硝子戸の中

フィクションダイアリー
STAY CRAZY/FOREVER LOVE 12『BLINK182』
『BLINK 182』
知り合いのスタジオに何かの届け物をしに出かけた日のこと。
簡易なレコーディングもやっていたそのスタジオで、
その日はパンクロックバンドのレコーディングがあったみたいで、
お店の知り合いの店長からは
「レコーディングしてたらちょっと気まずいかも。
別日でもいいよ。」
と言われていたが、
日程的にその日しかなかったので、
「パンクって言ってもバンドマンだから、
悪い人なんかいないし、
大丈夫でしょう。」
と別に気にしていなかった。
当日、
スタジオに行き、
「お疲れ様でーす。」
とロビーの扉を開けると
椅子に並んで座っていた
パンクロック風の男達5.6人が僕を見ていた。
レコーディングの休憩中だったんだろうか。
メンバーの風貌と雰囲気を見て、
「ただ直接的に言わなかっただけで、
あの人が言いたかったのは、
「今日はやめといた方がいいよ。」
ってことだったんだな。」
と瞬時に察知する。
おそらく僕よりも10歳は年上で
髪の毛は逆立てているか、
長く伸ばしっぱなしにしており、
腕には刺青を入れ、
もれなく全員革ジャンを着ている。
何よりもなぜか目の前の僕を
全員が睨みつけていて、
不自然にならないように視線を外しながら、
「こんな人達、
普段仕事したり、
バイトできたりするの?
生活どうしてんの?」
と疑問で仕方なかった。
そんな中、
バンドのリーダー格であろう
一際人相の悪い1人が
いきなり僕に向かって、
「なんや?お前?」
と吐き捨てるように言った。
あまりに突然過ぎてまた面食らう。
「あ、あの、
店長さんはいらっしゃいますか?」
「店長は、」
「…はい?」
「死んだよ。」
「えっ?」
「あーはっははは!」
「…。」
「ひーはっはっは!」
「…。」
1人の「死んだよ。」の一言を皮切りに
全員が信じられないくらい笑い出した。
今、
目の前で起きている光景は何なのか、
何が起きているのか一瞬分からなかった。
「あっ、ともやじゃん。」
と言われて振り返ると
知り合いの店長がいて、
すぐに届け物を渡すと
「ちょっと用事がありますんで。」
と脇目も振らずに帰った。
もちろん用事なんて何もない。
ただこの場をすぐに立ち去りたかった。
帰り道、
トボトボと歩きながらずっと考え事をしていた。
「あれが本当にパンクなのか?」
10代から今の今まで
僕がずっと大切にしてきたことが
全て否定されたような
そんな気分だった。
16歳の高校1年生の時、
クラスの同級生だった道久(みちひさ)と知り合った。
クラスで僕がギターを弾いていることを知った彼が
ある日突然、
「村上くんってギター弾けるんだよね?
俺もギター弾くんだよ。
普段、何を聴いているの?」
と僕に話し掛けてきた。
「ゆずとか19とかそういうのだよ。
道久くんは?」
と聞くと
「洋楽が多いかな?」
と言われた。
あの頃はまだ洋楽なんて未知の世界だった。
当時、
ちょうど映画『アルマゲドン』が流行っていて、
主題歌である
エアロスミスの『I DON'T WANT TO MISS A THING』が
テレビやラジオでよく流れていたので、
「いい曲だなあ。」
とラジオから流れてきた曲をカセットテープに録音して、
たまに聴いていた程度で、
そこから深く掘り下げたり、
他の曲を聴く機会もなかった。
周りに誰も洋楽を聴いている友達も知り合いもいなかったので、
自然とそういう話題になることもなく、
そこで僕の興味は終わっていた。
「エアロスミスとかくらいしか分からんなあ。」
と答えると道久は
洋楽のCDとかPVとか色々あるから今度うちに遊びにおいでよ。
と僕を誘ってくれた。
それからしばらく経ったある日、
僕の家から自転車で30分くらい離れていた
隣町の道久の家に遊びに行った。
彼の家は当時、
かなり老朽化した古民家ではあったが、
元々昔は何かの工場だった間取りの分、
信じられないくらい広く、
道久の部屋は親の部屋とは独立した
2階で10畳くらいのスペースにあった。
いくら音を大きくしても別に怒られたりしないらしい。
僕の家では親との取り決めで、
夜の21時以降はギターを弾く事を禁止されていた。
彼の部屋に入ると
山ほどのCDにビデオ、
テレビ、
レコードプレーヤー、
エレキギターとアンプ、
色んなバンドのポスターが部屋中に貼ってあり、
僕の部屋にはない物がたくさんあった。
「まあまあ座ってよ。」
辺りをただキョロキョロしている僕に
道久はそう言うと
スペースシャワーの洋楽チャンネルで
流れていたPVをVHSに録画した
彼自作のPV集を見せてくれた。
まず最初に当時彼がハマっていたマリリン・マンソンの
『The Beautiful People』のPVが
ブラウン管から流れる。
「…!」
衝撃その1。
歌がいいとか悪いとか、
それすらよく分からない。
まず白塗りした男がクネクネ動いていて、
普通に気持ち悪い。
というか、
これは歌なのか何なのかよく分からない。
感想が言えずに
どうしようもなく困っていると
次にLIMP BIZKIT『Nookie』のPVが続く。
「……!?」
衝撃その2。
英語のラップを初めて聴いたから、
何を言ってるのかよく分からないけど、
ライブ感のあるPVが
曲の良さを引き立てていて、
なんかめちゃくちゃかっこいい気がする。
てかベースとかギターの弦が多くないか?
「なんかすごいね。
よく分からないけどかっこいいねー。
なんか弦多くない?
てかこの人、
ニューヨークヤンキースの赤い帽子がトレードマークなの?」
そんな話をしていると
GREEN DAY『Redundant』のPVが流れた。
「………!!」
衝撃その3。
てかバンドが変わる毎に衝撃的過ぎて、
ついていけない。
ただこのバンド、
めちゃくちゃキャッチーだし、
鼻歌で口ずさみたくなるくらいメロディがいい。
というか他のバンドと違って、
メンバーが3人しかいなくてギター弾きながら歌ってる。
この前Mステで見たトライセラトプス以外にもこういうバンドがいたんだ。
「これ、なんてバンドなの?」
と曲の途中で思わず聞くと
「GREEN DAYだよ。」
と教えてくれた。
「グリーンデイ!これが1番好きだなあ。」
「ともやはパンクが好きなんだね。」
「パンク?」
「グリーンデイはパンクだよ。」
「パンクって革ジャン着たり、
髪の毛逆立てたりしてるやつ?」
「そういうのもあるけど、
こういう普通の身なりの人がやってるパンクもあるよ。
歌ってるビリーはこう見えて、
ライブ中ツバ吐きまくるし、
楽器も壊すし結構めちゃくちゃやるよ。」
「へー。こんな普通の感じなのにね。」
ステージでツバを吐いている人を見た事がないし、
楽器を壊すバンドも
昔バリバリの衣装を決めた
hideがMステで壊しているのを観た事があったくらいだったので、
このTシャツとジーパンの普通の身なりの3人組からは到底想像がつかない。
そういえばあの時テレビを観ながら、
お袋は目を背け、
親父が
「自分の商売道具も大事にできん奴はろくでもない奴だ!」
とテレビの中のhideに向かって怒っていて、
僕も
「勿体無いことする人がいるんだなあ。」
と思いながら観ていた。
楽器を壊す=パンクなのであれば、
村上家には全く理解がなかったので、
僕が「パンク好き」だと言われても
ピンとこなかった。
それから何度か道久の家に通うようになり、
「GREEN DAYが好きだったらこういうのも好きかも。」
とそんな中で出会ったのがBLINK 182だった。
トム、マーク、トラヴィス。
僕はアルバム『エニマ・オブ・アメリカ』で
1曲目の『Dumpweed』を聴いた瞬間から
このバンドの虜になった。
どこにでもいそうなアメリカ人3人組が
誰でもやれそうなシンプルな曲を
誰もやってなかった方法論で音楽を作っている。
とにかくリズムのパターンと
ギターのリフが独特で、
ちゃんと3人で始まって3人で終わっているのに
曲毎に違う発想があって飽きることがなかった。
もちろん当時、
そこまで難しいことは考えてなかったと思うが、
多分そんな印象だった気がする。
またアルバムの歌詞を読むと
「初めてのデートのこの時間が終わらなきゃいいのにな」とか、
「両親は何にも分かってくれないんだ」
みたいな10代のあるある要素が強い
身近な出来事ばかりで、
そこもまた共感できた。
身近とはいっても
ゆずや19のような分かりやすい歌詞ではなく、
アメリカ人特有のユーモアのある
ワードのセンスが面白かった。
「…か、かっこいい!俺もバンドがやりたい!」
こうやって
世界中の同年代が熱狂したように
僕もBLINK 182の洗礼を受けた。
「俺、
今度またバンド組もうと思ってるんだけど、
ともやも一緒にやらない?
