硝子戸の中

フィクションダイアリー
『泣くな、新栄』6.中野くん
『泣くな、新栄』6.中野くん




朝、
いつも通りの時間にお店に行くと
事務所にいたBOSSに
「今日から新しいやつ入るから、
村上頼むな。
大学生だから昼は無理だけど、
夜は週3.4日くらいは入るやつだから、
色々教えてやってくれ。
中野な、名前。」
と言われた。
BOSSはいつでも急だった。
アルバイトの面接をやっていたことは聞いていたが、
採用したことまでは聞いていなかった。
このアルバイト先で初めて
教育係を任された僕は気合が入り、
入荷の仕事を済ますと
1日の流れをグラフに書いたり、
取引先の名前をメモしたりして、
夜に来る新人の中野くんに備えた。
僕が入った時は誰もちゃんと教えてくれず、
「見て覚えろ。やって覚えろ。」のスタンスで、
すごく苦労したことを覚えていたので、
中野くんには分かりやすく
極力愛想よく楽しげに教えようと心に決めていた。

18時を少し過ぎた頃、
レジに1人で立っていると
BOSSが中野くんを連れて、
事務所から降りてきた。
BOSSの後ろに
ちょっとビジュアル系風の柄のついた黒のTシャツに
腕や首にシルバーアクセサリーを身につけた童顔の男の子がいて、
ギリギリ中学生でも通用しそうなほど
中野くんは思っていたより幼く見えた。
見るからに音楽が好きそうなファッション。
「仲良くなるには音楽の話題でいけそうだな。」
と思い、
BOSSが事務所に戻っていった後、
作ったメモを渡して、
商品の説明をある程度し、
ビーワンの棚卸しのやり方を説明したところで、
何となく
「そういえば音楽好きなの?」
と話しかけてみた。

「好きっすねー。」
思いの外、フランクに答えてきた。

「そうなんだ。何聴くの?」
極力愛想良く、楽しげに聞き返す。

「洋楽なんですけど、
いや、村上さんに分かんないっすよ、多分。
結構マニアックなんで。」

このファッションで洋楽が好きなら、
正直たかが知れてるだろうなと思った。

「大丈夫だよ。教えてよ。」

「リンキン(パーク)とか。」

「リンキンね。懐かしいなあ。
高校の頃に1stが出て衝撃だったもんな。
あれ、サマソニで来日したの今年だっけ?」

「あとオフスプ(オフスプリング)とか。」

「オフスプか、昔ライブのアルバイトスタッフやったことあるよ。」

「村上さん、詳しいですね。」

「これくらい誰でも知ってるよ。
じゃあビーワンの棚卸しやってこようか。」

内心、
「それくらいでマニアックでもなんでもねーよ。」
とは思っていたが、
口にも顔にも出さないように気をつけた。

それからしばらく経ったある日、
レジで並んで立っていると
急に大学の軽音部の話になり、
「大学の軽音部はレベル低いんで入る気しないんですよね。」
と聞いてもないのに答え出した。

「ああそうなんだね。気持ちは分かるよ。」

「俺、
ドラムのスクール通ってんすけど、
バンド組むならチェスター(リンキンパーク)みたいに
スクリームができない奴とは組みたくないんですよね。
軽音部にいるはずないじゃないですか?」

正直、段々腹が立ってきていた。
こいつのこの身の程を知らない大口や自信はどこから来るんだろう。
「出来るか出来ないかは知らないけど、
軽音部なんて身の程も知らないで、
そういうことやりたがったり、
言いたがるお前みたいな奴しかいねーよ。」
と言いたい気持ちをぐっとこられながら、
「どうなんだろうね。」
と笑って答えるのが精一杯だった。

「軽音部入って学祭ではしゃぐだけなんて死んでも嫌だし。」

「じゃあバンド組んでライブハウスでやったら?」

「名古屋ってライブハウスあんまなくないですか?」

「そうかな?どこのこと言ってるの?」

「クアトロとかダイヤモンドホールとか。」

「ハックフィン、ロックンロール、アポロシアター(現アポロベース)、タイトロープ、KDハポン、トクゾー、トーラス、探せばいくらでもあるよ。」

「そういうのもライブハウスって言うんですね。」

正直そろそろ限界だった。

「学祭ではしゃぐなんて嫌かも知れないけど、
何もやってない人よりはそういう人の方がマシなんじゃないの?」

「同じこと、
ドラムスクールの先生にも言われました。
「お前はそれ以下だ。」って。
ははは。」

「はは、俺もそう思うよ。」

「村上さん、
音楽詳しいし、ライブハウスも詳しくて、
楽器とかやってないんですか?」

「ギターは一応弾けるかな。」

「たまにやりたくなりませんか?」

「何を?」

「バンドを。」

ここまで自分のバンドの話はするつもりはなかった。
まだ明日、照らすは
『素晴らしい日々』を出す半年くらい前のことなので、
インターネットのMY SPACEくらいでしか
聴ける環境はなかったが、
こういうタイプは探してても絶対に聴くだろうと思ったので嫌だった。
こういうタイプの人間に
音源を聴かれたりして、
評価されるのはたまったもんじゃない。
ただ言うならここだろうなと思った。
一瞬迷ったけどやっぱり言うことにした。
ただ一バンドマンとして
黙って聞いていられなかったし、
もうあとはどうでもよかった。

「やってるよ、俺、バンド。
明日もライブで東京行くから
バイト休むから。
てか中野くん、
そろそろ休憩行ってきなよ。」

中野くんが驚き過ぎて、
目を丸くしたままこっちを見ていた。

「えっ、まじっすか!
と、と、東京!?
え、村上さん、まじっすか?」

「まじだから。
とりあえず休憩行ってきなよ。
別に東京とかバンドやってたら普通だから。」

中野くんは何度か後ろを振り返り、
僕を見ながら事務所に上がっていった。
事務所でBOSSに会い、
僕の話を聞いたのか、
戻ってきてからは特に何も聞かれなかったし、
僕もそれからは
あまり一緒にレジにいないように心掛けたので、
その後、
バンドの話をしたことはなかった。
中野くんから
何度か話したそうにこっちを見ているだろう視線を感じたが、
目を合わさないように無視もした。
当然、
聞かれても答える気もなかったし、
中野くんと話していても
腹が立ってくるだけなので
これから先も話す気はなかった。
彼も僕が何も話さなくなったので、
どう思われたのか知らないが、
ほとんどお店で会っても話さなくなった。

あの時、
彼の話を聞きながら、
自分の大学生の頃を思い出していた。
僕が異常に腹立たしく思えたのは、
もしかすると
僕も彼と同じようなことを考えていたからかも知れない。
イキがっていて、
身の程知らずで、
周りを常にバカにしている。
ただ僕は見ず知らずの人にそんなことを言う勇気はなかったし、
その分別だけはあったと思いたい。
当時の僕と彼に言いたいのは、
他人を批判したからと言って、
自分の評価が上がるわけではないんだということ。
本人的には何となく優位に立ち、
一瞬上がったように
感じるかもしれないが、
それはただの思い込みで、
何も変わってはいない。
むしろ
他人からの評価は
「何もやりもしないで偉そうなことだけ言うなよ。」
と下がっていく。

