硝子戸の中

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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 2『雷屋』

雷屋

 

今でも駄菓子が好きで、

月に一回くらいは

コンビニでまとめ買いしている。

チープさやジャンクさも最高だが、

普通に美味しい。

僕たちは駄菓子に育てられたはずなのに、

やれ高級和菓子だ、

限定チョコレートだとうつつを抜かし、

挙げ句の果てにはコンビニスウィーツ、

そんな彼等や彼女達が本当に理解が出来ない。

絶対チョコバットの方がGODIVAより勝っているし、

マイクポップコーン バター醤油味が

どうして映画館で販売されないのか、

今だに疑問に思っている。

よっちゃんイカ、

蒲焼さん太郎、

ジャンボチョコモナカ、

うまい棒、

ミニカニパンチョコ 他。

書けば書くほどキリがないし、

この名前を見ただけで

たまらない気持ちになる。

少し前に

ドン・キホーテのお菓子コーナーで

100本入りのしいかを瓶で買った事があった。

最初は勢い良くテレビを見ながら

瓶を抱えてバクバク1人で食べていたが、

徐々に食べ方に飽きがきて、

最後はご飯のオカズとして食べていた。

普通にイケる。

ねこまんまを遥かに越えた

親から確実に怒られる晩御飯。

でも味のクオリティは

海苔の代わりにおにぎりを巻いて、

新作おにぎりとして

来月から売り出してもおかしくない。

そんな話をバンドの日記に書いてから、

ありがたい事にライブに来るお客さんから

瓶入りのしいかを頂く機会が増えたが、

頂く際に

「ただご飯とは食べないで下さいね。」

と注釈をつけられるようになった。

 

最近、

小学校の裏にあったような

駄菓子らしい駄菓子が減ってしまって、

遠足の前にあった親から300円貰い、

お菓子を買いに行くという

もう一つのイベントが今ではどこで行われているのか不思議に思う。

あれこそ

子供が初めて学ぶ経済学と社会学。

少ないお金でいかに効率よく買うか、

また友達と分けたり、

どのタイミングで何を食べるか、

1日の流れを頭に思い描きながら、

楽しく遊びながら学べる。

もちろんコンビニやスーパーでも買えるだろうが、

量は少ないし、

ドン・キホーテではまとめ買いがほとんどなので、

300円となるとなかなか楽しめない。

何より振り返った時に浸れる

ノスタルジックなムードがない。

そういえば

僕の記憶だと小学校の低学年は、

100円だった気がする。

100円だと買える物なんて本当に限られていた。

小学校一年生の遠足の前日、

初めて親からお小遣いを100円貰い、

小学校の近くにあった『だいさん』

という駄菓子に友達と買い物に行った。

前日だけあって、

お店の中には溢れかえるほどの人がいて、

外で待ちながら何を買おうか楽しみに待っていると

ちょうど人が空いたタイミングで、

お店の中に

当時学年が一つ上で同じ町内だったじゅんくんも友達と

買い物をしていて、

メンコのくじ引きをしているのが目に入った。

それを見た瞬間、

「遠足のお菓子を買う」

という目的はどこかにいってしまい、

僕も反射的にくじ引きを引くと

じゅんくんが不思議そうな顔で

こっちを見ていた。

 

「メンコ、食べないでしょ?

明日のお菓子を買いに来たんじゃないの?」

 

「えっ、あっ、そうだった。

でもじゅんくんも引いてたじゃん。」

 

「僕はいいんだよ。」

 

「えっ、なんで?ずるいよ!」

 

「違うよ、これ、当たったから。」

 

手元を見ると金券付きのラーメン菓子のくじで30円当たったらしく、

それを誇らしげに見せてきた。

僕はメンコで30円の損。

100円の30円引かれた事の大きさ。

友達よりも30円少ない遠足のお菓子は明らかにボリュームが少なく、

家に帰ると母に見つかって、

「遠足のお菓子を買う為にお金をあげたのに、

オモチャに使うなんて!」

とこっぴどく怒られた。

もうあれから20年以上経つが、

その日の事は今でも忘れていない。

 

