硝子戸の中

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コラム『スタンド・バイ・ミー 恐怖の季節 秋冬編』












物心がついた頃には
村上家では
母がおやこ劇場の会員になっていたので、
同級生に比べると
普段からお芝居やちょっとしたコントを見る機会が多かった。
おやこ劇場とは
まだ売れる前のいっこく堂やニュースペーパーのような若手〜中堅芸人から、
地方の劇団などの演者を月に一回呼び、
市民会館や会議室のような場所で
1.2時間程度の演目を家族で鑑賞する
地方の文化的な団体のことで、
これが愛知県特有のものなのか、
全国に支部がある規模の大きい有志団体なのか、
今の僕では全く分からない。
多分、
大きな演目の日は
市民会館がゆうに埋まるくらいの人が来ていたので、
僕の地元だけでも
会員数は100人から200人程度いた。
今思い返せば、
ちょっとした宗教が絡んでいそうな気もしないでもないが、
元々、
「先祖が神様」
という考え方が我が家系にはあったので、
どこにも属することなく今に至る。
母に聞けばもっと詳しく分かると思うし、
調べればもう少し具体的な話もできる気もするが、
今回言いたい話はそこではないし、
わざわざ調べてせっかくの思い出に水を差すこともないと思うので、
うる覚えの記憶で書き進めていきたい。
小学校の高学年にもなってくると
「おやこ劇場」という
ファミリー感満載の名前のグループに所属していることが気恥ずかしく、
人並みの反抗期を早めに経験した為、
中学2年に上がる前には
母に誘われても観に行かなくなった。
しかし本当に中学生の時は
公演が近くなると
実家のリビングにあるコルクボードに
色の付いた厚い折り紙
(折り紙のように10色入りワンセット的な厚紙)
で作られた
手作り感丸出しのチケットが貼り出され、
それを見るたびに
「なんて理由を言って今度は断ろうか。」
といつも憂鬱だった。
母はおやこ劇場が好きだった。
元々、
母の出身は京都で、
父との結婚を境に愛知県にやってきた為、
地元からの友達はほとんどおらず、
イベントや行事が好きなタイプの母が
こうやって月一で誰かと集まれることが嬉しかったんだと思う。
だからこそ
「今月は行かない。」
と言えば、
「どうして?楽しいのに!」
と悲しそうな顔をし、
「もう今後は行く気がない。」
と言っても
「気が変わるかもしれないから。」
と僕が高校生になるまでくらいは
コルクボードに毎月カラフルなチケットが
当たり前のように貼ってあった。

そんな中学1年生のある日のこと。
「この日に行ったら、
当分おやこ劇場には行かなくてもいい。」
と母から初めて提案があった。
話を聞けば1泊2日のキャンプで、
愛知県中から
おやこ劇場の仲間が集まる一大イベントらしい。
「お母さんも行くから。きっと楽しいよ。
キャンプファイヤーもあるよ。」
とニコニコと嬉しそうに言われた。
「…今更、
キャンプファイヤーなんかに釣られるかよ。」
内心そう思いながら、
どう考えても楽しさよりも気恥ずかしさが勝つ気がしたが、
「二度とおやこ劇場に息子が来ない」
という最後のカードを提示してまで、
交渉してきた姿を見る限り、
おそらく誰よりも母が行きたいんだと思うと
「当分、行かなくていいなら。」
と条件付きで僕も参加せざるを得なかった。