ちょうどドラムが空いてるんだけど、
ドラムとかどうかな?」
道久は地元・一宮市のライブバーで
中学生にして、
ライブをやったことがあった。
ライブハウスでライブをするなんて
文化祭で友達とゆずの『夏色』を弾き語りしただけの
僕からすると
違う世界の出来事のような話だった。
BLINK 182を聴いてからは、
トラヴィスに憧れていた僕は
二つ返事でそのバンドにドラムとして入ることになり、
「今度、メンバーのベースを紹介するよ。」
と言われて出会ったのが、
道久の中学の同級生の伴だった。
大学1年生で初めて行った
サマーソニックでBLINK 182を初めて観た時のことを
昨日のことのように覚えている。
BLINK 182が決まった瞬間、
道久とたつや(CRAZY興業/小中高の同級生)とチケットを買うことを決め、
新幹線に乗るお金がないので、
近鉄の在来線を乗り継いで大阪に向かった。
「せっかくだから。」と
2日間の通し券でチケットを買っていたが、
2日目がBLINK 182だったので、
1日目が終わった後、
泊まる当てがなく、
近くの電話ボックスでタウンページを開いて、
近隣のカプセルホテルに手当たり次第電話をし、
サマーソニックの会場から
少し離れた場所のカプセルホテルに泊まった。
カプセルホテルのロビーには
ほとんどの人が
サマーソニックのパスをつけている人ばかりで、
勝手に親近感が湧いて、
何だか嬉しかった。
そんな中、
お風呂上がりにたまたま座ってると
隣にいたお兄さんに
「何を観にきたはったんですか?」
といきなり声を掛けられた。
戸惑いながらも
「ブ、BLINK 182です。」
と答えると
「あーブリンク!
でもZEBRAHEADと被っててどっち行こうか迷ってたんですよね。」
と言われ、
「嘘だろ!?
BLINK観ない人がいるんだ!
8年ぶりの来日なのに!」
と心の底から驚いた。
次の日になり、
お昼が過ぎて、
前の方を陣取っていると
転換で
金色に輝くトラヴィスのドラムセットが出てきた。
それだけのことでフロア中から歓声をあがり、
僕もため息まじりに大声を出しながら
日本にいる誰しもが
この瞬間はどれほど待ち望んでいたか、
あの光景だけで気持ちは同じなんだと確信できた。
スタッフの長いサウンドチェックが終わり、
メンバーが出てきた時には
歓声は一際大きくなり、
今自分の目の前にメンバーがいることが信じられなかった。
イメージよりも3人とも一回り大きい。
メンバーが出てくるなり、
隣にいた同い年くらいの
きっと留学生か
ホームステイだと思うが、
白人の男の子がいて、
その隣にいた同い年くらいの日本人の男の子が肩車をし始め、
白人の男の子が
「STAY TOGETHER FOR THE KIDSー!」
とステージへ向かって叫び出して、
僕も道久に肩車をしてもらい、
Tシャツを捲り上げて
朝カプセルホテルで道久に
トラヴィスのタトゥーを真似て
マッキーで書いてもらった
お腹のラジカセの絵を
トラヴィスに向かって見せ、
「トラヴィスー!ルック!ルックディス!」
と負けじと叫んでいた。
一曲目は『Family Reunion』という
短いジョークソングだった。
そこがまたBLINK 182らしかった。
ライブが始まると
トラヴィスは腕が何本あっても足りないような
ドラムフレーズを連発し、
トムが卑猥なダンスで客席を挑発して、
マークもステージを走り回り、
瞬きが惜しいくらい
ずっと目が離せなかった。
トムが
『STAY TOGETHER FOR THE KIDS』
のイントロを弾いた瞬間、
周りを見渡したが揉みくちゃになっていたので、
叫んでいた白人の男の子は見つけられなかった。
その日、
新曲『Go』をやり、
MCで新しいアルバムのレコーディングに入ってることを話していて、
アルバムが出たらまたツアーで来てくれるんだと思うと
顔がにやけてたまらなかった。
今でもたまにバカにされるが、
この時のサマーソニックのヘッドライナーはBLURとRADIOHEADで、
僕たちは帰り道、
混むのが嫌で2組とも観なかった。
ほとんど興味がなかったし、
BLINKさえ観れたらあとはどうでも良かった。
それくらい好きだった。
BLINK 182がいなかったら、
多分僕はバンドをやっていなかったと思うし、
今でもディスクユニオンでパンクコーナーから
見に行くほど
パンクへのめり込むこともなかったと思っている。
パンクの歴史から考えると
小さなトピックではあるが
BLINK 182は
BLINK 182前、
BLINK 182後と分けられるくらい
2000年代の
一つの時代のアイコンになっていて、
これはいい意味ではなく、
オールドスクールのパンクファンからすると
「BLINK 182の出現でパンクがチャラくなった。
あれはパンクじゃない。」
とも言われている。
そもそもジャンルでいうと
BLINK 182はパンクではなくて、
そこから派生したポップパンクになるので、
パンクで分けるのもまた違うとは思うが、
確かにBLINK 182以降は同じようなバンドが
山ほどいて、
毎週のように
ポップパンクバンドのCDが
CDショップの店頭に新作として並んでいたし、
毎月日本のどこかで
ポップパンクバンドの来日公演があった。
そういった現象を世間では、
モールパンク(ショッピングモールで買えるような安物のパンク)と揶揄され、
常にバカにされていた。
当時はこの評価に対し、
かなり腹立たしさを感じていたが、
今多少大人になって振り返ると確かにそうかもなとも思える。
社会的で政治的な不満もなければ、
戦争や世間に問題を訴えかける曲でもなく、
ただ恋人のことや生活の中にある出来事を
下ネタやジョークを交えて
ポップなメロディーに乗せて歌う、
そんなものは
アウトローの精神を基盤に持つ
パンクでも何でもないと言われたら仕方がない。
でも
身勝手な解釈だと思うが、
当時はグランジブームの後で、
ポップパンクの出現は必然だった気がする。
僕たちの世代は
先駆者達が戦い、
勝ち得た権利のおかげで、
社会に噛みつくほどの不満を抱けるほど、
社会に不満を持っていなかった。
そしてあの頃の10代20代には
将来への漠然とした苦しみや過去のトラウマを歌う
一聴しても難解な暗く重いトーンの音楽が
ちょっとずつ身の丈に合わなくなっていた。
そんな時代を象徴していたのが、
ポップパンクであり、
僕が出会った最初のパンクでもあった。
高島屋や松坂屋で買えるような高価なものには
手が出ず、
また魅力も感じられず、
身近で価格帯もお手頃なショッピングモールの存在が
世間で必要とされてきたように
その時代にはその時代を生きる人たちの生活があり、
その時代にはその時代を生きる人たちの音楽があって、
その時代に必要とされるパンクがある。
解釈は人それぞれだと思うが、
僕は別にそれでいいと思う。
ただそれを踏まえた上で
言わしてもらうが、
あの時に会ったお前らが
もし本当のパンクなんだったら、
俺はパンクなんかもう二度と聴かない。
部屋にあるCDもレコードも全部売ってやるよ。
嘘じゃない。
誓ってもいい。
そもそもお前らは根本が間違ってる。
ただ革ジャンを着て、
人を邪険にしたり、
堕落した生活を送ることがパンクだと思ってる以上は、
お前らなんか所詮パンクロック風止まりだよ。
シド・ヴィシャスのコスプレイヤーの集い。
つかお前らが1人でも俺に同じ態度が取れたんか?