昔、

母方の祖母は京都の雷屋という駄菓子のメーカーで働いていた。

ゴリラのマークが目印のカレーせんべいが人気のお店。

多分、

パッケージを見たら分かると思う。

夫である祖父は母がまだ高校生だった頃に亡くなり、

兄弟4人との家庭を支える為に

元々は家具のお嬢様として

特に働くこともなく育った祖母が働きに出る事になった。

そこで出会ったのが新聞のチラシに入っていた雷屋の経理募集の広告だった。

祖父は税理士だったので

たまに手伝いをしていた祖母は

ソロバンや帳簿の心得はあり、

祖母は迷わず雷屋に応募し、

そこから家族を養い、

兄弟が皆独り立ちした後も約30年間働き続けた。

 

そんな祖母が去年がんで亡くなった。

雷屋で祖母が働き、

家計を支えたおかげで、

兄弟は地元を離れ専業主婦であるうちの母以外、

皆地元で公務員になり、

京都府や京都市で働き、

長男は教育委員会の会長にまで登り詰めた。

小さい頃、

母が祖母と暮らしていたアパートに

僕も何度か行った事があるが、

お風呂がない10畳と2畳の2の平で、

落語に出てくる貧乏長っていうのは、

まさにこんな感じなんだろうな

と思わせる暮らしぶりだったのに、

本当に凄い事だと思う。

ここに家族6人で暮らしていたと思うと

信じられないし、

母が結婚する25歳までここにいたなんて想像すら出来ない。

 

葬儀の日、

祖母の棺を囲むように雷屋からの花が並んでいた。

京都市や京都府、

府長や教育委員会に混じって

すぐに目に飛び込んでくる場所に

大きく並んでいた。

 

「私たちは雷屋に育てて貰った。」

 

そう言いながらハンカチを握りしめて、

飾られた花を眺めている母の姿を見た時、

「あながち

駄菓子に育ててられたと思っている

僕は間違いじゃないかもな。」

と思っていた。

 

 

 

 

追記・サブカルチャー的な方面に行くかと思いきや、

2回目でまさかの駄菓子。

でも駄菓子こそ日本が世界に誇るサブカルチャーでしょう。

雷屋

 

今でも駄菓子が好きで、

月に一回くらいは

コンビニでまとめ買いしている。

チープさやジャンクさも最高だが、

普通に美味しい。

僕たちは駄菓子に育てられたはずなのに、

やれ高級和菓子だ、

限定チョコレートだとうつつを抜かし、

挙げ句の果てにはコンビニスウィーツ、

そんな彼等や彼女達が本当に理解が出来ない。

絶対チョコバットの方がGODIVAより勝っているし、

マイクポップコーン バター醤油味が

どうして映画館で販売されないのか、

今だに疑問に思っている。

よっちゃんイカ、

蒲焼さん太郎、

ジャンボチョコモナカ、

うまい棒、

ミニカニパンチョコ 他。

書けば書くほどキリがないし、

この名前を見ただけで

たまらない気持ちになる。

少し前に

ドン・キホーテのお菓子コーナーで

100本入りのしいかを瓶で買った事があった。

最初は勢い良くテレビを見ながら

瓶を抱えてバクバク1人で食べていたが、

徐々に食べ方に飽きがきて、

最後はご飯のオカズとして食べていた。

普通にイケる。

ねこまんまを遥かに越えた

親から確実に怒られる晩御飯。

でも味のクオリティは

海苔の代わりにおにぎりを巻いて、

新作おにぎりとして

来月から売り出してもおかしくない。

そんな話をバンドの日記に書いてから、

ありがたい事にライブに来るお客さんから

瓶入りのしいかを頂く機会が増えたが、

頂く際に

「ただご飯とは食べないで下さいね。」

と注釈をつけられるようになった。

 

