硝子戸の中

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『泣くな、新栄』14.それから
『泣くな、新栄』14.それから








帰り道、
バスを降りて家まで
歩いているとカバンの中でiPhoneが鳴っていることに気がついた。
表示された名前を見て、
思わずiPhoneを落としそうになった。
あれから2年以上経って、
今更この名前が表示される日が来るなんて
思いもしなかった。
「悪いことでもあったんじゃないか?」
一瞬出るかどうか迷ったが、
とりあえず出ることにした。
今、話をしてみたいと純粋に思った。

「お、お疲れ様です!」

「おー、村上かぁ?お疲れ。
まだ生きてか、おめーは。
がははは。」

電話越しに嫌味とともに
福島訛りの懐かしい声がした。
トップウェーブ大須店前で
トラックを見送った日以来、
久々に聞いた声だった。



閉店を告げられた日の2週間後、
4階から順番にトップウェーブ大須店を片付けていった。
まずは事務所を片付け、
机や棚など事務用品で使えそうなものは本部に送り、
応接室で使っていた電子レンジはなぜか僕にくれた。
その1週間後、
3階の商品も全て返却し、
棚だけ4階に持って行って、
1階と2階は最後までそのまま残した。
お客さんには閉店セールもないし、
その告知もしなかった。
ただ日に日に誰にも分からないように
じわじわと規模を縮小し、
最後には何もなくなる夜逃げのような閉店。
中で働いていた僕でさえ、
本当にこのままお店がなくなるか、
1階と2階が残っていた段階ではまだ信じられなかった。
BOSSからはあの日以来、
閉店についての話はなかった。
ただ言われるがまま、
じわじわと店内を片付けていった。
メーカーさんが閉店を聞いて、
何人か挨拶に来てくれたが、
奇跡的にいつもBOSSがいなかったので、
店長代理だった僕が対応していた。
「こんないきなりだなんてびっくりして、
いざ来てみたんですが、
今月で本当にお店がなくなるなんて、
まだ信じられません。」
とメーカーの担当者たちに言われるたび、
「僕も同じです。」
としか僕も言いようがなかった。