ただ馴れ馴れしく仲良くすることが人を教えることではなかった。
少なくとも相手がどういう人間なのか分からない以上は、
仲良くしない方がいいこともある。
仕事と遊びの線引きができる人間かどうか、
そこの見極めができないうちは
仲良くしない方がいいのだろうし、
やる気のある子なら
見て、やって、聞いて、覚えられる。
丁寧に教えないことは、
ある意味、
やる気があるかどうかを見極める1つの篩(ふるい)でもあった。
この時、
初めてなぜ原店長が僕らに
必要以上に話しかけてこなかったのか
理由が分かった。
ここは仕事場であって、
馴れ合いの場ではない。
毎日一緒にいてダレてくることもあっただろうが、
あの態度はその意思表示だったんだと思う。
最後にあれほどまでに沢山話し出したのは、
自分が辞めることが分かっていたので、
緊張の糸も解けたんだろう。
あの時の会話の中に
今日をもっとうまくこなすヒントがあったのかも知れない。
彼の話をもっと真面目に聞いておけばよかった。

原店長が辞めた後でもまだ
彼のことを思い出していた。
辞めた後でも
原店長には敵わなかった。






| 泣くな、新栄 | 21:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』5.TEAM アダルトフロア
『泣くな、新栄』
5.TEAM アダルトフロア






原店長がトップウェーブ大須店を辞めたことに僕が気がついた頃には、
辞めてから2週間以上の時間が経っていた。
ある時から原店長の出張に行く回数が増え、
出張に行くたびに
最初は1日だけで行って帰ってきていたが、
それが2日になり、
4日になり、
日に日に徐々にお店にいない日が多くなっていった。
最初は
「新店舗の立ち上げかな?」
くらいに思っていたが、
さすがに2週間経っても戻ってこないのは
おかしいと思い始めた。

「ああ、原は辞めたよ。」
レジで入荷の処理をしながら、
「最近、原店長来ませんね。」
と隣にいたBOSSに聞くとあっさりとそう言われた。
理由を聞こうか迷ってると
「別れた嫁の再婚相手と娘がうまくいってねーんだとさ。
だから東京に帰りたいから会社を辞めるって言われてよ。
近くにいてあげたいんだとよ。
店がこれからって時にあいつは何考えてんだかな。」
と教えてくれた。
原店長が辞めた理由が
家族のことだったのは意外だった。
あとから聞いた話だが、
BOSSは原店長に
東京でBOSSがコンサルタントをしていたお店の権利を1店舗あげたらしい。
BOSSにはそういう面倒見のいい男気があった。

原店長が辞めてから、
代わりにBOSSが僕らのローテーションに加わり、
トップウェーブ大須店の新しいシフトができた。
僕はこの頃、
まだ名古屋駅のラーメン屋と掛け持ちで
アルバイトをしていて、
9時半から17時まではトップウェーブ大須店、
18時から24時までは名古屋駅のラーメン屋という生活を
ほぼ週5日で送り、
ライブや練習のない
土日は基本的にラーメン屋で働いていたが、
原店長が辞めたタイミングで
人手が足りなくなってきたので、
少しずつトップウェーブ大須店での時間を増やしていった。
ただラーメン屋で雇用保険も年金も払っていたので
ラーメン屋を辞められなかったが、
単純に生活の全てを
トップウェーブ大須店にはできなかった。
アダルトショップ店員に比重を置くのが嫌だった訳ではなく、
心のどこかでここでフルで働くのは危ない気がしていた。
「アダルトはどこまでいってもアダルトであって、
安定した仕事ではない。」
アダルトを舐めていたわけではなかったが、
働いている自分自身でも偏見はあった。

この頃のトップウェーブ大須店は
1階が一般DVDとイメージDVDのフロアで
アルバイトの女の子が2人いて、
2階から4階のアダルトのフロアは
アルバイトが2人とBOSSでまわしていたが、
僕が入った時はアルバイトは4人いた。
土日だけ出勤する大学生と
竹下さんという人がいて、
大学生は就職活動で何ヶ月かして
辞めてしまい、
竹下さんも原店長にしごかれて
その後にすぐ辞めてしまった。

竹下さんは一見真面目そうに見える
色の黒い30代の小柄な人だった。
元々ソフマップで働いていたらしいが、
トップウェーブ大須店の求人で
「店長候補募集」
という触れ込みを見て、
いつまでも販売員であることに嫌気がさし、
僕よりも少しだけ前にトップウェーブ大須店に入っていた。
竹下さんのことは好きになれなかった。
ミスもそれなりにあったのに、
年下の僕には偉そうだったし、
原店長がいない日は自分が店長になった気になったのか、
原店長でも普通に手伝ってくれた
レジも入荷もしないで事務所やフロアをウロウロしてるだけだった。
原店長が出張中に
他店舗の店長が応援に来てくれた時、
レジで僕に特価本の検品をさせてる間、
後ろで2人ずっと名古屋名物の話をしていて、
他店舗の店長がそれに気がつき、
「てかさっきから、
この子だけに仕事をやらせるのは可哀想じゃない?」
と言ってその店長は手伝ってくれた。
僕の隣に並び仕事を手伝う店長の後ろで
「別にやらせとけばいいですよ。」
と竹下さんが言ったことを今でも覚えている。
竹下さんは
そういうこずるいところのある人で、
さらにいつでもよくしゃべるので、
原店長にもよく怒られていた。
業務的な内容というよりかは、
「言い訳が長い。」とか
「話が長い。」とか
仕事には関係のない部分で、
一番覚えているのはレジで原店長に話し掛け過ぎて、
「お前さっきから沈黙が気まずいのか、
すげー話し掛けてくるけど、
俺気にならないからちょっと黙っててくれない?」
と言われていて、
「これを人に言わせたら終わりだよな。」
と隣で聞きながら思っていた。
僕はアルバイトだったが、
トップウェーブ大須店でも
名古屋駅のラーメン屋でも
お客さんがいる前では
必要最低限以外は話さなかった。
お金を貰っている以上、
ここにおしゃべりをしに来ている訳ではないし、
1人でどこかのお店に行った際に
レジや厨房でベラベラ話している店員が嫌いだったので、
自分はそうなりたくないなと思っていた。
変なところだけはいつも気にしていた。

竹下さんもある日突然辞めた。
BOSSにだけしか伝えていなかったので、
最初は原店長さえも知らなかった。
原店長が竹下さんが辞めたことを知った
次の日、
僕に辞めたことを伝えながら
「あいつはいつも自分じゃなくて環境が悪いと思ってる。
絶対、
これから先も仕事を転々とするだけで、
何のものにもならない。
あんな奴な、
何やらしても失敗するぞ。
村上もそう思うだろ?」
とレジで本気で怒っていた。
僕も同じ気持ちだった。
多分、
竹下さんは原店長が自分にだけ厳しいと思っていた。
ただそれは「店長候補」として接していただけで、
別に意地悪をしているわけではなかった。
そもそもソフマップであろうが、
どこであろうが、
やる気があれば店長にはなれたと思う。
単純に竹下さんは僕よりもアダルトの仕事に
仕事として偏見を持っていた。
アダルトならソフマップより
早くそして楽に店長になれると思っていた。
きっと原店長もそれが分かっていて、
根気よくまずはその根性を叩き直すところから
店長候補に育てる決意があったからこそ、
勝手に辞めた時に
僕に本気で怒っていたんだと思う。