電車ではしゃぐ中高生じゃないんだからさ。
仲間で群れて、
パンクに甘えてんじゃねーよ。
安物のパンクに
お前らから成り下がってどうすんだって。
10代ならまだしも、
いい歳していい加減それくらい分かれよ。
そうやって一生、
身内ノリで死ぬまで音楽やってろ。
追記
今更、
僕なりのパンク生誕40周年に向けたお祝いコメントでした。
写真は実家の部屋に貼ってあるポスターです。
当然8億円の価値はありませんが、
思い入れがあり過ぎて、
これ1枚さえ燃やせない僕は
まだまだあまちゃんですね。
(もちろん右側ね。)
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 11『ストレイト・ストーリー』
『ストレイト・ストーリー』
彼女は88歳で1人東京に住んでいた。
女性として初の大手保険会社の相談役にまでなった
キャリアウーマンのはしりのような人だったらしく、
そんな仕事メインの生活だったからか
結局一度も結婚はしなかった。
独身生活を謳歌しながら、
今でも普段から毎日ビールを飲み、
タバコはピースを吸っているらしい。
信じられないくらいパワフルな生き方だ。
いつNHKの連続テレビ小説の主役のモデルになってもおかしくないね。」
そんな叔母を持つ知人から彼女の話を聞いた時、
笑いながらそう答えた。
もちろん半分は冗談ではあるが、
もう半分は本当にそう思っていた。
僕にも88歳になる父方の祖母が滋賀県にいるが、
祖父が退職後にパートをしていたくらいで
そういうキャリアを積むような仕事もしていなければ、
お酒も飲まないし、
タバコも吸わないごく普通の老後を送っていたので、
そんなドラマのような人生を送っている
おばあちゃんがこの世の中にいることが、
頭の中でうまくイメージできなかった。
僕の祖母は12年前に祖父を亡くしてから
滋賀県に1人で住んでいる。
子供を2人産んでいたので、
孫は5人とひ孫も2人いる。
愛知県に住んでいる
僕の父や母が頻繁に帰れない分、
デイサービスやホームヘルパーを駆使して、
毎日家には誰かが来るようになっているが、
僕も名古屋での生活があるので
年に3.4回しか会うことはできない。
僕の本当の生まれは滋賀県で
本籍も未だに滋賀県になっていて、
愛知県に本籍を移動させなかった理由は、
「ちょっと不便でも祖父母がいる以上は、
戸籍上もちゃんと滋賀県との関わりを残しておきたい。」
という母の提案だった。
そんな村上家は
僕の物心がついた時から
お盆とお正月は滋賀県の祖父母の家で過ごしていた。
中学高校の頃は
普通の年頃の男の子と同じような反抗期もあり、
大学に入ってからは
かなり行く回数もまちまちになってきたが、
ここ数年はなるべくお盆とお正月にライブや予定を入れず、
滋賀県に帰り、
祖母と過ごすようにしている。
家族の誰かに指摘をされた訳ではなく、
これから先、
あと何回過ごせるのかと思うと
自然と自分から足が向くようになった。
正直、
帰ったところでやることは特にない。
とりあえず
滋賀に帰ると
毎朝30分くらい健康のために
近所を歩いている祖母と
一緒に早起きして
山菜を採りながら歩き、
昼になってお墓参りを済ませた後、
行きたいところを聞いてから
車でスーパーや100円ショップに
買い物に出かけて、
夕飯はいつも近所のくら寿司に行き、
僕がご馳走している。
せっかくの機会だから、
もっと高い買い物でも食事のお店でもいいと
色々とインターネットで調べては
お店を提案したりするのだが、
結局、
いつもの100円ショップとくら寿司に落ち着く。
本当に欲がない。
1940年代、
祖母は12歳で実家を出ざるを得なかった。
石川県の実家の両親は雇われのお百姓で
他人の田んぼを耕してはお金をもらっていたが、
それだけでは6人兄弟を育てるのに足りなかったので、
大体それくらいの歳になると
兄弟は家元を離れて順番に出稼ぎに出ていた。
最終学歴が小学校でも
仕事はいくらでもあった。
今では考えられない話だが、
あの頃の紡績工場や軍事系の工場の求人担当者たちは
夏頃から地方の貧しい農家をまわり、
年頃の子供たちを見つけると
両親と交渉して、
頭金前払いで何年かの契約を結び、
春から子供たちは親元を離れ、
工場の寮で
働きながら生活するということが
当たり前のようにあったらしい。
それくらいみんな貧しかった。
まだ12歳とはいえ、
頭金を貰っているので、
勝手に帰ることも許されず、
選択肢は寮での暮らしと労働のみ。
あの時、
同じ歳くらいの女の子同士の寮の部屋の中で、
夜みんなが寝ていると
どこからともなく
「お母さん、お父さん。」
と寂しさに耐えきれず、
小さくすすり泣く声が聞こえてきて辛かった
と最近になって祖母は僕に話してくれた。
祖母は第二次世界大戦をこの紡績工場で迎えた。
石川県で大規模な空襲があった日、
工場や寮の至る所で火の手が上がり、
祖母は
「水辺なら安全かもしれない。」
と工場の近くを流れていた浅め川に入り、
どこまでもただひたすらに走った。
川の水を全身に浴びながら
川の周りに転がる亡骸を横目に
ただひたすらに行くあてもないまま、
空襲が終わるまで走り続け、
いつまでも生きた心地がしなかった。
戦後、
出張先で石川県に来ていた祖父が祖母と出会い、
2人は結婚することになった。
これでようやく安心した暮らしが待っているのかと思いきや
祖父の両親との同居も
また違う意味での苦しい生活が待っていた。
馴染みのない、
また身寄りも友達もいない滋賀県での暮らしの中、
姑や小姑は祖母に厳しかった。
「当時はそういうものだった」
と言っていたが、
いくら働いても給料は全て両親に手渡した。
そんな暮らしを見兼ねた祖母の会社は
わざと本来の額と
両親に出す用とで給料の明細を2つに分け、
祖母にもちゃんとお金がまわるように工夫してくれた。
また祖父もたまにはゆっくりと休めるようにと
自分の両親には内緒で
祖母の会社と相談して休みを作ってあげていた。
そんな休みの日は
駅近くの河原の土手に座り、
お弁当を食べながら、
1日のんびりと過ごし、
夕方になると
祖父が河原に迎えにきて、
一緒に家に帰った。
僕が物心がついた時から
祖母は裁縫が得意だった。
これも
自分の家を持ったものの本当にお金がなく、
子供が生まれたが、
服すらまともに買えなかったので、
人から着古した服を貰ってきては、
その服をほどき、
型紙を取って、
自分で新しく布を一から縫って
学生服や普段着を作っていたので、
自然と上手くなっていったらしい。
今でも祖母は裁縫が得意で、
通っているデイサービスで
みんなの服をリサイズしてあげたり、
自由時間で
所長さんからお願いされて
みんなに裁縫を教えてあげている。
自由時間で小さなフクロウの置物を作る際も
4段階くらいの作りかけのフクロウを数体作り、
「今こうなっていて、
ここを縫うと次はこうなります。」
と作りかけのフクロウを
順々に見せながら教えているみたいで
「色々アイデアまで出して頂いて、
本当に助かっています。」
と僕の母がデイサービスの所長さんに会った際にそう言われたと言っていた。
そんな話を聞きながら、
「デイサービスに通う側から
サービスする側に回れる
おばあちゃんって世の中にどれくらいいるんだろうな。」
ということをふと思った。
祖母はよく
「愛される可愛いおばあちゃんになりたい。」
と言っていて、
身内の判断なので冷静ではないかもしれないが、
色々と不遇の時代も多かった分、
僕が見る限り、
少なくとも
家族、親戚を含めた
関わっている人から皆、
愛される可愛いおばあちゃんになっていると思う。
『ストレイト・ストーリー』は
1994年にニューヨーク・タイムズに掲載された実話のコラム
本作の監督であるデヴィッド・リンチの友人が読んだことをきっかけに書いた脚本に
リンチ自身が着想を得て撮ったロードムービーで、
本当に一言で言ってしまうと
杖を二本使わないと歩けないほどに
年老いた弟アルヴィン・ストレイトが
ただアイオワからウィスコンシンまでの
560kmの距離を
時速8kmのトラクターに乗って、
病気で倒れた兄ライト・ストレイトに会いに行くだけの話だが、
観終わった後には
明日一番最初に会った