最後の1週間前になり、
ついにお店を完全に閉めて、
トップウェーブ大須店の閉店作業に取り掛かった。
まずBOSSは福島から馴染みの解体業者を呼び、
大小合わせて100個くらい棚をみんなで壊した。
BOSSに連れられてきた解体業者は
リーダー格のおじさん1人と若いヤンキーっぽい2人で構成されていて、
僕は最後まで彼らとほとんど口をきかなかった。
あの時の僕は彼らに対して、
BOSSからちゃんとした閉店の告知がなかった分、
「もしかして規模を縮小して続けるのかな?」
と淡い期待もしていたが、
彼らが来たせいで
トップウェーブ大須店の閉店は確実なものになった
と言わんばかりに思っていた節もあった。
もちろん当然彼らには何の罪もない。
BOSSともあの日以来、
一度もまともに話していなかった。
お店にいても目も合わさず、
「棚、壊せ。」
「トイレ、片付けろ。」
と一言だけいきなり言われるだけだったし、
何か聞くと
「あ?」と睨みつけられたので、
「ほんと大人気ないな。」
と僕も話しかけなくなった。
正直、
内心ではビクビクしていて
毎日BOSSに会うたびに息苦しくなるような変な緊張感があったが、
それを悟られないように
本心とは逆の態度を取るしかなかった。
「気に食わないなら、
早く辞めさせたらいいだろ。」
そんな露骨に出した反抗的な態度が伝わったのか、
日が経つにつれて
余計にまともに話しかけられることはなくなっていった。
それでも毎日お昼のお弁当は
BOSSのポケットマネーで出ていた。
今思うとわざわざお金を出して、
ご飯を買ってくれていたので、
睨みつけられてはなかったのかもしれない。
例え睨みつけていたとしても
多分気まずくて、
そういう態度しか取れなかっただけだったんだろうと思う。
しかし毎日が掃除や解体の肉体労働続きで、
そんな想いやりを持つ余裕はなかった。
僕自身、
元々力もある方ではないし、
鉄で出来た大きな棚を壊すのも、
その鉄くずをトラックまで運ぶのも本当に大変だった。
トイレ掃除も使っていなかった3階のトイレは
蜘蛛の巣が張り、
ゴキブリやネズミがいて、
床から屋根まで汚水やフンで汚れに汚れていていて、
吐き気と戦いながら
身体中に汚水を浴びても黙って黙々と片付けた。
「どうせ辞めるんだし、
新しいお店が入ったら、
業者に清掃くらい頼むだろうし、
もうこの辺で終わろうかな。」
と何度か思ったが、
自分でも見違えるほどキレイになるまで掃除を続けた。
1番きつかったのは、
潰した鉄くずを名古屋の業者のところに持って行き、
鉄くずとして買い取ってもらう作業で、
若い解体業者と僕の3人で
鉄くずをトラックに積み、
港区の製鉄所の倉庫の中に
トラックの荷台から鉄くずを投げ込むだけの仕事ではあったが、
棚は意外と重い鉄でできていて、
冷房のない倉庫の中で汗だくになり、
鉄くずを投げ込んでいると
たまにフラついて自分を投げ込みそうになったことが何回かあったし、
何往復かしていると手元が狂い、
着ていたTシャツに鉄くずが引っかかって
Tシャツが破れた。
お店で鉄くずを積んで移動し、
鉄くずを投げ込んではまた帰り、
再度鉄くずを積み込む。
それを1日繰り返していると
夕方には腕が上がらなくなった。
1階の女の子は閉店作業が始まる前に
無断で来なくなった。
中野くんは閉店作業が始まる前に自主退職してもらい、
主に僕と早佐乙さんの2人だけが清掃と解体作業に当たった。
毎日が本当に体力との勝負だった。
でも
この作業をただ黙ってやることが
BOSSへの反抗心でもあり、
BOSSへ自分が今まで行ってきたことへのせめてもの報いでもあったので、
「弱音は絶対に吐かない。」
と心に決めていた。
トップウェーブ大須店最後の日の前日、
最後に向けて簡単な清掃作業を終え、
地べたに段ボールを引いて、
お昼ご飯を食べているとBOSSが僕のところに来た。
「また何かやれと言われるのかな。」
と思っていると
「村上はいつもシフトでガタガタ言うから、
たまに腹立ってたけんど、
お前が汗だか汚水だかよく分からんねえのにまみれながら、
必死でトイレ掃除をしているところを見て、
なんだ結局はちゃんとしたいい奴なんじゃないかと思ったな。
早佐乙もそうだ。
あいつも喋んねーからよく分かんなかったけど、
文句1つ言わず解体作業をしてくれて、
感謝してる。」
と言われた。
突拍子がなくて、
「あ、ありがとうございます。」
としか言えなかったが、
ちゃんとやっていてよかったなと思った。
結局、
どんな仕事だって見てる人は見ていた。

次の日、
お店の中から全てがなくなり、
完全にトップウェーブ大須店は跡形もなくなくなった。
最後に有線を切ると
見渡してもあるのは白い壁だけで
ここにあの膨大な数のアダルトビデオが並んでいて、
原店長から怒られたり、
色んな女優さんに会ったり、
あの様々な出来事が行われていたとは思えなかった。
ただ目の前にあるのは
異様なまでに広々としていて、
不気味なほどに静かな真っ白なスペースだった。
作業道具や在庫品などの全てをトラックに積み込みが終わると
BOSSに飲みに誘われて、
解体業者3人と僕とBOSSで飲みに行った。
早佐乙さんは断ったのか、
誘われなかったのかいなかった。
飲み会の席では、
終始和やかな空気が漂っていた。
解体業のリーダー格のおじさんに
「娘がホワイトベリーの追っかけで困ってる。」
みたいな話を頬に手を当てて
心配そうにBOSSへ話している姿を見て、
「今更、『夏祭り』!?」
と思いながらも
思いの外可愛らしい人だったことが分かり、
「なんでもっと早く仲良くならなかったんだろう。
この人たちに当たったところで何にないのに。」
と思いながら話を聞いていた。
この時に今でも覚えているのが
僕のバンドの話題になり、
悪気はなかったんだろうが若い業者に
「サマソニ出ないんですか?」
とニヤニヤと冗談で言われて、
イラっとしたこと。
確かこの年にcinema staffがサマソニに出ていて、
「俺がシネマなら言い返せたのになあ。
冗談をひっくり返せたのになあ。」
とただただ悔しかった。
そういえば
ここでBOSSと話した記憶がない。
ただ覚えてるのは、
「BOSSが心配してましたよ。
あいつらこれから大丈夫かって。」
とBOSSがトイレに行った隙に
リーダー格のおじさんにそう言われたことだけで、
BOSSは僕らには直接言わなかった。
2時間くらいで会がおひらきになり、
トップウェーブ大須店の前に戻った後、
BOSSが解体業者の3人と一緒にトラックに乗った。
感動的な別れがあるのかと思いきや、
「お疲れ。村上、まあ頑張れよ。」
BOSSは助手席からそう言い残すと
そのまま一緒に福島へ帰って行った。
僕は1人でそのトラックを見送り、
トップウェーブ大須店はひっそりと閉店した。
本当にあっけない最後だった。