原店長が辞めた後、
しばらくの間は
僕と早佐乙(はやさこ)さんの2人だけしかアルバイトがいなかった。
早佐乙さんはおそらく当時40歳くらいの人で、
白髪の多い薄めの髪の毛がいつも油で濡れていて、
口周りにちょっとだけ産毛のようなヒゲが生やし、
いつも同じネルシャツを着ていた
小柄な太めのおじさんだった。
大須のまんだらけ辺りを普段歩いている
アニメが好きそうなおじさんだと思ってもらうと
話が早いのかもしれない。
彼もまた口数も少ない人だったが、
多分、
僕に合わせて余計口数が減ったこともあったと思う。
トップウェーブ大須店に入ってしばらくした日、
ツーショットカード(出会い系)の商品の説明をしてくれたことがあって、
「でもね、
これは大体サクラが多いんだよね。
ふふふ。
あっ、でも言っちゃダメだよ。」
と冗談を言ってくれたことがあった。
それに対して
このお店の誰とも仲良くなりたいと思っていなかった僕は
「何が面白いの?」
という顔をしながら、
「はい。」
とだけしか答えず、
少しだけ気まずい空気が流れ、
それ以来よっぽどのことがない限り話し掛けられなくなった。
2年半でトータル30分も話したことはないと思う。
また早佐乙さんについて
これよりも申し訳なく思っていることは、
アルバイトを始めて1年ほど過ぎた頃、
僕がBOSSに気に入られたことで勘違いをして、
結局あまり真面目に仕事をしなくなった時、
ビーワンの棚卸しや品出しを
早佐乙さんにやらして、
僕はレジで比較的楽な検品だけをしていたことがあって、
年下が率先してやらなければならないことを
ただ無言の圧力で
真面目で責任もある早佐乙さんにやらせていた。
何もやらなかった竹下さんよりはマシだったとは思っているが、
今思うとどっちもどっちだと思う。
これについてはいつか手をついて、
正式に謝罪がしたいと今でも思っている。

そんなBOSSを含めたアダルトフロア3人体制でのトップウェーブ大須店で、
新しく人を雇うことになった。
BOSSも他の店舗のコンサルタントも兼ねていたので、
一日中お店にいるわけにはいかず、
僕も夜や土日に入れないことがあったので、
「夜だけでもいいから。」と
新しい子を雇うことになった。
そうやってきたのが中野くんだった。





| 泣くな、新栄 | 21:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』4.原店長
『泣くな、新栄』4.原店長




トップウェーブ大須店でアルバイトをするようになって半年が過ぎたところでも、
原店長には毎日怒られるか注意をされていた。
立場的に言い返すことももちろんなかったが、
単純に言い返すことができないくらい
彼の話は的を得ていたし、
ほとんど彼自身の人為的なミスはなく、
問題が起こるとなると大体アルバイトのミスだった。
全てのことにおいて100パーセント完璧で、
なんならいつもその少し先のことまでやってあった。
もちろん心を入れ替えてからは
アダルトの仕事を舐めている訳ではなかったが、
「こんな仕事をやるために
こんなところにいるような人じゃない。」
と原店長のことを心のどこかで思っていた。
それにBOSSと原店長の関係も不思議だ。
BOSSは東北弁の感じからして東北の人だろうし、
原店長は
「名古屋なんか東京に比べると何にもねーなー。」
とよく僕に話すくらいだから東京の人で間違いはないだろう。
あの2人は年齢も10歳は違うだろうし、
なんでこの2人が名古屋にいて、
アダルトビデオショップをやっているんだろうか
といつも疑問ではあった。

そんなある日のこと。
レジで野狐禅のツアーTシャツを着た僕の後ろに立っていた
原店長が
Tシャツの背中にプリントしてあった
野狐禅のツアー日程を覗き込んで、
「えっ、
コンサートってこんなにやるもんなのか?」
と聞いてきた。

「まあこのグループは他より多いですけど、
アルバム出したら10から20くらいの各地を回るのは割と普通ですね。」

「お前は?」

「まだアルバム出してないんで、
そこまでは回ったことないですけど、
出たら回るんじゃないですかね?」

「出たら回るんじゃないですかねってさ、
なんだよ、その他人事みたいな話し方。
お前はどうなりたいんだよ。
プロになりたいんじゃねぇのか?」

原店長が僕の顔を見ながら真顔で聞いてきた。
原店長は僕が普段バンドをやっていることは知っていたが、
その話はほとんどしなかったし、
お互いにプライベートな話題は
特に口に出す事がなかった。
いきなり予想もしていなかった質問を突きつけられ、
あまりに突然過ぎて面食らい、
最初はなんと答えたらいいのか分からなかった。

「うーん、
そこについてはあんまり深く考えてないですね。
知り合いでメジャーデビューしている人もいますけど、
アルバム毎に2.30曲も作ってその中から10曲だけ選ばれてまた作ってとか、
やれる気がしないんですよね。」

「なんだよ、それ?」

「いや、まあ、でも…」

「あのな、
俺は楽器弾けないし、
歌も歌えないから可能性はゼロだよ。
でもな、
村上は楽器が弾けて歌も歌えるんだから、
可能性はあるだろ?
なんでそこに賭けようとしないんだよ。」

再び熱く話し出した原店長を見て、
「こんな人だったっけ?」
と思った。
ただ原店長と音楽について話すのは
言ったら言ったで
また何か言い返されそうで、
「そうですね。」
としか言えなかった。
なぜかそこから数日間、
レジの中で2人でよく話した。
必要以上に原店長が僕に話しかけて来た。
ただ不思議と何を話していたのか、
ほとんど覚えていない。
バンドのこと、
僕の将来のこと、
僕の今までのこと、
様々な僕絡みの話題を話したことだけしか記憶に残っていない。
原店長のことは嫌いではなかったが、
正直好きではなかったので、
興味がなかったのかもしれない。
何よりも
いつも僕の過去や今までの話は批判されるのに
原店長自身の過去や今までの話は
一切話題には出なかったので、
「さっきから「お前は」「今の若いやつは」
って偉そうに言うけど、
原店長自身はどうだったんだよ。」
と変なひっかかりもあって、
話がまともに入って来なかった。
「俺はこんなところにいる人間じゃない。
お前とは違うんだ。」
そう本人が思っていたかどうか、
勝手な僕の妄想でもあったかも知れないが、
そんなことを思っているだろう態度や言い方、
会話の節々に出るプライドの高さが嫌だった。
数日間の間、
2人で話していると2.3回に一度は
さっきのような熱い話になり、
「どうせ話しても原店長には分からないよ。」
と思っていたので、
のらりくらりと違う話題に変わるように
適当に相槌を打って過ごした。

ある日、
原店長が他店舗の応援に出張へ行っていた日、
レジでBOSSと2人きりになった。
原店長はたまに出張に出掛けていて、
その都度、
代わりにBOSSがお店に来ていた。
まだこの頃はBOSSとは
原店長が不在の時にしか会わなかったが、
東北訛りが愛らしく、
顔ほど危ない人ではないことは
何となく分かってきていたので、
最初ほど話すことに身構えなくなっていた。
ただそれでも
半年間はずっと彼を『BOSS』と呼ぶことに抵抗はあった。
目上の人に向かって、
BOSSと言うのもどうかなと思っていたし、
単純にいい歳して
オーナーを「BOSS」と呼ぶのが気恥ずかしかった。
でも
従業員も取引先も
なぜか商店街の人たちまで
「BOSS、BOSS。」
と呼んでいて僕も呼ばざるを得なくなり、
知らない間に慣れていた。

「前から思っていたんですけど、
原店長とBOSSってどういう関係なんですか?」

「んぁ?」
首だけをこちらに向けて
サングラスの下から覗き込むようにギロリと僕を見ながら、
BOSSが聞き返してきた。
BOSS本人はただ普通に聞いているだけで、
これはいつもの癖ではあったが、
最後まで慣れることはなくいつでも怖かった。

「原店長は東京の人って前に言っていて、
BOSSは東北の方だと思っていたので、
どういう接点だったのかな、
と思いまして…。」
話しながら自分でも声が小さくなっていくのが分かる。