誰かに優しくしたくなるような
そんな温かい気分にさせてくれる映画だと思う。
『イレイザーヘッド』や『エレファントマン』のような
カルト映画の巨匠であるリンチが撮ったとは、
本当に信じられない内容と空気感。
旅に出るまでは映画を30分くらい観ていても
アルヴィンが一体何者なのか、
家族構成すらほとんど分からない。
しかし
旅を通してアルヴィンが出会う人々と触れ合い、
彼が自分の経験上の話や体験した出来事を
出会った人々に語ることで
少しずつ彼が何者なのか、
なぜ兄に会いに行く必要があるのか
その理由が少しずつ分かってくる。
結局、
人は人を通して自分を知り、
相手もまた人を通して自分を知る。
そんな小さく尊い社会のサイクルが
いくつも繋がってできた
ショートムービー的な作り方もまた
この作品の魅力だと思う。
アルヴィンが語る話は
表面上はただの会話でしかなく、
囁くように言葉数も少ないが、
いつでも自分の人生を相手に少し分けてあげているような
そんな生きるための優しいアドバイスを含んでいる。
この映画を観ていると
やっぱり
老人にはシワや白髪の数だけ
樹木の年輪のように
深く歴史が刻み込まれていて、
ただやたら前置きが長く
声がでかいだけの演説なんかよりも
説得力が全然違うなと痛感させられた。
老人にはその老人の数だけ歴史があり、
スポットライトこそ当たってはいないが、
その一人一人にきっと
連続テレビ小説でも語りきれないほどのドラマがあるのだろう。
ある日、
ウィスコンシンを目指して旅をしていた
アルヴィンは
サイクリングをしている若者の集団と出会った。
夜になり、
若者たちと共にキャンプをしながら、
1人の青年と焚き火を囲んでいると
アルヴィンが
「若い時は自分が歳をとるとは思わんな。」
とふと呟く。
すると
隣に座っていた青年が
「歳をとって良かったと思うことは?」
とアルヴィンに聞いた。
「目も足腰も弱っていい事なんてないが、
経験を積んで
年とともに実と殻の区別がつくようになって、
細かい事は気にせんようになる。」
すると目の前で
キャッチボールをしていた
別の青年が
「それじゃ、年をとって最悪なのは何?」
とアルヴィンに聞く。
「最悪なのは若い頃を覚えていることだ。」
88歳の祖母が今でも比較的健康で
自分の足で歩けたり、
自分の歯でご飯が食べられたり、
裁縫ができる程度に
目や指先の感覚があることを思うと
神様の存在を信じたくなる。
今までこれほどまでに苦労してきたのだから、
老後くらいは多少の体の不自由はあっても
ちゃんと1人で好きなような生活ができるように
通常の88歳よりも
元気な姿にしておいてくれたじゃないか、
夢すら持てなかった激動の日々の中で
最後の最後に
唯一願ったささやかな夢である
愛される可愛いおばあちゃんにさせてくれたんじゃないか、
そう思っても不思議ではない。
ただそんな祖母を見ていて
いつも感じるのは、
「老人は生きているだけで人に迷惑を掛けている存在」
と思っている節があること。
僕がお盆やお正月に帰ると
嬉しそうではあるが、
まず先に
「せっかくのお休みにごめんね」
「忙しいのにありがとうね」
と本当に
「いつも迷惑ばかりかけて。」
とでも言いそうな勢いで、
どこか申し訳なさそうにしていて、
車の乗り降りを支えてあげたり、
買い物の荷物を持ってあげたりすると
「いつもごめんね。」
と僕にすぐ謝ってくる。
「昔なら会いに行けた」
「昔なら自分で出来た」
そんな若い頃の自分の面影が消えないのであろう
祖母の姿を見ていて、
僕はいつも
「会いたくて来てるんだし、
したくてしてるんだから、
気にしないでほしい。」
と答えることしかできない。
僕からすると
祖母は世界にただいてくれるだけでいい。
本当にそれだけでいい。
こうやって昔の話を教えてくれたり、
僕の話に笑ってくれたり、
100円ショップやくら寿司に行ったり、
一緒に朝並んで歩きながら、
「しかし
いつ友哉のお嫁さんは現れるのかしらね。」
とたまに心配してくれたのを
「まあそのうち、
山菜みたいにひょっこり現れるんじゃないかなあ。」
と適当に笑ってはぐらかしたり、
そんな何気ない出来事をただ過ごせるだけで
僕は充分嬉しいし、
他に望むことは何もない。
むしろ本当はもっとわがままを言ってほしい。
自分が本当にしたいことや
欲しいものがあるのなら、
何の気も使わないでねだって
いつでも僕を困らせてほしい。
だって
それくらいのことをしたとしても
バチは当たらないくらい
祖母は自分のためではなく、
人のために今まで生きてきた。
本当にいつもそう思っている。
だから
「来年のお正月は一緒にいれるか分からない。」
なんてことは冗談でも言わないで、
いつまでもずっと長生きして下さい。
追記
冒頭に出てきた知人の東京の叔母が
先日亡くなった話を聞いて、
その時に思ったことを書いたコラムでした。
心よりご冥福をお祈り致します。
親父やお袋とも話すけど、
祖父母と離れて暮らすことが
良いことなのか、
悪いことなのか、
今だに分かりません。
一緒に暮らしていた方が沢山会えるし、
いつでも顔を見て心配できるけど、
離れて暮らしていたからこそ
こうやっていつまでも新鮮な気持ちで過ごせるのかもなあと思えるからです。
それくらい
一緒に暮らしていたからこそ
仲が悪く、
肉親の枠を越えて、
いつまでもいがみ合っている関係の家庭を
見たことがあるから。
いつでも会えなかったからこそ、
離れていたからこそ、
僕は今でも祖父母のことが好きなのかもしれない。
ものすごく寂しい考え方だと思うけど、
もしかしたら現実的で
理に適っているのかもしれませんよね。
もちろん祖父母の人柄も大好きなのは前提として。
祖父が亡くなった後、
滋賀で1人で暮らしたいというのは、
祖母の希望でした。
祖父のお墓から離れたくないことと
今から知らない街で暮らすことが考えられない
という理由でしたが、
何となく本人もそう思っていたのかもなあ。
結局、
祖母の口からはっきりとは聞いてはないけど、
多分、
昔一緒に住んでた
姑と小姑に相当な意地悪をされたと思うんですよ。
とりあえず1つだけ分かっていることは
こうやって祖父母を愛しく思える感覚を持てた
家庭に育ったことに
まずは感謝すべきなんでしょうね。
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 10『ロリータ』
『ロリータ』
少し前に付き合いでフェリピンパブに連れて行かれた時の事。
メンバーは僕よりも僕の父の方が歳が近いようなおじさん方4人で
名古屋駅近くのホルモン焼き屋で飲んでいると
何かの拍子にフェリピンパブの話題になり、
「そういう場所に行ったことがないです。」
と答える僕に
「それはあかん!
村上ちゃんもこういう遊びを覚えた方がいい。
ほんまにアジアっちゅうか、
タイなんかこの世の天国やで。」
と木村さんは
関西出身の独特のイントネーションで話しながら
ニヤニヤとだいぶ薄くなった頭を撫でて
笑っていた。
最初は行きたくはなかったが、
「何事も経験か。」
と思い、
程よくアルコールの助けもあって
ついていくことにした。
タクシーで東新町の裏側にある
池田公園周辺まで乗り付けると
道端に立っていた
首にサングラスを掛けた強面のキャッチのお兄さんに
木村さんは
「おい、
今すぐ入れるどこかええとこないんか?
今日はゲストが来とんねん。」
と話しかけていて、
「いつもお世話になってます。」
という相手の礼儀正しい口ぶりを見ていると
おそらく顔馴染みなんだろう、
すぐにお店に案内してくれた。
「ゲストって多分僕のことなんだろうな。」
なんだか大人の仲間に混ぜられて、
嬉しいような
ちょっとくすぐったいような気分がした。
「村上ちゃん、あかん出よう。」
1軒目のフィリピンパブの席に座り、
飲み物がテーブルまで出てきそうなタイミングで
いきなり木村さんは席を立った。
他の3人もゾロゾロと後ろについて行く。
お店のフィリピン人の女の子たちも
「どしたー?どしたのー?」
と後についてきた。
「もうええって言うてるやろ!」
木村さんはそう彼女たちに吐き捨てると
外に出るなり、
キャッチのお兄さんに向かい、
「女の数が少な過ぎるやないか!
しかも全然可愛ない!