最近、

小学校の裏にあったような

駄菓子らしい駄菓子が減ってしまって、

遠足の前にあった親から300円貰い、

お菓子を買いに行くという

もう一つのイベントが今ではどこで行われているのか不思議に思う。

あれこそ

子供が初めて学ぶ経済学と社会学。

少ないお金でいかに効率よく買うか、

また友達と分けたり、

どのタイミングで何を食べるか、

1日の流れを頭に思い描きながら、

楽しく遊びながら学べる。

もちろんコンビニやスーパーでも買えるだろうが、

量は少ないし、

ドン・キホーテではまとめ買いがほとんどなので、

300円となるとなかなか楽しめない。

何より振り返った時に浸れる

ノスタルジックなムードがない。

そういえば

僕の記憶だと小学校の低学年は、

100円だった気がする。

100円だと買える物なんて本当に限られていた。

小学校一年生の遠足の前日、

初めて親からお小遣いを100円貰い、

小学校の近くにあった『だいさん』

という駄菓子に友達と買い物に行った。

前日だけあって、

お店の中には溢れかえるほどの人がいて、

外で待ちながら何を買おうか楽しみに待っていると

ちょうど人が空いたタイミングで、

お店の中に

当時学年が一つ上で同じ町内だったじゅんくんも友達と

買い物をしていて、

メンコのくじ引きをしているのが目に入った。

それを見た瞬間、

「遠足のお菓子を買う」

という目的はどこかにいってしまい、

僕も反射的にくじ引きを引くと

じゅんくんが不思議そうな顔で

こっちを見ていた。

 

「メンコ、食べないでしょ?

明日のお菓子を買いに来たんじゃないの?」

 

「えっ、あっ、そうだった。

でもじゅんくんも引いてたじゃん。」

 

「僕はいいんだよ。」

 

「えっ、なんで?ずるいよ!」

 

「違うよ、これ、当たったから。」

 

手元を見ると金券付きのラーメン菓子のくじで30円当たったらしく、

それを誇らしげに見せてきた。

僕はメンコで30円の損。

100円の30円引かれた事の大きさ。

友達よりも30円少ない遠足のお菓子は明らかにボリュームが少なく、

家に帰ると母に見つかって、

「遠足のお菓子を買う為にお金をあげたのに、

オモチャに使うなんて!」

とこっぴどく怒られた。

もうあれから20年以上経つが、

その日の事は今でも忘れていない。

 

昔、

母方の祖母は京都の雷屋という駄菓子のメーカーで働いていた。

ゴリラのマークが目印のカレーせんべいが人気のお店。

多分、

パッケージを見たら分かると思う。

夫である祖父は母がまだ高校生だった頃に亡くなり、

兄弟4人との家庭を支える為に

元々は家具のお嬢様として

特に働くこともなく育った祖母が働きに出る事になった。

そこで出会ったのが新聞のチラシに入っていた雷屋の経理募集の広告だった。

祖父は税理士だったので

たまに手伝いをしていた祖母は

ソロバンや帳簿の心得はあり、

祖母は迷わず雷屋に応募し、

そこから家族を養い、

兄弟が皆独り立ちした後も約30年間働き続けた。

 

そんな祖母が去年がんで亡くなった。

雷屋で祖母が働き、

家計を支えたおかげで、

兄弟は地元を離れ専業主婦であるうちの母以外、

皆地元で公務員になり、

京都府や京都市で働き、

長男は教育委員会の会長にまで登り詰めた。

小さい頃、

母が祖母と暮らしていたアパートに

僕も何度か行った事があるが、

お風呂がない10畳と2畳の2の平で、

落語に出てくる貧乏長っていうのは、

まさにこんな感じなんだろうな

と思わせる暮らしぶりだったのに、

本当に凄い事だと思う。

ここに家族6人で暮らしていたと思うと

信じられないし、

母が結婚する25歳までここにいたなんて想像すら出来ない。

 

葬儀の日、

祖母の棺を囲むように雷屋からの花が並んでいた。

京都市や京都府、

府長や教育委員会に混じって

すぐに目に飛び込んでくる場所に

大きく並んでいた。

 

「私たちは雷屋に育てて貰った。」

 

そう言いながらハンカチを握りしめて、

飾られた花を眺めている母の姿を見た時、

「あながち

駄菓子に育ててられたと思っている

僕は間違いじゃないかもな。」

と思っていた。

 

 

 

 

追記・サブカルチャー的な方面に行くかと思いきや、

2回目でまさかの駄菓子。

でも駄菓子こそ日本が世界に誇るサブカルチャーでしょう。

 

 

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