「お前は何にも知らねぇんだなぁ。」
BOSSは呆れたようにそう言うと
原店長のことと2人の出会いについて話し出した。

原店長は東京都葛飾区の生まれで、
高校を卒業後にアパレル関係の仕事で起業し、
20歳になる頃にはある程度の社員を抱える会社になっていた。
そして
20代前半で結婚、
子供も娘が1人生まれ、
公私共に順調に見えたが、
2000年に入り景気が悪くなり、
借金を残して会社が潰れ、
そのあと離婚をし、
奥さん側に引き取られた娘とは別居することになった。
それから数年は人材派遣に登録して
日雇いの仕事をして、
会社で残した借金と養育費を払っていたらしい。
BOSSが原店長と出会ったのは、
この人材派遣の仕事でだった。
BOSSが東京の店舗の改装の仕事で
人材派遣にアルバイトを頼んだ際、
派遣されてきた原店長の働きぶりを見て、
すぐに会社に引き抜いたらしく、
BOSS自身も
「こんなところにいるような奴じゃない。
多分、
ここに来るまでに何かあったんだろうな。」
と思ったほど、
人材派遣の仕事でも原店長は一際輝いていた。
またここで初めて、
BOSSが普段何をしているのかが分かった。
アダルトビデオショップの経営ではなく、
主な仕事は経営コンサルタントで、
潰れかけているお店の経営を立て直しに
全国を行脚していた。
今回はトップウェーブ大須店の本社から依頼があり、
僕がアルバイトで入る少し前に名古屋に原店長と2人で来たみたいで、
2人が名古屋に来てまだ1年も経っていなかった。
また原店長とBOSSは
大須の商店街の先にあるマンションで
2人暮らしをしていることも
この時教えてくれた。

「まだ会社の借金も子供の養育費もあるからか知らねぇけど、
初めて会った時、
「とにかく金がいるから働かしてくれ。」
って言われてな。
「休みなくてもいいか?」
って聞いたら、
「いらない。」
って言うもんだから、
名古屋に原を連れてきたんだ。」

そう言われて初めて気がついたが、
シフトで×になっていた日は
出張に出ていただけで、
原店長に休みは1日もなかった。

今まで疑問に思っていたことが一気に解決したが、
情報が多すぎて全てが一度に処理できない。
ただただ殴られるような衝撃を受ける話の数々だった。
「人には人の人生がある。」
もちろんそう思っていたので、
言葉の意味は理解できていた。
でも
それはテレビや小説の中の話であって、
身近に感じられるものではなかったし、
たとえ身近にあったとしても
知人、友人の話す人生は
想像が出来る範囲の出来事でしかなかった。
初めてあの言葉の本当の意味を痛感せざるを得ない
他人の人生を垣間見た瞬間。
起業、結婚、子供、倒産、離婚、借金。
原店長はそんな境遇でここにたどり着いたとは思ってもみなかった。
それに今の僕の歳の頃にはもう事業を興していて社員までいたなんて。
そういえばこの前、
歳を聞かれた時に
「お前の歳の頃なんてもっと仕事できたぞ、俺は。」
と言われたし、
「俺は夜遊びなんか20歳までにはある程度やってるよ。」
とも言っていた。
片や僕は今だにタイムカードに縛られて、
このレジの中でただ時間が過ぎるのを待ち、
バンドもやってんのかやってないのか
よく分からないスピードで
のらりくらり生きている。
お金も欲しいけど、
自分の生活だけのお金が手元にあれば、
あとは別にどちらでもよかった。
もちろん原店長と歳の差はあったが、
それを差し引いたところで
彼にいつまでも勝てる気がしない。
自分の人生に賭けて、
人生に期待をして生きてきて、
最後に味わった取り返しのつかないほどの大きな代償。
背負っているものがあまりにも違いすぎた。
だからこそ原店長の話す言葉には
ちゃんと筋の通った重みもあった。
「プロになりたいわけじゃない。」
その言葉に嘘はなかったが、
じゃあ何になりたいのかと言われても
答えられない以上は、
僕は一生このままなんだと思った。

「原店長は
俺はこんなところにいる人間じゃないって思っても仕方ないよ。
だって毎日会う人間が
こんなところにしかいれないような僕なんだもん。」

BOSSが午前中の入荷の仕事を終え、
事務所に戻っていき、
1人きりになったレジでふとそう思った。


次の日、
いつものようにお店に行くと
原店長が何事もなかったかのように
事務所の椅子に座っていた。
「昨日なんか変わったことなかったか?」
そう聞かれた時、
昨日BOSSから聞いた話を一瞬思い出したが、
「何にもありませんでした。」
と答え、
いつものようにレジで開店の準備に向かった。

そして
それからしばらくして、
トップウェーブ大須店で
初めて行われた
人気AV女優のサイン会の次の日、
原店長はお店を辞めた。






| 泣くな、新栄 | 21:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』3.アダルトビデオで学ぶ経済学
『泣くな、新栄』
3.アダルトビデオで学ぶ経済学




「お前、すごいじゃん。
なんで今日がアウトビジョンの新作入荷日だって分かったの?」


新作の品出しを終え、
レジに戻ってきた僕に原店長が聞いてきた。
どうも原店長は新作が届く前に
僕がアウトビジョンの返却処理をしていたことが
不思議だったらしい。
「…初めて褒められた。」
と内心はそう喜んでいたが、
すでにトップウェーブ大須店で
アルバイトを初めて半年くらいの時間が経っていた。

説明すると2週間に1回の割合で
アウトビジョンから新作が届くと
元々在庫のある商品に合わせてでは
棚に入りきらない為、
前回の新作分(準新作)のアウトビジョンの商品と
その他の旧作を先に返却しなければならなかった。
タイトル(作品や女優)の人気具合にもよるが
新作は1タイトルにつき20〜50本ほど入荷される為、
返却も棚に準新作を5〜10本残して、
返却分の本数をパソコンに入力し、
段ボールにそれを詰めて、
アウトビジョンに送り返した。
もちろん
準新作以外にも古くなったタイトルや
新しくても売れないタイトルも
お店の売り上げを考慮して、
その中に織り交ぜて返却しなければならない。
返却し過ぎると商品が足りなくなり、
返却しなさ過ぎると
過剰在庫を抱えることになるので、
かなり気を使うコツのいる作業だった。
これだけならまだいいが、
ビーワンや他の直取引の通常入荷に加えて、
アウトビジョンの新作入荷が来ると
レジを打ちながら
入荷と返却の処理をし、
さらに商品の品出しをしないとならない為、
通常でレジに2か3人しかいないトップウェーブ大須店では、
いつも新作入荷の日は原店長の機嫌も悪くなり、
店内の空気もあまり良くなかった。
その為、
機嫌の悪い原店長にいつも以上に怒られながら、
「せめて前もって新作の入荷日が分かれば、
先に返却処理して品出しだけの状態にしておけるのに。」
といつも思っていた。

「毎月アウトビジョンの新作リスト来てたじゃないですか?
最近、
気にして見てたんですけど、
発売日の前日に必ず新作が入ってくるんですよね。」

「へー。」

いちいち言うことでもないが、
誰がどう聞いても基本中の基本の話で、
どうして今まで誰も気がつかなかったんだろうか
逆に不思議だった。
僕はそのリストがあることを半年間知らなかっただけで、
見たらすぐに分かったと思う。
原店長は仕事は出来たが、
そういうことはなぜか全く知らなかった。

あの日から心を入れ直して、
とにかく一生懸命働いた。
言われたことはもちろん、
言われなかったことも勝手に考えてやったし、
それでも手が開けば
「何か仕事はありませんか?」
と原店長に聞いて自ら動くようにした。
その上、
自分の行動の中で自信がない時は
「これでいいですか?」
と原店長に確認も取るようにしたし、
その際もただ漠然と
「これでいいですか?」
と聞くだけではなく、
「こう思ったのでこうしました。」
とちゃんと理由を説明した上で
答え合わせもするようにも心掛けた。