ゲストがおるって言うとるやろが!」
といきなりまくし立て出した。
そんな中、
他の3人はただ気まずそうに立ちすくんで、
「この人はスウィッチが入るともう手が付けられないな。」
と苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「すいません、申し訳ないです!」
「他連れてけ、他!」
木村さんを先頭にのそのそと歩き出したおじさん集団の中、
ふいにキャッチのお兄さんと目が合った。
被害妄想かもしれないが
「お前のせいで…。」
と心なしか思えるような顔をしていて、
「…何も言ってないし!」
と意味もなく
近くの自販機を見ているフリをして
ふいに視線を外してしまった。
結局、
3.4軒か回った挙句、
「もうどこでもええわ。」
と最後に入ったお店で腰を落ち着けることになった。
今書きながらふと思ったが、
あれはもしかしたら木村さんのポーズだったような気もする。
これで僕がもしもこのお店を
「全然良くなかった」
と思ったとしても
「何軒か回って疲れたからここに入っただけで、
別に選んで来たわけじゃない。」
と言い訳にもなるし、
「一応、俺は探す努力はした。」
という建て前にもなる。
僕も逆の立場なら使いそうな手段だ。
ちなみにフィリピンパブは
結論から言うと少しも楽しくなかった。
そもそもお酒もほとんど飲まないし、
お店のBGMもうるさければ、
カラオケタイムが始まると
隣にいる人とですら会話がまともにできない。
フィリピンパブの女の子たちも
日本人の扱い方に慣れていて、
自然と肩に手を回す彼らに何の抵抗もなく
首をあげて、
すっと腕枕をさせてあげているし、
恋人くらいの距離で耳元で会話する彼らの話に頷きながら
オーバーなリアクションで話を聞いていた。
その光景を横目で見ながら、
「そんなことして
男として、
日本人として恥ずかしくないのか?」
と不思議でしょうがなかった。
1時間ほどでセットが終わり、
お会計を済ませて外へ出ると
木村さんが
「よっしゃ、
今日はゲストもおるんやでもう最後まで行くぞ。」
ともう一軒行くことになった。
正直行きたくなくて仕方なかったし、
顔にも出ていたと思うが
「ゲストがおるんやで。」
と言われると僕も行かざるを得なかった。
次のお店で僕の隣についた子が
エンジェルと名乗るフィリピン出身の女の子だった。
日本語がほとんど通じないので、
不思議に思っているとまだ来て2ヶ月らしい。
異常なほどに体が小さく、
年齢は20歳だと言っていたが、
どう考えても15歳くらいにしか見えない。
「フィリピンゴ、スペインゴタクサン。
エイゴナラ、リトルハナセマス」
と言われたので、
僕も片言の英語と
彼女も片言の日本語で身振り手振りを交えながら話をした。
親戚のおばさんに誘われて日本に来たこと、
そのおばさんとお店の近くで
二人暮らしをしていること、
おばさんに
「日本の男に気をつけろ」
と言われていること、
お母さんにお願いされて日本に来たこと、
焼肉が好きなこと、
ドラえもんが好きなこと、
国に沢山の兄弟がいて毎月仕送りしていること、
リアーナに憧れていること、
毎日ショウタイムの練習を朝までやっていて
アパートに帰れるのは
いつも9時ぐらいだということ。
ステージで女の子たちがカラオケを歌う
ショウタイムが始まり、
「ユーシンギング?ダンシング?」
とエンジェルに聞くと
「ノー!ノー、マダウマクナイ!」
と笑いながら首を振っていた。
ショウタイムも終わった頃、
「そろそろお会計で帰れるのかな?」
とホッとしていると
「ライン、オシエテクダサイ!」
といきなりエンジェルから言われた。
「二ヶ月でラインとか使うんだ。」
と一瞬疑問に思ったが、
彼女が横目で女の人を見ていて、
きっとその先におばさんがいたんだろう、
そういうノルマがあることがすぐに察知できた。
「オッケー、オッケー。」
と答え、
ラインIDを教えてから、
彼女のラインに対して
たまたま持っていた
ドラえもんのスタンプを送り返すと
「ドラエーモン!」
と嬉しそうにエンジェルは笑っていた。
その姿は10代の女の子そのものの姿だった。
それから少しだけ話して
最後に
「カラダニキヲツケテネ。
ムリシナイデネ。」
となぜか僕が片言の日本語になりながら、
お店を後にした。
「村上ちゃん、なかなかモテてたなあ。
でもこういう遊びにハマったらあかんで!
あいつらは厚かましいからなあ。」
フィリピンパブが終わった後に入った
朝までやっている味噌煮込みうどん屋で
木村さんが
板わさをつまみながら、
僕にそう言ってきた。
はっきり聞こえていたので、
もう少しリアクションも取れそうなものだったが、
ただ無愛想に
味噌煮込みうどんをすすりながら、
「ええ。はい。」
と曖昧に答えた。
『ロリータ』とはロシア生まれのアメリカ作家ウラジーミル・ナボコフが書いた
ロリータ・コンプレックスや
ロリータ・ファッションなどの
ロリータの語源にもなった長編小説で、
9から14歳の女の子にしか
性的な興奮を得れない
中年の主人公ハンバート・ハンバートが、
当時12歳のドローレス・ヘイズ(あだ名がロリータ)に出会い、
恋をし、
別れるまでを軸に話が展開していく。
ここまで書くとただのポルノ小説にしか見えないかもしれないが、
ドローレスとの関係について
彼女の容姿や体の表現こそいやらしいものの
具体的な2人の性的な描写は
全くと言っていいほど出てこない。
確かに日本人の僕からすると
独特な表現が多用されるので、
言葉の解説を読みながらでないと
途中で話を見失ったり、
ちょっとした小ネタに気が付けなかったり、
多少の読みにくさはあるものの
後半からは
ロードムービー的でもあり、
サスペンス的な要素もあり、
ストーリーとしても普通に面白かった。
ナボコフもあとがきで
「これはポルノではない。」
と書いていたのも頷ける。
世界的には
言葉の韻を踏んで文章にリズムを作ったり、
自分の名前のアルファベットを並べ替えて
作品の中に登場させたり、
彼のあえて母国語ではない
英語で書かれた作風が素晴らしいという評価が高いみたいだが、
正直翻訳した小説を読んでいるので、
僕にはよく分からなかった。
ただ
僕がこの小説で1番心に残ってるのは、
ハンバート・ハンバートが
ロリータに振られるシーン。
ロリータを愛し、
ロリータと生活を共にし、
ハンバート・ハンバートの全てを捧げてきたロリータは、
実はその裏では
ずっと違う男の人を一途に愛していた。
しかもそれは
彼と同じように屈折した性癖を持ち、
何よりも彼は
ほぼハンバート・ハンバートと同じ世代の中年のおじさんだった。
ハンバート・ハンバート自身、
実際はロリータが自分のことを愛していないことも知っていた。
全て彼女と何か性的な行動を起こす場合、
お金が必要だったから。
2人の間にはいつもお金が必要だった。
僕の勝手な解釈だか
彼はその理由について
自分なりに自分に言い訳をしていたと思う。
自分は性的異常者だから。
自分は彼女よりも歳がずっと上だから。
彼女はまだ若いから。
でも彼女が心から愛したのは、
自分と同じくらいの性的異常者で、
自分と同じくらいの年齢のおじさん。
見た目がカッコ良く
ナルシストなイギリス人で
プライドの高いハンバート・ハンバートが、
この言い訳を全て覆された事実に
どれほど傷ついたか。
おそらくこのシーンはナボコフ的には
小説の流れの中で出てきたトピックであって、
彼からロリータを奪った犯人が分かった
以外はそこまで重要なシーンではなかったと思うが、
僕の中ではこのシーンが
1番感情移入ができ、
「僕がハンバート・ハンバートなら死にたくなるな。」
と思いながら読んでいた。
ロリータと結ばれるために必要だったものは
男性としての魅力だけであって、
お金は関係なかった。
結局、
男女の間にお金が必要になる関係は、
ただの自己満足なだけであって、
恋愛でもなければ
もちろん友達とも呼べない。
言われ尽くされた表現かもしれないが、
関係性にお金が必要な以上、
ただ直接的な皮膚の接触があるだけで、
ハンバート・ハンバートのように
彼女の心にまで触れることは到底できない。
エンジェルから毎日のようにラインが届くようになり、
かなり心苦しかったが、
彼女のラインを拒否した。
僕があのお店に行くことは二度とないと思うから、
これ以上彼女の営業努力を無駄にしてあげたくなかった。
若い女の子にちやほやされることで、
さえなかったあなたの学生時代を取り返そうとしているのかもしれませんが、
同じ男として、
同じ日本人として
僕はあなたたちを軽蔑しています。
第一、
うわべだけすくって
満たされるような男女の関係なら
僕にはいらない。
追記
本を読みながら頭の中に12歳のアメリカ人女の子の映像が欲しくて、
調べるとちょうど『キック・アス』の時のクロエ・グレース・モレッツ、
『ジュマンジ』のキルスティン・ダンストが12歳くらいみたいです。
可愛いは可愛いけど、
性的な興奮まではいかないから
ちょっと安心しました。
そして
せっかくなのでスタンリー・キューブリック監督版映画『ロリータ』を観たんすけど、
主演のスー・リオンは本を読んでいた時の自分のイメージよりも大人びていて、
「もっとおぼこい子がよかったなあ。」
としっくりきませんでしたが、
「今何してるのかなあ?」
と彼女の半生を調べて衝撃を受けました。
こいつ、『ロリータ』よりもヤバイ奴じゃん!