「お疲れ様です!」

「おー、村上かぁ?お疲れ。
まだ生きてか、おめーは。」

「生きてますよ、生きて!
BOSSこそお元気そうですね。」

「おー、俺は元気だっぺ。
つかおめぇ、
あれからどしてたんだ?」

あれからこんなことがあって、
今はこんなことをしていています、
結局、
新栄のアパートを引き払って、
実家に帰ってきました、
バンドはまだやっていて、
彼女とは別れました、
そんな近況について話した。
いつもなら
おしゃべり好きのBOSSは
途中で話題に割って入ってきそうだったが、
最後まで聞いてくれた。
本当に興味があったんだと思う。
「お前も色々あったんだな。」
と言われたが、
その声はどこか嬉しそうだった。

「そういえばBOSS、どうしたんですか?
いきなりなんかあったんですか?」

「今度の水曜日な、
解体の仕事で名古屋行くんだけど、
お前、手伝いに来れないか?
夜中の仕事なんだけど。」

「手伝い?」

「3人くらい連れてきてくれ。
3万払うから。」

「3人ですか?」

「余ってる奴、いねーのか?
金もお前が2万貰って、
あとの2人は5千円ずつ分けさしゃいいべ。」

「…。」

「無理か?」

「…、すいません。」

「そうか。」

「ちょっと時期的に忙しくて、
余裕がないと思います。」

「なら知り合いを紹介してくれんか?」

「…、すいません。
平日の夜動ける友達もいません。」

「そうか。」

「あんなけ良くしてもらったのに
本当に申し訳ないです。」

「まあいいべ。」

「すいません。」

「おう、またな。」

「はい、お疲れ様でした。」



正直、
無理したら行けない日程でもなかったし、
手の空いている後輩も紹介できなくはなかった。
でも断ったのは、
多分これ以上はBOSSと関わらない方がいいと直感で思った。
結局、
理由はどうであれ、
あの時、
BOSSは何の前触れもなく
僕らを切ることができたのだから、
仕事に対してBOSSが信用できる人だとは思えなかった。
また解体がどんな仕事を指しているのか、
最悪を考えた場合、
法に触れるような仕事をやらされる可能性もなくはない。
そこは今までの恩やお金の問題じゃない。
自分でも気が付かなかったが、
BOSSが思うよりも僕は大人になっていた。
もうあの頃とは違っていた。

そういえば
あれから早佐乙さんを一度だけ見かけた。
たまたま入った
トップウェーブ大須店と同じくらいの規模のアダルトビデオショップで
1人DVDの束を抱えて品出しをしていた。
一瞬、
懐かしくなって声を掛けようかとも思ったが、
掛けたところで話すことはなかったのでやめた。
それ以来、
たまにお店には行っていたが、
一度も見かけていない。

それからまた2年ほど経って、
たまたま大須で
明日、照らすのライブがあり、
ライブ前に会場辺りを歩いていると
一階でアルバイトをしていた女の子に会ったことがあった。
無断欠勤をする人とは別の人で、
彼女はトップウェーブ大須店が
閉店する少し前に産休で休んでいて、
産休後戻ってくるつもりだったが、
そのままお店が潰れてしまったので、
気にはなっていた。
小さな男の子の手を引きながら歩いていた姿を見かけ、
目があった瞬間、
お互いが声を掛け、
あれからの話を立ち話で話した。
「君があの時、お腹にいたんだねー。」
と子供のほっぺたを突きながら、
「今日久々に
バンドのライブで大須に来たんですよ。
トップウェーブなくなってから、
普段そんなに来ないですからね。」
と彼女に言うと
「私も今は主人の実家のある日進に住んでて、
今日久々に来て懐かしいなって思ってました。
村上さん、
ちゃんとバンドやってたんですね。
本当に偉いですね。」
と笑ってくれた。
この時、
気になってBOSSのことを聞いてみた。
福島の震災の際に
彼女が心配になってBOSSに電話を掛けると
震災で足を怪我して仕事を休んでいると言われたらしい。

福島のニュースがテレビで流れるたびに
BOSSのことはいつも気になっていたが、
電話は掛けられなかった。
あの話を聞いた直後でも
BOSSに電話を掛けなかったことを
今もずっと後悔している。












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