「今辞めたらただの逃げ。
頭が使えない?
上等じゃねーかよ!
こんなバイトに不親切な店、
全部できるようになって、
「辞めないでくれ。」
って泣きつかれながら
辞めてやるよ!」

僕のたまに見せるムダに勝気な精神が幸いし、
「今に見てろよ。」
と誰も知らないところで日々情熱を燃やしていた。

この頃、
トップウェーブ大須店は
おそらく東海の業界で初のアウトビジョン人気メーカー作品を
定価1,000円引きでセール販売していた。
2,980円のDVDが1,980円になった為、
売り上げが今までの3倍くらいになり、
通常入荷と新作入荷を合わせて、
1日で1000本以上のDVDが入荷されることもあって、
入荷のある午前中はいつも信じられないくらい忙しかった。
ただこの販売方法は
アウトビジョンに提案されたわけではなく、
トップウェーブ大須店の独自の判断で行った為、
単純に主力商品の利益が通常の店舗の半分以下になり、
これでお店がやっていけるのか
いつも疑問に思っていた。

ある日、
レジで原店長と2人きりになり、
手が空いていた時に
「こんな売り方で儲かるんですか?」
となんとなく聞いてみると
原店長は小さく鼻で笑い、
「お前はさ、
そんなことも分かんないんだな。」
と文句を言いながら話し出した。

「アダルトってのはな、
オンリーワンの商品なんだよ。
どんなに高くたって、
安くたって自分が欲しいものだけを買うから。
だってこのセール始めて、
別にアウトビジョン以外の
ビーワンとか直取引の売り上げが下がった訳じゃないし、
1本1万円近いマニアックなDVDも
たまに売れてんだろ?
結局、
安くてもいらないもんはいらないからな。
だけど
欲しいものを買って、
安かったらアウトビジョンのDVDも買ってみようと思うし、
アウトビジョンのDVDが欲しかったやつも
安かったらついでに何本か買っていく。
確かに1本の利益は減るけど、
何本か買ってくれたら今までと利益はとんとんくらいになる。
こういうのはリピーターも増えるから、
顧客も掴めるんだよ。
そんなもん、ちょっと考えたら分かんべ?」

説明はここで終わり、
いつもの「ちょっと考えたら分かんべ。」が出たので、
僕もこれ以上は聞けなかった。
確かにこのセールが始まった時、
「アウトビジョン以外は売れなくなる。」
と思っていたが、
アウトビジョンと同じくらい他の商品も売れていた。
単純にお客さんが増えたことへ比例して、
客単価も上がっていったんだと思う。

少し前にテレビを見ていて、
激安量販店の特集をやっていた際に
『スルー』という言葉が使われていた。
『スルー』とは原価で商品を販売することを指し、
1つの商品の利益を捨てて
とにかく顧客を呼ぶ考え方らしい。
確かに利益を上げることを目的としている
小売店としては矛盾しているが、
お客さんを増やし、
全体の利益を上げるためには理にかなっている。
トップウェーブ大須店も1本単位の利益を捨てたことにより、
全体の利益は確実に上がった。
ただ今振り返ると
このセールの目的はおそらくもう1つあった気がする。
アウトビジョンの売り上げを上げることで、
アウトビジョンからの取引先としての
顧客のレベルを上げたかったじゃないかと思う。
結局、
どんなにお店の感じが良かったり、
お店が大きくても
ある程度の売り上げの数字がなければ、
取引先としての顧客レベルは変わらない。
顧客レベルがある程度高くないと
お店に旨味のあるサイン会の話もないし、
販促の素材やお店の売りにもなる
女優さんもお店の挨拶まわりに来てくれない。
この結果は顕著に出て、
僕が入ってから半年の間には
一度もなかったサイン会が
このセール開始後、
頻繁に開催されることになり、
有名無名問わず多くの女優さんが
アウトビジョンの営業に連れられて、
お店に挨拶まわりに来てくれる様にもなった。
売り上げ成績も
愛知県内のアウトビジョン取引先ランキングで5位以内に入った。
その影響もあってか、
他のビーワンや直取引も週末になると
負けじとお店に来てくれた。
僕が入った頃からは想像すらできないようなスピードで、
トップウェーブ大須店は盛り上がり出していた。
全てが順風満帆だった。
「ほんとにやり方次第でお店ってどうとでもなるんだな。
今までと違う結果を求めるには、
今までと違うやり方をしなきゃいけないんだ。
しかしただ値段下げただけで、
お店が持ち直すなんて
意外と世の中ってチョロいじゃん。」
日々忙しくなるレジの中で1人そう思っていた。

ただ
あの時はそこまで考えていなかったが、
このセールはいいことばかりではなかった。
こうやって売り上げが順調な時はいいが、
売り上げが下がった時、
セールにより利益が薄い為、
自分で自分の首を絞めることになり、
セールをやめ、
現状維持を狙ったところで
セールに慣れた元々の顧客は離れていくので、
また新しい展開を見つけなければいけない。
何よりも過去にあった大手牛丼チェーン店の値下げ競争がいい例だが、
この行為は業界全体の価格破壊を促し、
周りが同じように始めた場合は最悪、
業界自体の弱体化を招く。
そもそも売り上げがあったところで利益がないのであれば、
商売としては成立するはずがない。
ここで定価販売のアダルトビデオに
価格以外の付加価値が見いだせたらいいが、
アダルトビデオは所詮アダルトビデオ。
今でこそ特典で
女優さんの下着をつけたり、
大量の生写真を付けたして
付加価値を出しているが、
全く中身が同じなら安い方がいいに決まっている。
そのことを暫くしてから痛感することになった。
価格を下げることが一番手っ取り早く、
結果が分かりやすかっただけのことで、
正解だとは言えなかった。

「やり方次第でどうとでもなる。」
それは間違いではないと思う。
ただし、
「最低10年先までのやり方が見えているのであれば」
という隠れた部分に最も重要なことが含まれていたところにまでは
意外と世の中ってチョロいと思っていた
あの時の僕には分かるはずもなかった。






| 泣くな、新栄 | 21:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』2.学生の看板と社会の評価
『泣くな、新栄』
2.学生の看板と社会の評価




トップウェーブ大須店での初日の仕事は
ビーワンの棚卸しだった。
どこまで話していいのか分からないが、
トップウェーブ大須店でのメインの取引先(仕入れ先)を
大まかに分けると
アウトビジョン、
ビーワン、
その他の直取引(15〜6社)の3つに分かれた。
アウトビジョン、ビーワンは流通会社であり、
AVを作っている制作会社(メーカー)ではなく、
AVを作っている制作会社から
お店に商品を流通する仲介業者のことで、
S1、ムーディーズ、アイデアポケット、トップマーシャルなどの
名前が知れている大規模なAV作品は
基本的にそこから仕入れていた。
お店の商品の全体の6割くらいはこの2社から仕入れていて、
当時まだ今ほどの人気のなかったSODやプレステージなどの
細かいメーカーは直で仕入れていた。
中でも
アウトビジョンは膨大な数があったので、
アウトビジョンの営業が
直接お店に来て棚卸しをしてくれたが、
アウトビジョン以外は
毎月送られてる店舗の在庫のリストを見て、
お店の人間が1本1本手作業で棚卸しをしていた。
アウトビジョン以外の数が少ないとはいっても
ビーワンに関してはタイトル数(作品数)だけで、
5000作品はあったので
ビーワンの棚卸をするとなると
大体ほぼ半日は掛かりきりになる
かなり面倒な作業だった。
ただこの棚卸しでチェックのないDVDは
売れていようが売れてなかろうが、
ビーワンからはお店に売り上げとして請求が来るで、
ミスが許されない大切な作業になり、
1本でも売り上げに上がっていない
DVDのチェックがリストにないと
大の大人たちが血眼になって、
また半日掛けて棚を見てまわった。