ある意味ではどんな小説や映画も
結局は作り物であって、
彼女の生き方には敵わないと思ったな、あれには。
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 9『DOGMA』

 

 

『DOGMA(ドグマ)』

「すいません、ガイドさん。
ちょっといいですか?」
「はい?」
「さっきからどうも腑に落ちなくて。」
「何か?」
「この、ここはなんて建物なんでしたっけ?」
「修道院?」
「そう、
修道院の修道女についてなんですけど?」
「はい?」
「さっきガイドさんは
「ここに入会してからは
外部との接触も一切絶って、
女性だけの共同生活で
ただお祈りと読書と農作業で一日を過ごす」って言ってましたけど、
本当に彼女たちに会って、
話したりできないんですか?」
「彼女たちとは会えません。」
「えー、まじっすか!?
てかこれって本当の話で
今実在している人たちなんですよね?」
「ん?どういうことですか?」
「めちゃくちゃ平たくいうと
この時代に自ら志願して
そんな生活を送る人たちがいることが
信じられないんですよ。
実はいないから隠してんのかなって。
だってそうじゃないですか?
この2017年になってテレビもないし、
ネットもないし、
映画も観れないし、
お笑いも観に行けないし、
音楽だって聴けない。
娯楽が読書だけですよね?」
「そうですね。」
「それでさっき気になって、
ここのパンフレット買ったんですよ。
朝は3:30に起床して、
一日7回のお祈りと労働をして、
7:45に寝る生活って半端ないですよ。
これ、途中で辞められるんですか?」
「入会後、
約半年の志願期、
その後3年の修練期を経て、
最初の有期誓願を宣立、
その後3年を経過して、
盛式誓願を宣立し、
終生にわたる修道生活を誓います。
この6年半なら自由に退会は可能ですよ。」
「もしかして年齢の制限もあるんですか?」
「23〜35歳までの未婚の女性に限ります。」
「若い!老後を神様に仕えるとかじゃないんだ。
ますます分からないなあ。」
「というと?」
「何が彼女たちをそこまで駆り立てるのか。」
「うーん、
皆様はきっとイエス様と結婚するって感じなんですかね。
一生を神様に尽くすという精神のもとで活動されています。」
「んー、
野暮なこと言いますけど、
きっと給料もないですよね?」
「もちろんありません。
農作業や
今さっきあなたが買われた
ここで作られたお菓子も
修道院の生活費に充てられて、
残りは寄付するそうです。」
「まじっすか。」
「まじです。」
「で女だけの生活。
おしゃべりの話題もなくなりそう。」
「基本的に私語も厳禁なので、
修道女さん同士のボディランゲージみたいなもので
日常会話をするそうですよ。」
「すげーな。」
「すごいですよね。」
「いきなりですけど、
僕、
神様がいるのかいないのか、
まだそこまで辿り着いてないんですよ。」
「辿り着いてない?」
「今はいたらいいなと思うけど、
どこかでは
いなくても当たり前って思ってる感じなんですかね。
僕の好きな映画でケヴィン・スミス監督の『ドグマ』って映画があって、
結構宗教的な禁じ手の描写が多いハードなコメディなんですけど。
「禁じ手?」
「休暇で人類を下見に来ていた神様がホームレスに乗り移ったり、
死ぬほどふざけたキリスト像が出てきたり、
「使徒にいた黒人はその存在が抹消された」
とか言っちゃったり。」
「すごいですね。」
「この場所で話題に出すのもはばかれるような映画ですよ。
でもケヴィン・スミスって、
主に作る作品はコメディだけど、
多分、根はカトリックなんですよ。
もしくは家庭がかなり厳格なカトリックだったか。
メイキングで彼が影響を受けた作品を語るシーンがあったんですけど、
マーティン・スコセッシの『最後の誘惑』とか、
フレッド・ジンネマンの『わが命つきるとも』とか、
割とゴリゴリの宗教映画が多くて。
きっと好きだから、
最低限の知識があったから、
あんなブラック宗教コメディ映画が撮りたくなったんだろうなって。」
「へー。」
「近年はブルース・ウィルス主演のビバリーヒルズコップみたいな
分かりやすい刑事モノの『コップアウト』を撮った次に
『レッドステイト』って映画を撮るんですけど。」
「はい。」
「この『レッドステイト』がまあまあ過激な宗教VS国家みたいな、
結局はどっちも批判した映画で。
話の始まりはヤリマンを探す高校生3人組が出てきて、
いつものコメディだと思って観てたら、
途中からいきなり過激な宗教組織が出てきて、
国家の特撮部隊が出てきて、
人が死にまくって笑えないし、
今までとは違って
カメラワークも手ブレが凄くて、
とにかくドキュメンタリー風のリアルな感じで撮っていて、
「あれ?どした?
マイケル・ムーアが撮った映画なの?」
ってくらいメッセージが強くて。」
「どういうストーリーなんですか?」
「まあ簡単に言うと
ヤリマンを探す高校生が
とある宗教団体に拉致された事件をきっかけに
その高校生を国家が奪還しに掛かるんですけど、
間違えてその国家の工作員が人質の高校生を殺したことを
隠蔽するために
口封じも兼ねて宗教団体を皆殺しにするみたいな話ですね。」
「話の入り口と出口が全く違う!」
「そうなんですよね。
宗教と政治の否定。
分かりやすい悪がないから、
誰がよく良くて悪いのかよく分からないんですよ。
政治はちょっと置いといて、
これを見てますます
ケヴィン・スミス自体が
神様について結局はどう思ってるのか、
分からなくなったんですよね。」
「そんな感じしますね。」
「今度公開される
スコセッシの映画の原作になった
遠藤周作の『沈黙』もそうだけど、
結局、
あの小説も最後はある意味で信仰を否定するじゃないですか。
でも遠藤周作自身は相当厳格なカトリックだと思う。
そうなってくると
ケヴィン・スミスもそうだけど、
神様を信じれば信じるほど、
信じられなくなるのかなって、
そんな気がしたんですよ。
だって神様って、
目に見えるわけじゃない分、
本当にいるかいないか分からないんだから。
「神様がいるから毎日健やかに過ごしてるんだろう。」
ってだけで、
明確に何かをしてもらった訳ではないんだし。」
「確かにそうかもしれませんね。」
「だから
とりあえず僕について言えば、
かっこいい言い方をすると
多分今は自分の中にしか
神様は存在してないんですよ。」
「自分の中?」
「はい。
つまり今の僕には
この世界中にある情報や話を読んだり聞いて、
僕が僕の頭の中に勝手に作り出した
神様がいるだけで
実在はしてない存在って言えばいいのかな?