当日、
入っていた部活動の休みをもらい、
おやこ劇場に参加している他の家族に相乗りをさせてもらって、
会場である県内のキャンプ場へ向かった。
着いてすぐ
真っ黄色のスカーフと
表紙が厚折り紙のしおりを渡され、
「またカラフルな厚紙。」
としおりを見るだけで、
コルクボードのチケットを思い出し、
どんどん憂鬱になっていった。
ページをめくるたびに
どこかのフリー素材のキャラクターを
ふんだんに使用した
バンガローで眠りにつく子供や
キャンプファイヤーを囲み歌う人々の楽しげなイラストが
余計にこれから先に行われる行事への不安を煽ってくる。
しかしイラストとは違って、
実際に着いた会場は
キャンプ場というよりかは
部活動や学校行事の一環で使う
県営の複合施設のような場所で、
想像していたバンガローに泊まるようなキャンプではなく、
ちゃんとしたベットもあれば、
会議室のような講堂がいくつもある
学校行事の合宿場に近い施設だった。
あの日、
おそらく100組前後の家族が参加していて、
僕の地元では普段は見慣れない
大学生くらいのお兄さんや
迷彩のジャンパーを着て金髪に髪の毛を染めた
女子高生のようなお姉さんの姿を
見かけるたびに
「一口におやこ劇場って言っても、
意外と色んな人が参加してるんだなあ。」
と周りをキョロキョロと見回しながら、
びっくりしていた。
夕飯に隣接するキャンプ場で
参加者全員でカレーを作り、
一大イベントである
キャンプファイヤーの前に
ちょっとしたレクリエーションがあった。
人数が多い為、
1組20人程度で
子供は子供、
親は親で分かれ、
最初に渡されたスカーフの色別に
別々の講堂でゲームやディベートをするらしい。
指定された教室に行くと
簡単な自己紹介をしあってから、
互いにあだ名を付けあい、
各自があだ名を書いた名札を付けた後、
ゲームが始まった。
ただゲームとは言っても
小学校のレクリエーションですら
どこもやっていなかった
ジェスチャーゲームや伝言ゲームのような
コミュニケーションをメインにした古いゲームで、
やりながら恥ずかしくて死にそうだった。
「来週、
学校に行って週末何をしていたか聞かれたら、
何て答えたらいいんだろう。」
そんなことを思いながら、
ジェスチャーゲームでウサギになりきり、
一緒に来た近所の中学生のお姉さんも
「ほら、もっとセクシーにやらないと!」
と同年代くらいのお兄さんに
野次られては照れ臭そうに
マリリン・モンローになりきっていた。
「あー、お姉さんまで。
こんなん何が面白いんだよ!」
そう思って
よく周りを見てると
この場所には
僕よりももっと楽しくなさそうな人が1人いる。
各会場が子供だけではまとまりもなくなるので、
司会のような立場で
ゲームには参加せずに僕らを弄ったり、
茶化したりして、
場を盛り上げる為に
2.3人ずつ20歳前後の人が参加していて、
僕がキャンプ場に来て一番最初に度肝を抜かれた
迷彩のジャンパーを着た金髪の女子高生が
僕の会場にいた。
彼女だけは誰かに話しかける訳でもなく、
声を出して笑う訳でもなく、
本当に何をする訳でもなく、
ただゲームをする僕らを
どこか寂しげな表情でただぼんやり眺めている。
「なんでこんなヤンキーみたいな人が参加してんだろ?」
見れば見るほど不思議でしょうがなかった。

始まりから1時間ほどして
なんとか憂鬱なゲームが終わり、
各自円形に並べられた
パイプ椅子に座るとディベートが始まった。
議題は『親子』についてだったと思う。
親のことをどう思っているのか、
普段どんなことをしているのか、
そんな今の子供たちの思いを
忌憚なく言い合おうという趣旨みたいだ。
最初はかなりさぐりさぐりで会話をしていたが、
途中で誰かが言った
「そもそも行きたくないのに
お母さんは無理やり
おやこ劇場に参加させるから嫌だ。
だっておやこ劇場とかなんか恥ずかしくない?」
という一言を皮切りに
「分かる、私も!」
「俺も!
学校にもおやこ劇場のこと、言ってないもん!」
と子供達が一斉におやこ劇場についての不満を言い始めた。
やっぱりみんな思っていた。
ついに
それを聞いた司会の立場である
大学生のお兄さんも
「確かに俺もさ、
大学生の友達に『おやこ劇場』なんか恥ずかしくて言えないから、
「サークル活動」ってみんなに言ってるよ。」
と言い出し、
思わぬぶっちゃけ話に
「お兄さんが言ったらおしまいだよー!」
とさらに場が盛り上がった。
そんな中、
「私はそうは思わないけどね。」
と誰かが言ったその一言で突如場が静まり返る。
声がした方向を見ると金髪の彼女だった。
「私、高校辞めたからこういう経験なくてさ、
毎日ぶらぶらしてるか家にいて、
今日は親が
「あんた、どうせ何もしてないんだから。」
って無理やり連れてこられたから来たけど、
来たら来たでなんかこういうのいいなって思ったけどね。」
一瞬、水を打ったように場が静かになった。
聞かなくても
この場にいた彼女以外の全員が
「…高校を辞めた?」
の一言が引っかかっているのが分かる。
僕も今自分の目の前に
学校を辞めた人間がいることが信じられなかった。
学校には行くのが当たり前だと思っていた。
ここからどんな将来があるのかは分からないが、
きっと当たり前に高校生になり、
大学生になるんだろうなとぼんやりと思っていた。
「いや、別に俺も楽しいから参加してるんだよ。」
大学生のお兄さんが場をとり直そうと
笑いながらと言い、
「何か他の話題にしようかな。」
とまた仕切り直してディベートが始まった。
一度声を出したことで発言をすることへのハードルが下がったのから
そこから彼女は少しずつ輪に参加し始めた。
「私はそう思わないけどね。」
「私はこう思ってるけどね。」
彼女はいつでも周りに合わせなかった。
自分の意見を持っていて、
それが少数派だろうが、
多数派だろうがおかまいなしで、
かっこよかった。
彼女が自分の意見を述べるたび、
高校を辞めたというドロップアウト感もプラスされ、
多感な中高生が多かった会場での発言は力を増していき、
気がついた頃には彼女を中心にみんなが会話をしていた。