「じゃ棚卸しやろうか。
これ、リストだから。」

レジに着くなり、
特に説明もなく原店長から
品番だけしか記載がないビーワンのリストを渡された。
今まで棚卸しの経験がなかったので、
やり方を聞くと
「はあ、お前棚卸しやったことねーの?
DVDのパッケージの横に
ビーワンってステッカー貼ってあるやつあるだろ?
それをこのリストの品番のとこにチェックしてけばいいの。
分かった?」
と面倒臭そうに言われ、
空気的にそれ以上は聞けずに
見よう見まねで棚を見に行った。
アルバイトを始めて、
半年くらいして棚の位置が分かり、
大体どこの辺りに
何が置いてあるのか分かるようになったが、
初日で棚卸しはかなり大変だった。
ビーワンの商品がかたまって置いてある棚もあったが、
基本的には棚毎に分かれている訳ではなく、
棚によっては
『マニアック』『女子高生』
とアウトビジョンもビーワンも直取引も
一括りにされて、
全部一緒に置いてある棚もあり、
どれがビーワンなのかを見分けるだけでも
まずかなり時間が掛かった。
またリストに書いてあるのは作品名ではなく、
品番だけなので余計に見分けにくい。
詳しい説明もなかったので、
この作業が何なのか
あの時はよく分からなかったが、
指先を真っ黒にしながら、
アダルトビデオを1本1本手に取り、
パッケージに貼ってある
ビーワンのステッカーと品番を確認しながら
リストにレ点でチェックを入れた。

ようやく全部の棚を見終えた頃には、
夕方近くになっていた。
両手が埃とシャーペンの芯で真っ黒になっていたので、
トイレで手を洗いに行った後で、
原店長のところに先ほど終えたばかりのビーワンのリストを持って行った。
「おう、遅かったな。」
レジで立っていた原店長にリストを渡すと
そう言われた。
褒められるとまでは思っていなかったが、
第一声で「お疲れ様」くらいは言われると思っていた。
差し出したリストを一瞬見て、
原店長の顔色が曇った。

「お前、これ、ほんとに見たのか?」

「見ました。」
手を洗ったので指先がキレイになっていたので、
疑われているのかと思った。

「絶対だな?」

「…はい、いや、多分です。」

「仕事に「多分」なんかねーよ。」

そう呟くと同時に
原店長はリストを持ってレジから出て行き、
棚を見回り出した。

5分後、
数本のDVDを持った原店長がレジに帰ってきた。
「これ、無かったんだよな?
これも、これとこれも。」
目の前に置いてあったのは、
僕のリストから抜けていたビーワンのDVDだった。

「お前、見たって言ったよな?」

「すいません。」

「お前には大事な仕事は任せられないな。」

「すいません。」

「あとやっとくから今日は帰っていいよ。」

「す、すいませんでした。」


「初日だからしょうがないよね。」
とは一言も言われなかった。
ただ初日の僕の評価は
「大事なことが任せられない奴」
それだけのことだった。

次の日の仕事は特価本の値付けだった。
トップウェーブ大須店では
特価本のコーナーがあり、
1.2年前の少し古い成人誌が本社からたまに送られてきて、
それを半額の値段で商品として置いていた。
「今更こんな微妙な時期のエロ本、
誰が買うんだろうか?」
と疑問に思っていたが、
年配の方を中心に思いの外よく売れた。
朝から原店長に指示され、
特価本のコーナーの横で
段ボールを商品が傷つかないように
丁寧にカッターで開け、
成人本一冊一冊をビニール袋に包み直し、
裏の価格を見て、
ラベラーで半額表示の値段を貼っていた。
「お前、ラベラー使えるんだな。」
最初は不安だったのか
原店長が後ろから見ていたが
何冊か終わった頃にそう言って、
レジまで帰って行った。
古本屋でアルバイトをしていた経験があったので、
ラベラーの使い方は慣れていた。
初めて褒められた気がして、
昨日の事を取り返そうと昨日以上に頑張って作業を進めた。

数十個の段ボールいっぱいに
成人本が入っていたのでまた半日掛かり、
棚に入りきらない分が残ったので、
原店長に報告に行くと
「他店舗に送るから段ボールに詰めてといて。」
と言われた。
「お疲れ様くらい言ってくれてもいいのにな。」
そう思いながら、
また特価本のコーナーに戻り、
成人本を詰めた段ボールにガムテープを貼ろうとすると
レジからついてきた原店長が後ろから僕の手を掴んだ。

「お前、このまま貼るつもりか?」

「え?」

「開ける時、
カッターで切っただけだから、
最初のガムテープが残ってんだろ?
ガムテープが貼ってあるとこに
上からガムテープ貼ったって強度が弱いじゃん。
布テープならまだしもな。
一回、
元からついてるガムテープ剥がしてから貼らなきゃダメじゃん。」

「えっ、すいません。」

「ちょっと考えりゃ分んだろ?」

「すいませんでした。」

3日目、また原店長に怒られた。
というかそれからほぼ毎日怒られていた。
レジの打ち方が悪い、
入荷の処理が遅い、
そんなことだったと思う。
他店はどうか分からないが、
あれほどまでに楽そうに見えたレジ打ちでさえ、
僕はまともにできなかった。
ただお会計をするだけかと思っていたが、
レジを打ちながら、
そのままその商品の発注もしなくてはならず、
またアウトビジョンやビーワン、
直取引と全てその処理が異なったため、
たかだか1本のDVDのお会計で
僕の場合5分くらい時間が掛かっていた。
ただ正直、
「最初だからミスはあって当然。
たかだかアダルトだし、
やっていけばなんとなくで出来るだろう。」
とそれくらいに思っていた節はあったので、
言われた説明を聞いて書いたメモも
原店長にメモを取ってる姿を見せるためだけで
適当に書いてるので
後から読んでも分からないものもあり、
そのために何回も同じことを聞いたりしていた。
一週間くらい経ったある日、
また原店長に
レジの打ち方で怒られたタイミングで、
ここ数日で感じていた僕への不満を一気に話し出した。

「数日見てて思ったけどさ、
お前仕事舐めてんだろ?」

「舐めてません。」

「仕事っつうのは頭使うか、
体使うしかないんだよ。
お前は頭使えないんだから、
体使うしかないだろ?
もっと必死でやれよ。」

「…。」

「分かった。
お前、アダルト舐めてんだろ?」

「いや、そんなことはないです。」

「まあ舐めててもいいわ。
舐めててもいいけど、
仕事を舐めるってことはその仕事が完璧に出来るってことなんだからな。
他の仕事よりアダルトが下(した)なんて思うなよ。
職種や業務内容でハナから仕事を舐めて掛かるやつなんかただのバカだぞ。」

「…。」

「もういいわ。早いけど上がれよ。」

「…。すいません。でも…まだ…。」

「いても邪魔だから早く上がれって。」

「すいませんでした。」

全部図星だった。
図星過ぎて何も言えなかった。

あの夜、
布団に入りながらぼんやりと考えごとをしてた。
いくら寝ようと思ってもなかなか眠れなかった。
「お前には大事なことは任せられないな。」
「ちょっと考えりゃ分んだろ?」
「お前は頭使えないんだから体使うしかないだろ?」
その言葉がいつまでも
頭の中をぐるぐると回っていた。
思っていたのと違う。
こんなはずじゃなかった。
学生時代、
どのアルバイトでも割と歓迎されていたし、
店長や社員からいつも頼りにされていた。
自分にその自負もあった。
だから
自分は出来る人間だと思っていた。
でもあれはただ
「学生の割には」
という学生の肩書きがあったからであって、
本当は別に出来る人間でもなんでもなかったのか。