だから
僕自身の中の神様は
自分が作り出したものだから、
他人からどうこう言われたところで、
今は否定も肯定もしようがないわけであって、
だから
もしいつか本気で神様のことを考え出した時は
最終的に自分との戦いになると思うんです。 」
「なるほど。」
「だってここから先、
もっと突き詰めていくと
神様を信じることは、
僕自身の哲学や価値観で作り出したものを
信じてるみたいなことになるような気がしますもんね。」
「そうかもしれませんね。」
「で結局、
何が言いたいかって言うと、
この修道院の彼女たちは
最終的にどう思ったのかなって。
こんなこと言ったら怒られると思うけど、
これだけ毎日そのことだけを考えていたら、
ケヴィン・スミスみたいに
絶対神様の存在を疑うこともあると思う。
こんないっちょ噛みのやつが言うセリフじゃないんですけど、
多分、
その時に初めて神様が本当にいるのかいないのか、
その答えが出る気がするんですよ。」
「答えですか。」
「さっき出てきた『ドグマ』で
とあるカトリックの女性が
神様を信じなくなった時の話をするシーンがあって、
「私が流産した時、
母に
「神様にもきっと何かお考えがあるのよ。」
って言われて、
「結局、
カトリックとしてお祈りをしたり、
教会に通ってきたけど、
こんなけ悲しい思いをしても
神様は助けてくれなかった。」って悟るって。」
「なるほど。」
「ただ神様を信じていたから、
これくらいで済んだって考え方もありますけどね。
本来なら赤ちゃんと一緒に本人も死んでたかもしれないし。
『ドグマ』の彼女はこの時、
おそらく
神様はいないって悟ったんだと思うんですよ。
でも絶対違う逆のケースで
「神様はいる」って悟った人もいると思う。」
「…、」
「だからこの中にいる彼女たちは、
一生を掛けて
その辿り着いた先に何が見えたのか?
ちょっと聞いてみたかったなって。
しかも彼女たちは無益じゃないですか。
あるのは純粋な信仰心だけ。
僕、無益の信仰心って
人間の持てるエネルギーの中で
最大の力だと思うんですよ。
たまに自分が困った時だけ
神社に行ってお賽銭して、
「よろしくお願いします。」
とか言ってるくらいの信仰心しかない
僕みたいな奴には
絶対にそこまでは辿り着けるはずがない。
僕の行為はどう考えても
お金を払って、
「助けて下さい」
ってちゃんと見返りを求めてますからね。」
「そこに繋がるんですね。
ただ…」
「あっ、え?はい?」
「あなたは普段、何考えてるんですか?」
「えっ、なんで?
なんか変なこと言ってました?」
「こういうのに普段から興味があるのかなって。」
「あははは、むしろ逆です。」
「逆?」
「全くないからちょっと知りたくなったんですよ。」
追記
北海道に観光で修道院に行った時の思い出話でした。
ただしお気付きの通り、ほぼフィクションです。
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 8『トレイシー・ローズ』
『トレイシー・ローズ』
先日、
さよならパリスMV『STAY/GOLD』を公開した際、
「あの着ているTシャツは全部私物なんですか?」
とよく聞かれた。
もちろん全てお互いの私物で、
2人合わせて120枚くらいのTシャツを
ひたすら5時間着ては脱いで、
着ては脱いでの撮影だった。
僕個人として
バンド以外のTシャツまで入れると
ちゃんとは数えたことはないが、
100枚以上のTシャツを優に持っていると思う。
バンドTシャツをはじめ、
映画、小説、漫画など種類は様々で、
趣味という趣味を
音楽、映画、お笑い鑑賞以外に持ち合わせていない僕だが、
ライフスタイルの一環として行ってきた
このTシャツのコレクションも
今となっては堂々と趣味と呼べる気がする。
昔からなぜか異常にTシャツが好きだった。
今ではちゃんと自分が着るものとして
ある程度選んでいるが、
大学生の頃までは
どちらかといえば
内容よりもインパクト重視で、
青空のように青いボディーに
『沖縄』と赤で書かれたTシャツや
背中に『キヤスイ』と書かれ、
フロントに鬼の絵のTシャツなど、
今では着れないような
何の意味もないメッセージTシャツをよく着ていた。
なぜなのかは今ではよく分からない。
当時の僕は個性を履き違えた
自己顕示欲の塊だったとしか言いようがない。
もしかすると
自分の中身や普段の生活が平凡な分、
外見を変えることで
自分自身の個性を主張しようとしていたのかも知れない。
いつも人と違えば違うだけかっこ良かった。
人と違えば、
おしゃれなんてどうでも良かった。
高校生の頃から
よくインターネットでTシャツを買っていた。
当時はTシャツを選ぶ基準も
バンドTシャツの場合、
「そのバンドが好きか?」よりも
「そのTシャツにインパクトがあるのか?」
が重要で、
知らないバンドでもTシャツにインパクトがあれば、
それだけで買ってみて、
後からバンドのCDを買うという
逆輸入的なことも良くしていた。
しかし12.3年前には
あまり僕が聴くような
海外のポップパンクバンドのTシャツやグッズを海外から輸入して
取り扱っているネットショップは本当に少なく、
覚えている限りでも
JUSTROCK STORE、
LAST BANDITS、
Hi!SOFT、
DRAG TRAINの4つくらいしかなかった。
JUSTROCK STOREは今ではもうないが、
他の3つは今だに
たまに覗いては買い物をしている。
高校生の頃は
送料を節約するために友達と合わせて買っていて、
注文はメールではなく電話でしていた記憶がある。
中でもDRAG TRAINが特に好きだった。
ある20%オフセールの時に
電話で注文した際、
「合計で割引して〇〇円になります。」
と女性の店員に言われ、
もちろんセールは知っていたが
あまりの嬉しさに
「割引、ありがとうございます。」
と思わず言うと
「いえいえ、
こちらこそありがとうございます。」
と笑いながら言い返された。
多分、
田舎者の高校生が
ちょっと背伸びをして電話をしている、
そう映ったのだろう。
彼女にはもちろん会った事もなかったが
にっこりと微笑みながら、
頷いている顔が目の前に見えるような笑い方だった。
もちろん
そんな人間味があるところも好きだったが、
1番DRAGTRAINが好きだった理由は、
定期的に送ってきてくれていたTシャツのカタログで、
カタログというと聞こえがいいが、
Tシャツのデザイン部分だけがアップになった写真を
1ページに約50枚載せ、
白黒のコピー用紙を束ねただけの
遠足のしおりのような6ページ程度のファンジン(自費制作小冊子)ではあったが、
この小冊子を夜な夜な
1人布団の中で読む時間が好きだった。
YOUTUBEやMYSPACEが流行る少し前の頃の話なので、
Tシャツは見れても音楽はすぐに聴けなかった。
でもただカタログを見つめながら、
「このバンドはどんな感じなのかなあ。」
とバンド名とTシャツのデザインしか知らない状態で
何となく想像を膨らませ、
そのTシャツを着て出歩く自分の姿を想像するだけで、
ただただ楽しかった。
DRAG TRAINは
他のサイトとは違って、
バンドTシャツ以外にも
海外の映画や著名人、シリアルキラー、
マリリン・マンソンの元ネタでもある
チャールズ・マンソンのTシャツまでも置いてあった。
ここで初めてシリアルキラーという言葉を知った。
エド・ゲインのような連続殺人鬼たちの総称。
海外では
なぜそんな人がいわば伝説的に評価され、
Tシャツまで作られるのかよく分からなかったが、
自分が狂ってる人間だと伝える手段なんだろうなと理解はできた。
きっと日本人にはない感覚だが、
あの時の僕がアメリカに産まれ、
インパクトを追求し過ぎた時、
これを買うんだろう。
DRAG TRAINでTシャツを通して、
自分が知らない世界が広がっていった。
あのカタログは
僕にとって最初のサブカルチャーの教科書でもあった。
そんなある日、
いつものように届いた
最新号のカタログを夜な夜な眺めていると
ひときわ目立つ金髪の女の子のTシャツが目に留まった。
体のサイズに合わないROTICAとプリントされたタンクトップ
下着姿の女の子が
挑発的な目をしてこちらを見ている。
Tシャツに一目惚れした。
エロとインパクト、
最強のコラボレーション。
カタログでTシャツの名前を見ると
『トレイシー・ローズ』
と書いてあり、
誰のことか全く分からなかったが、
シリアルキラーだったらさすがに着れないので、
すぐに彼女をインターネットで調べた。
トレイシー・ローズ。
世界で今もなお絶大的な人気を誇る
元ポルノクィーン。
彼女の人気をカルト的な立場まで持ち上げたのは、
童顔にハードな内容よりも
年齢を詐称してデビューした経緯で、
デビュー当時の彼女は15歳だった。
彼女の作品は見たことがないので、
イメージになるが、
デビュー作の写真を見る限り、
確かに童顔とはいえ
15歳とは思えないほどの色気と妖艶さがあった。
彼女がポルノ女優だと知って、
いつも一緒に買っていた友人に連絡を取り、
すぐにTシャツを購入することにした。
これが手元になければ
明日から何を着ていけばいいのか分からないほど、
このTシャツのことが頭から離れなかった。
「15歳でデビューしたポルノクィーン」
「今では家出少女のサポートをする施設をやっている」
いつもTシャツを買う上で
最低限の知識は仕入れていて、
トレイシー・ローズは
インターネットで見たこの2つの情報以外、
いまいち内容が頭に入ってこなかったが、
この2つがあれば
これが何のTシャツか人に聞かれた際に
立ち話程度の会話は乗り切れるだろうなと思ったので、
買ってもあんまり深くは考えなかった。
しかし
10代後半から20代前半は
このトレイシー・ローズTシャツを本当によく着た。
当時の僕に馴染みがある方だと
実際に着ている姿を見たことがある人もいると思う。
それから何年か経ち、
映画『クライベイビー』を観ていると
1人の女性に目が釘付けになった。
童顔に似合わないような
はれぼったい唇に真っ赤なルージュをひき、
革ジャンを着て、
赤いスカーフを巻き、
いつでも周りの男を挑発するような目つきの彼女。
名前を調べると
彼女がトレイシー・ローズだった。
Tシャツこそ着ていたが、
僕の興味は2つの情報だけで終わり、
実際に動いている彼女を見たことがなかった。
観終わった後、
彼女のことを前よりも深く調べた。
「本当にこの人があのトレイシー・ローズなのか?