ディベートが終わると
みんなでキャンプファイヤーの会場に移動し、
真っ暗な暗闇の中で、
キャンプファイヤーを囲み、
キャンプ会場でよくある歌を歌った。
「燃えろよ、燃えろーよ、炎よ、燃えーろー。」
母の横顔が炎に照らされて、
夜風にスカーフが揺れている中、
つい気分が高揚したのか、
僕の隣で誰よりも大きな声で歌を歌っている。
恥ずかしくてどうしようもなかったが、
僕も歌ってると
不思議と
だんだん楽しくなってきていた。
炎を囲みながら
みんなで歌っていると
なぜかずっと前から僕たちは友達で、
ずっと前からいつもこうしていたような
そんな気がしてくる。
僕から離れたところで目を凝らしていると
金髪の彼女も歌いながら
隣の女の子と楽しそうにすくすくと笑っていて、
それを見ていると
なぜか僕も自分のことのように嬉しかった。
きっと本来であれば、
彼女は普段からこうしているんだろう。
さっきまでは分からなかったが、
まだ10代のあどけなさが残る笑顔が可愛らしく、
金髪に目がいき、
気がつかなかったが
鼻筋がすらっと通った美人な顔立ちをしている。
そんな彼女の姿を見ていると
最初はあれほど馬鹿にしていた
キャンプファイヤーが終わることが、
急に寂しくなってきた。

キャンプファイヤーが消えた後、
母は担当の仕事があるらしく、
僕を置いて先に施設に引き返して行った。
周りがぞろぞろと施設に引き返していく中、
今では炭となったキャンプファイアーの前で
1人ぼんやりと消えかけた火を眺めていると
「よっ!」
と後ろから声を掛けられた。
後ろを振り返ると金髪の彼女だった。

「ともやくん、だっけ?
さっき一緒だったよね。」

「はい。」

「こんなとこいたら、
お母さんとはぐれちゃうよ。」

「別に大丈夫です。」

「ふーん。」

「僕もう中学生ですから。」

「そうなんだ。
火とかあんまり見てるとおしっこ近くなるよ。」

「聞いたことないです、そんなの。」

「ほんとに?お母さんに言われたことない?」

「ないです。」

「一緒に帰ろっか。」

「え?」

「ほら、お母さん心配するから一緒帰ろうよ。」

そう言うと
彼女は急に僕の手を握り、
人混みの中を僕を引っ張って歩き出した。
「え…?」
物心ついて、
生まれて初めて母親と姉以外の異性に触れられた瞬間。
心臓が自分でも信じられないくらいバクバク鳴っているのが分かる。
「なんで学校辞めたんですか?」
そんな言葉が頭の中をぐるぐると駆け回るが、
ただ駆け回るだけで
いくらお腹に力を入れたところで
口から出てこなかった。
ただ引っ張ってきた割に
なぜか彼女もずっと黙ったままで、
ただ2人で手を繋ぎながら歩いた。
施設まで100mの距離もなかったと思うが、
ただ黙って手を繋ぎながら歩いていると
不思議なほどにやけに遠く感じた。
でも嫌じゃなかった。
もっとこうしていたかった。

「じゃあまた明日ね。」
ようやく宿泊施設の玄関に着くと
彼女はそう言い残し、
自分の部屋を目指して帰っていった。
僕はその言葉にただ頷くだけしかできなかった。
あの夜、
自分の布団に入っても全然眠れなかった。
目を閉じると彼女の顔が浮かび、
手のひらにはまだ彼女の手のひらの感覚がうっすらと残っている。
今頃、彼女は何をしているんだろうか。
普段、何をしているんだろう。
そもそもどこに住んでいるんだろう。
12歳の夏、
僕が生まれて初めて異性を意識した日の夜のこと。
今でもはっきりと覚えている。

しかしエンディングはあっけないもので、
次の日、
なぜかいくら探しても彼女の姿を見つけられず、
そのまま家に帰ることになり、
この日抱いた淡い恋心も
今日の今日まで忘れていた。
彼女には
「さよなら」も「またね」も言えなかった。
あの日、
あのキャンプ場にいた人々の中で
彼女が迷彩のジャンパーを着ていたことを
覚えている人間がどれくらいいるだろう。
おそらく着ていた本人ですら忘れていると思う。
だけど
僕はきっといつまでも忘れることはないし、
今でもその姿を頭に思い描くたび、
口の中に甘酸っぱい味が広がっていくような気分になる。


少年が青年に近づく日は
いつの時代も夏がよく似合う。


公園で走り回る子供たちに混じって、
ベンチで1人
『スタンド・バイ・ミー』を読みながら、
そんな事を思い出した。







追記
たまに長い文章が書きたくなって、
久々に書いたコラム。
思い出した頃に
また書こうと思います。
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