「俺は結局、ダメな人間なんだな。」

この数日で
自分でも薄々分かってきていたが、
頑張らなくてもいい仕事なんてこの世の中にはなかった。




| 泣くな、新栄 | 21:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』1.トップウェーブ大須店
『泣くな、新栄』
1.トップウェーブ大須店



「あんまり頑張らなくていい環境で働きたい。」

2007年3月で大学を卒業してから3ヶ月経ち、
6月になった頃、
漠然とそう思い出していた。
大学3年生から働いていた名古屋駅のラーメン屋では、
自分で言うのもなんだが結構真面目に働いていた。
厨房、ホール、仕込み、外に出てお客さんの呼び込みと
ある程度全てをこなせる様になっていたし、
時給は高かったが
さすがに汗だくになりながら、
ほぼ毎日11時から23時まで
一日中ラーメンを何100杯も作っていると
20代前半とはいえ
日々の体の疲れも半端じゃなかった。
あの時、
よく栄養ドリンクを1日2本飲んでいて、
夕方の疲れがピークに達すると1本飲み、
寝る前のギリギリに
次の日に疲れが持ち越さない様に1本飲んでいた。
寝る前に栄養ドリンクを飲むと
寝ている間に栄養が身体中に行き渡り、
上手くいけばかなり次の日が楽になるが、
実際は結構な賭けで、
眠りにつく前に栄養ドリンクが効いてくると
逆に目が冴えて、
全く眠れなくなり、
次の日の体調は最悪で迎えることになる。
「別にバイトなんかいくらでもあるんだから。
そこまでして働きたくない。」
日に日にそう思うようになっていた。

そんなことをぼんやりと考えていた時に
ラーメン屋の休憩中に更衣室で
アダルトビデオショップのバイトを思いついた。
いつもAVを買いに行くと
全く覇気のない店員が
聞き取れないくらいの声で接客をしてくれる。
あんなの頑張って働いているわけが無い。
しかも
元々AVは好きだし、
サイン会もやるような店舗だったら、
趣味で通っていたサイン会の裏方に回れるし、
何で今まで思いつかなかったのか不思議なくらいの名案だと思った。

早速、
次の日から思いついた
アダルトビデオショップを転々と探し出した。
住んでいた新栄のアパートにパソコンがなかったので、
直接お店に行って求人を出していないか、
わざわざ自分で確認しに行った。
条件は大型の店舗で、
やる気がなく、
また覇気もないお店。
普通の仕事で考えたらあり得ないが、
アダルトビデオショップは
逆にそんなお店しかなかった。
そんな中、
一際輝いていたのがトップウェーブ大須店だった。
店舗自体は1階から4階までの
東海の業界では
超大型店舗のくせに店員は2人だけだし、
お店に入った時、
「いらっしゃいませ。」
が聞き取れなかった。
求人を出していないかと
店内をぐるぐるとまわると
3階のDVDの棚と棚の間に
『アルバイト募集』の貼り紙を見つけた。
宝探しのように貼り紙を隅の隅に出すなんて、
求人すらやる気がない。
「か、完璧だ!」
番号を控え、
一旦お店の外に出てその場で電話を掛けた。

「もしもし、すいません。」

「はい?」

「アルバイト募集の貼り紙を見たんですが?」

「アルバイト?」
受話器越しに不思議そうに聞き返された。

とりあえず店長に変わりますと保留になり、
店長さんらしき人に電話が代わる。

「はい?」

「あの、アルバイト募集の張り紙を見て電話したんですが。」

「アルバイト?」
店長に代われば話も早いと思ってたが、
店長さえもアルバイトという言葉を
生まれて初めて聞いたかのようなリアクションだった。
少しだけ考えるような間が空いて、
店長が話し出した。

「あー、まあ、とりあえず、
履歴書持って来れますか?」

「分かりました。」

その場で日時を決めて、
後日面接を受ける事になった。

履歴書を持って指定された日にお店に行くと
レジにいたアルバイトが事務所に内線を掛け、
アルバイト募集の時に
電話で話していた店長が面倒くさそうに
上の階段から降りてきた。
『店長・原』
首からそう書かれたネームプレートを付けていたので、
その時初めてトップウェーブ大須店の店長の名前を知った。
原店長は中肉中背の40代半ば、
髪を茶色に染め、
真っ黒なTシャツに
よく大型量販店で見るような
エドウィンかリーヴァイスの濃いめのジーパンを履いてはいたが、
どことなく
「昔、ちょっとチャラかったのかな?」
と思うような風貌の男性だった。

「じゃあ上で。」
自己紹介もなく、
無言のまま、
2人で階段を上がり、
4階の事務所の隣にある
プレハブで仕切られた応接室に通された。

原店長に履歴書を渡すと
ざっと眺めながら
「なんでさ、
アダルトで働きたいの?
しかもまたうちで?」
と履歴書から目線を上げずに聞いてきた。
「頑張らなくてもいいアダルトビデオショップで、
しかも名古屋で一番頑張ってないお店だったからです。」
とは当然言えず、
AVが好きでたまにサイン会に通っていること、
そんなサイン会の裏方に回れたら楽しそうだと思ったことを伝えると
履歴書から目線を上げこっちを見て、
「AVが好きねー。」
とバカにしたように鼻で笑って呟いた。

「たださ、俺じゃ決めらんねーから。
一回オーナーに話して、
また連絡するわ。」

「はい。」

時間にして約5分の面接。

「多分、落ちたな。」
帰り道でそう思った。
いつから来れるのか、
週何日で何時間入れるかも聞かれなかった。
オーナーに話して連絡するは、
ただの断り文句だろう。
大体、
さすがにアダルトビデオショップで働きたい理由が、
「AVが好き」はヤバ過ぎる。
タワーレコードの面接で「音楽が好き」とは訳が違う。
ちなみにあとになって分かったことだが、
あの『アルバイト募集』の張り紙は
ただ剥がし忘れていただけで、
当時アルバイトの募集をしていなかったらしい。
原店長の休みがなかったので、
もう1人くらいいてもいいかなと思い、
オーナーに相談する前に
原店長が勝手な判断で決めたことみたいだった。
なるほど、
通りであんな一番目立たない場所に
1枚だけしか求人広告が貼ってない訳だし、
2回も「アルバイト?」と聞き直された訳だ。
今となっては雇ってくれた事を感謝しているが、
二次面接でオーナーのBOSSに初めて会った時は
後悔しかなかった。

「トップウェーブの原です。
オーナーが明後日来るので、
二次面接に来て下さい。」
面接を受けてから2日くらいして、
ラーメン屋の休憩中にケータイを確認すると
原店長から留守電が入っていた。
「アダルトビデオショップの二次面接なんか聞いたことねーよ。」
そう思いながら、
電話を折り返し、
時間を決めて後日またお店に行った。