こんな可愛い子がアダルトに出ていたのか? 」
そんな疑問が自分の中で消えず、
彼女が自身の半生を振り返った自伝
『トレイシー・ローズ 
15歳の少女がいかにして一夜のうちにポルノスターになったのか〜』
を出版していたことを知り、
読んでみることにした。
複雑な家庭環境と特殊な幼少期、
暴力を振るう父と
取っ替え引っ替え新しいボーイフレンドを作り、
そのボーイフレンドから
彼女が性的虐待を受けていたことを知らない母。
あの挑発的な目つきからは
想像もできないような
か弱い1人の少女が
母親に連れられるがままに
アメリカ中を転々と暮らし、
辛く痛々しい現実の中で
それでも前を見て生きていく姿は
あまりにも残酷で、
ただただ1ページめくるごとに
胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。
ポルノに彼女を斡旋したのは、
母親のボーイフレンドだった。
彼女は生きていくためにポルノに出るしかなかった。
15歳では受け止めきれないほどの現実の数々。
「なんで俺はこんなに平凡に生まれてきたのかなあ。
複雑な家庭環境にいた方が
何かを作る上で土台になって、
きっと個性的な人間になれたのになあ。」
自分に特殊した個性がないことをただ周りのせいにして、
外見だけを気にしていた過去の自分が
いかに愚かだったのか。
幼少期の不幸な体験は
ファッション感覚で着こなせるほど、
生易しいものではない。
年齢や時期を考慮し、
自分のタイミングを待って
内容を選んでくれるような
そんな生易しいものではない。
ただここに書かれているのは
こんな悲しい話ばかりではない。
この本の中で
僕自身が1番印象に残っているエピソードは
18歳でポルノを引退し、
彼女の本格的な女優デビュー作である
『クライベイビー』の撮影中、
宿泊していたホテルでのエピソード。
トレイシー・ローズの部屋には
ビデオデッキがなかったので、
役作り用の映画を見るために
ビデオデッキがある
主演のジョニー・デップが部屋を貸してくれた。
「監督と本読みがあるから
その間好きに使ってくれていい。」
と彼から合鍵を渡されて、
お礼を言うとエレベーターまで全力で走って行き、
エレベーターに乗るまで息すらできなかった。
部屋に戻り、
シャワーを浴びながら、
「彼はどうしてこんなに優しいんだろう?
みんなに優しいのかな?
付き合ってるガールフレンドって可愛いのかなあ。」
と考えていた。
シャワーを浴び、
ジョニー・デップの部屋に行き、
ベッドに座りながら、
役作り用の映画を見ていると
監督との本読みを終えた彼が部屋に帰ってきた。
さりげなく隣に座るジョニー・デップ。
映画に夢中になっているフリをしたけど、
隣に彼がいると思うと
ドキドキしてそれどころじゃなかった。
「新しい髪形、可愛いね。」
と髪に触ってヘアバンドを外し、
「下ろした方がもっと可愛いよ。」
と笑う彼。
映画が終わり、
お礼を言って走らないように部屋を出て行く。
「ジョニーの唇があんなに近くに!
てかほんとどうして私は
男の人といるとこんなに緊張するんだろう?」
部屋に戻り1人になって、
ドギマギしていたことが彼にばれてないか
想像するだけで顔が赤くなった。
このエピソードを読んで
結局、
女の子は女の子であって、
どんな仕事やどんな身なりをしていても
きっと中身は普通の女の子と一緒なんだろうなあと思うと
なんだか微笑ましかった。
最近、
インターネットのニュースや
テレビのワイドショーで
2世タレントのAVデビューの話題をよく見る。
最初は興味を持って見ていたが、
徐々に見るのが辛くなってきたので
今ではあんまり見ないようにしている。
辛い理由は
彼女の私生活のゴシップ的な話題ももちろんそうだが、
それ以上に彼女のAVデビューについての
コメントやその言われ方の方が気になってきた。
「落ちた」「終わった」
確かにタレントから出発した芸能活動を考えた時に
人前で裸をさらし性行為を売り物にするのは
これからの将来のない行動にも見えるが、
それでは
元々そこから出発した多くのAV女優たちは
初めから落ちて、
終わっていることになる。
それを言われて傷つかない人なんかいない。
「自業自得だ。」
と言われたらそれまでかもしれないが、
自業自得だと言い切れるほど
彼女たちの何を知っているんだろう。
トレイシー・ローズは
生きるためにポルノを選んだ。
どん底の生活を変えるために選ばざるを得なかった。
あの半生の中に僕やあなたがいたら、
おそらく救いを求めてポルノの世界にいたと思う。
もちろん
僕もトレイシー・ローズによって語られた
390ページに及ぶ半生を読んだところで、
それは一部であって、
彼女の全てが理解できているとも思っていない。
だからこそ
390ページの自伝もない彼女たちのことを
「落ちた人」「終わった人」
とそんな簡単な言葉で片付けられるとは
僕には到底思えない。
今の自分が落ちているのか、
終わっているのか、
それは自分が決めることであって、
少なくとも
お前らが決めることではない。
それが分からないようなのであれば、
僕からするとお前らの方が終わってるよ。
追記・
こういう話に興味がある方は
『AV女優』永沢光雄(文藝春秋)
『名前のない女たち』中村淳彦(宝島社)
『ディープスロートの日々』リンダ・ラブレース(徳間書店)
も読んでみるといいかも知れません。
『ディープスロートの日々』は廃盤なんで、
手に入れるまでに1年以上掛かったけど。
こんなことを言うと
身も蓋もないんですが、
『ディープスロートの日々』以外の2冊はインタビュー本で
どこかしらインタビュアーが
常に相手の不幸探しをしているような
全体的に
「AV女優になる人はそれ相応の不幸がある」的な空気感があって、
勝手に真実としての内容は薄い気がしています。
多分、
もっとライトな理由だけでなる人も普通にいると思いますから。
語られた幼少期の体験や家庭環境は
実は全然関係なくて、
遊ぶお小遣いがほしいとか、
単純に暇だったからバイト感覚でとか。
ちなみに僕自身、
AVに関しては肯定派でも否定派でもありません。
やっぱり神様に背く行為だと思っています。
知人からAVに出たいと言われたら、
間違いなく止めると思う。
深く関わってもないのに偉そうなことは言えませんが、
彼女たちがAVに関わって良かったのかどうかは
おそらく関わってる時には
結論は出ないと思いますね。
親や兄弟については
自分の肉親なのだから
最終的には肯定するしかない気がするし。
答えが出るのはきっと
今はまだ見ぬ将来の彼氏や夫に子供、
またはこれから出会う
その他大勢のあなたを愛してくれる人たちが
その事実を知って傷つくかどうか、
その事実を知る前と同じようにあなたを愛してくれるのかどうか。
本当の結論が出るのはその時じゃないかな。
多分、
AV女優としての過去を受け止めることに
本当に辛いのは周りにいる人たちであって、
彼女たちじゃない。
そんな気がする。
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