

1時間ほどそんな時間を過ごしていると
「ちょっとションベン行ってくる。」
とBOSSは立ち上がって、
お店の中に入っていった。
テーブルには
僕と担当者2人と1階の女の子だけになり、
ちょっとだけ気まずい空気が流れていたので、
「何か話さなきゃいけないな。」
と思いきって話し出してみた。

「今日名古屋に泊まられるんですか?」

「帰ります。」

「お忙しいですね。」

「まあ。」

担当者の1人がビールを飲みながら
面倒くさそうに答えてくれた。
明らかにさっきとは違う。
もう1人に至ってはカバンの中の資料を探していて、
こっちすら見なかった。

「BOSSと出会ったのは福島の時ですか?」

「いや、東京です。」

「そうなんですね。」

「はい。」

ここでついに僕も黙ってしまった。
もうこれ以上話しても
いい印象を持たれるはずがない。
担当者も横目でちらりと僕を見ると
「今月のキャンペーンの件だけどさ。」
ともう1人の担当者と話し出した。
「何か気に障ることを言ったのかな?」
最初はそう思っていたが、
BOSSが戻ってくると
「さあ、呑みましょうよ!」
と担当者の2人に笑顔が戻った。
そこから最後まで
僕は自分から一度も話し出さなかった。
ただ
季節的に寒くなってきていたので、
その後すぐに会はお開きになり、
割と早々と2人は帰って行った。
テーブルを片付けていると
「気のいい奴らだべ?」
とBOSSが僕に聞いてきた。
「ああいう裏表がある人は嫌いですね。」
頭の中にはそう浮かんでいたが、
「ほんとそうですね。
しかし色んな人と仲が良いですね、
BOSSは。」
と答えるのが精一杯だった。

アパートに帰り、
何となくさっきの出来事を思い出していた。
あの時、
担当者たちの気に触ることを言ったわけじゃないことは
明らかだった。
自分でも本当はあの態度の理由は分かっていた。
ただあの時、
気がつかないようにしていただけだった。

「お前の話に笑っても利益にはならないから。
いつ辞めるか分からない契約社員に優しくしても
何のメリットもないから。」

結局、
僕はただ流れで契約社員になっただけで、
誰かに認められたわけでも
誰かに必要とされていたわけでもなかった。
あの時、
BOSSがトイレから帰ってくる前に
本当はそれが分かっていたのに
「何か気に触ることを言ったのかな?」
とプライドが傷つかないように
事実をはぐらかしていたことも僕は気づいてた。
自分のことは自分が一番分かっていた。


この2つの出来事があった直後、
「明日から頑張ろう。」
と思っていたが、
一日一日レジでぼんやりとしながら
時間が経つと
その気持ちは段々と薄らいでいった。
自分が作ったぬるま湯の中では
悔しさも不甲斐なさも
それを成し得ずに忘れてしまうほど、
どうしようもなくダメになってしまっていた。






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