当日、
とりあえずお店のレジに行くと
原店長が立っていた後ろにもう1人男の人が立っていた。
「おはようございます。」
そう挨拶をしながらその男の姿を見た瞬間、
一瞬自分の目を疑った。
背は僕よりも高く
ゆうに100キロはあるだろう体格に
色の薄い茶色のサングラスを掛け、
白髪まじりのパンチパーマを
軽くリーゼント風にした髪型の安岡力也と同じシルエットの大男が
腕組みをしてこちらをジロリと見ながら立っている。
胸に下げているネームプレートを見ると
『BOSS RIKIYA』と書いてあり、
「こんな偶然ってあるのか?
絶対、悪い業界の人じゃん!」
と背筋が凍りついたまま思った。
今すぐ帰りたい。
でも
帰ったら連絡先も住所もバレてるから、
のちのち殺される。
「俺はとんでもない世界に足を踏み入れようとしている。
結局、アダルトは裏社会なんだ。」
そう思っていると
原店長に
「また応接室でやっから。」
と言われ、
3人で無言のまま階段を登っていった。
この前よりも事務所までの距離が長く感じた。

応接室に座るなり、
「おめぇ、履歴書見たけっど、
「バンド活動がある為、
基本的に平日勤務希望」ってなんだっぺ?」
とBOSSが聞いてきた。
思いの外、
東北訛りのキツイ話し方で
ちょっとだけ愛嬌があるなと思ったが、
サングラスを少し下に下げ、
上目遣いでこっちを見ている姿が
あまりにも怖くて泣きそうだった。
「出れる日もあるんですが、
メンバーに大学院生がいて、
バンドのライブと練習が土日が多くて
休みがちになるので、
休みにして頂けたらと…。」
と伝えると
「おめぇ、
一番忙しい土日に入れねぇなんてどういうことだっぺ!」
と声を荒げながら言われた。
聞かれたことの説明をしただけで、
いきなり怒られた。
ただこれにより
「落ちた!」
と内心ホッとしていたが、
「ただな、
今うちで大学生が1人いて、
そいつは逆に土日しか入れねぇから、
お前は平日入れ。
来週から来れっか?」
と言われ耳を疑う。
嘘だろ。
そんな偶然ってあるの。
ラーメン屋のバイトもあることを話し、
シフトを確認してすぐ連絡します
と伝えてからお店を後にした。

アパートに帰り、
部屋で1人今後のことを考えた。
ここでバイトしたら、
とんでもない目にあうことになるかもしれない。
というかAVに出ることになる可能性もある。
どうしよう。
考えれば考えるほど、
親の顔が頭に浮かんできた。
「俺がAVに出たらお袋は泣くだろうな。」
とたかだかアダルトビデオショップの面接を受けただけで、
話が飛躍して心境は新人としてデビューするAV女優と一緒になっていた。

しかし結局、働くことにした。
最終的に好奇心が勝った。
普通に考えてAVに出ることはないだろうし、
今まで体験できなかった
色んな体験が出来るんじゃないかと思うと
ちょっとだけワクワクしてきた。
今でもそうだが、
2択で迷うと後先考えずに
とりあえず面白そうな方を選ぶようにしている。
それについては今もあんまり変わっていない。

初出勤日。
ビルの裏口から事務所に入ると
原店長が待っていた。

「お前、ほんとに来たな。」

ニヤリと笑いながら、
僕にタイムカードと
『村上』と書かれたネームプレートを渡してきた。
多分、
BOSSの風貌を見て来なかった人もいたんだと思う。

「エプロンはそこにあるやつ、
適当に使って。」

「はい。
今日からよろしくお願いします。」

こうやって僕のトップウェーブ大須店での生活が始まった。






| 泣くな、新栄 | 21:00 | comments(4) | trackbacks(0) |
『泣くな、新栄』はじめに










『泣くな、新栄』

【目次】

はじめに
1.トップウェーブ大須店
2.学生の看板と社会の評価
3.アダルトビデオで学ぶ経済学
4.原店長
5.TEAM アダルトフロア
6.中野くん
7.BOSSと僕
8.サイン会について
9.エロチンドン屋
10.『素晴らしい日々』前後の話
11.ダメ人間
12.エメラルドマウンテンの味
13.無題
14.それから
あとがき




□□□□□□□□□□□□□□□□



「ううん、全然分かんない」とジェス。
「ジェンのことがお前に起こらなかったら、
それに、それに他のいろんなことが起きなかったら……」
「チャズとかそうゆうこと?」
「そのとおり。そういう重大な出来事だ。
そしたらお前はどんな人間だ?」
「あたしは別の誰かになってる」
「そのとおり」
「それってマジ最高じゃん」
そこで俺らの願いごとゲームはおしまいにした。

ーーーーニック・ホーンビィ『ア・ロング・ウェイ・ダウン』



□□□□□□□□□□□□□□□□




今更だけどあの時のことを書こうと思う。
大学を卒業してから、
22歳から24歳までの2年3ヶ月だけ働いていた
トップウェーブ大須店での話。
フリーターから契約社員になり、
店長代理になった頃にお店が潰れた。
時間軸にして
2007年から2009年くらいの
まだLINEもtwitterも
テレビがデジタル放送にも対応していない世界の出来事で、
明日、照らすが『素晴らしい日々』を出す前後の話。
今思うとたかだか2年ちょっとくらいの話だったなんて
信じられないくらい濃い時間だった。

トップウェーブ大須店とは、
愛知県名古屋市中区大須にあった
アダルトビデオショップのことで、
今ではもうお店はないけど、
店舗があったビルだけ残っている。
現在はあのビルに違うお店が入り、
アニメ系のショップとして営業していて、
久々に大須に行った時に
ビルにデカデカとアニメの女の子の垂れ幕が掛かっていたのを見て、
「やっぱり今はアニメなんだな。」
と時代の移り変わりをしみじみと思った。

あの時、
僕は新栄に住んでいて、
ほぼ毎日お店に立っていた。
休みはライブの日とバンドの練習の日だけ。
多くて月に25日くらいはお店にいたと思う。
労働時間は10時から22時までの12時間で、
休憩はその間に1時間半のみ。
労働基準法が存在しない
というか労働基準法という概念のない
無法地帯のお店だった。
でも気にしたことなんて一度もなかった。
契約社員なんてそんなもんだと思っていたし、
お店にいたらいた分お金が貰えるんだから不満もなかった。
そもそも基本的には
1日の大半がレジで立っているだけだったので、
不満があるはずもない。
これを読んでる人にどれくらいの労働経験があるか分からないが、
そんなことをいちいち気にしていたら、
就ける職業なんて家事見習いくらいしかないと思う。

今から始まる話は
確かにアダルトビデオショップで働いていた
僕の思い出話なんですが、
性的な話はほとんど出てきません。
そこはどっちでもいいし、
男女問わずいくつの子でも読める内容にしたいと思ってるから。
どちらかというと
ある男の子が初めて
学生という肩書きが外れて社会に出て、
アダルトビデオショップという特殊な環境の中で、
大人になるとはどういうことなのか、
大袈裟に言うと
生きるってなんなのか、
そんなことを漠然と考え、
ただ闇雲にもがいていた日々のお話です。
僕がより今の僕になる為の最後の仕上げみたいな時間と出来事の数々。
あの場所で僕は色んな事を学んだ。
それなのに
僕もきっといつか忘れてしまう。
だから
今更だけど忘れる前に書き留めておこうと思った。

読んで面白かったら、
SNSでも口コミでも広めて下さい。
せっかく書いたんだから。
それにもしかしたら
いつか辿り着いてあの時の人たちにまた会えるかもしれないし、
僕が忘れてる大切な思い出話を思い出させてくれるかもしれない。


予定では毎日21時頃の更新。
全部で14回くらいになると思う。
長いかな。
長いよね。
寝る前に、
通勤通学のお供に、
家事の合間に、
仕事の休憩に、
最後まで楽しんでもらえたら幸いです。





明日、照らす/さよならパリス
村上友哉
| 泣くな、新栄 | 19:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
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