硝子戸の中

フィクションダイアリー
STAY CRAZY/FOREVER LOVE 8『トレイシー・ローズ』
『トレイシー・ローズ』
先日、
さよならパリスMV『STAY/GOLD』を公開した際、
「あの着ているTシャツは全部私物なんですか?」
とよく聞かれた。
もちろん全てお互いの私物で、
2人合わせて120枚くらいのTシャツを
ひたすら5時間着ては脱いで、
着ては脱いでの撮影だった。
僕個人として
バンド以外のTシャツまで入れると
ちゃんとは数えたことはないが、
100枚以上のTシャツを優に持っていると思う。
バンドTシャツをはじめ、
映画、小説、漫画など種類は様々で、
趣味という趣味を
音楽、映画、お笑い鑑賞以外に持ち合わせていない僕だが、
ライフスタイルの一環として行ってきた
このTシャツのコレクションも
今となっては堂々と趣味と呼べる気がする。
昔からなぜか異常にTシャツが好きだった。
今ではちゃんと自分が着るものとして
ある程度選んでいるが、
大学生の頃までは
どちらかといえば
内容よりもインパクト重視で、
青空のように青いボディーに
『沖縄』と赤で書かれたTシャツや
背中に『キヤスイ』と書かれ、
フロントに鬼の絵のTシャツなど、
今では着れないような
何の意味もないメッセージTシャツをよく着ていた。
なぜなのかは今ではよく分からない。
当時の僕は個性を履き違えた
自己顕示欲の塊だったとしか言いようがない。
もしかすると
自分の中身や普段の生活が平凡な分、
外見を変えることで
自分自身の個性を主張しようとしていたのかも知れない。
いつも人と違えば違うだけかっこ良かった。
人と違えば、
おしゃれなんてどうでも良かった。
高校生の頃から
よくインターネットでTシャツを買っていた。
当時はTシャツを選ぶ基準も
バンドTシャツの場合、
「そのバンドが好きか?」よりも
「そのTシャツにインパクトがあるのか?」
が重要で、
知らないバンドでもTシャツにインパクトがあれば、
それだけで買ってみて、
後からバンドのCDを買うという
逆輸入的なことも良くしていた。
しかし12.3年前には
あまり僕が聴くような
海外のポップパンクバンドのTシャツやグッズを海外から輸入して
取り扱っているネットショップは本当に少なく、
覚えている限りでも
JUSTROCK STORE、
LAST BANDITS、
Hi!SOFT、
DRAG TRAINの4つくらいしかなかった。
JUSTROCK STOREは今ではもうないが、
他の3つは今だに
たまに覗いては買い物をしている。
高校生の頃は
送料を節約するために友達と合わせて買っていて、
注文はメールではなく電話でしていた記憶がある。
中でもDRAG TRAINが特に好きだった。
ある20%オフセールの時に
電話で注文した際、
「合計で割引して〇〇円になります。」
と女性の店員に言われ、
もちろんセールは知っていたが
あまりの嬉しさに
「割引、ありがとうございます。」
と思わず言うと
「いえいえ、
こちらこそありがとうございます。」
と笑いながら言い返された。
多分、
田舎者の高校生が
ちょっと背伸びをして電話をしている、
そう映ったのだろう。
彼女にはもちろん会った事もなかったが
にっこりと微笑みながら、
頷いている顔が目の前に見えるような笑い方だった。
もちろん
そんな人間味があるところも好きだったが、
1番DRAGTRAINが好きだった理由は、
定期的に送ってきてくれていたTシャツのカタログで、
カタログというと聞こえがいいが、
Tシャツのデザイン部分だけがアップになった写真を
1ページに約50枚載せ、
白黒のコピー用紙を束ねただけの
遠足のしおりのような6ページ程度のファンジン(自費制作小冊子)ではあったが、
この小冊子を夜な夜な
1人布団の中で読む時間が好きだった。
YOUTUBEやMYSPACEが流行る少し前の頃の話なので、
Tシャツは見れても音楽はすぐに聴けなかった。
でもただカタログを見つめながら、
「このバンドはどんな感じなのかなあ。」
とバンド名とTシャツのデザインしか知らない状態で
何となく想像を膨らませ、
そのTシャツを着て出歩く自分の姿を想像するだけで、
ただただ楽しかった。
DRAG TRAINは
他のサイトとは違って、
バンドTシャツ以外にも
海外の映画や著名人、シリアルキラー、
マリリン・マンソンの元ネタでもある
チャールズ・マンソンのTシャツまでも置いてあった。
ここで初めてシリアルキラーという言葉を知った。
エド・ゲインのような連続殺人鬼たちの総称。
海外では
なぜそんな人がいわば伝説的に評価され、
Tシャツまで作られるのかよく分からなかったが、
自分が狂ってる人間だと伝える手段なんだろうなと理解はできた。
きっと日本人にはない感覚だが、
あの時の僕がアメリカに産まれ、
インパクトを追求し過ぎた時、
これを買うんだろう。
DRAG TRAINでTシャツを通して、
自分が知らない世界が広がっていった。
あのカタログは
僕にとって最初のサブカルチャーの教科書でもあった。
そんなある日、
いつものように届いた
最新号のカタログを夜な夜な眺めていると
ひときわ目立つ金髪の女の子のTシャツが目に留まった。
体のサイズに合わないROTICAとプリントされたタンクトップ
下着姿の女の子が
挑発的な目をしてこちらを見ている。
Tシャツに一目惚れした。
エロとインパクト、
最強のコラボレーション。
カタログでTシャツの名前を見ると
『トレイシー・ローズ』
と書いてあり、
誰のことか全く分からなかったが、
シリアルキラーだったらさすがに着れないので、
すぐに彼女をインターネットで調べた。
トレイシー・ローズ。
世界で今もなお絶大的な人気を誇る
元ポルノクィーン。
彼女の人気をカルト的な立場まで持ち上げたのは、
童顔にハードな内容よりも
年齢を詐称してデビューした経緯で、
デビュー当時の彼女は15歳だった。
彼女の作品は見たことがないので、
イメージになるが、
デビュー作の写真を見る限り、
確かに童顔とはいえ
15歳とは思えないほどの色気と妖艶さがあった。
彼女がポルノ女優だと知って、
いつも一緒に買っていた友人に連絡を取り、
すぐにTシャツを購入することにした。
これが手元になければ
明日から何を着ていけばいいのか分からないほど、
このTシャツのことが頭から離れなかった。
「15歳でデビューしたポルノクィーン」
「今では家出少女のサポートをする施設をやっている」
いつもTシャツを買う上で
最低限の知識は仕入れていて、
トレイシー・ローズは
インターネットで見たこの2つの情報以外、
いまいち内容が頭に入ってこなかったが、
この2つがあれば
これが何のTシャツか人に聞かれた際に
立ち話程度の会話は乗り切れるだろうなと思ったので、
買ってもあんまり深くは考えなかった。
しかし
10代後半から20代前半は
このトレイシー・ローズTシャツを本当によく着た。
当時の僕に馴染みがある方だと
実際に着ている姿を見たことがある人もいると思う。
それから何年か経ち、
映画『クライベイビー』を観ていると
1人の女性に目が釘付けになった。
童顔に似合わないような
はれぼったい唇に真っ赤なルージュをひき、
革ジャンを着て、
赤いスカーフを巻き、
いつでも周りの男を挑発するような目つきの彼女。
名前を調べると
彼女がトレイシー・ローズだった。
Tシャツこそ着ていたが、
僕の興味は2つの情報だけで終わり、
実際に動いている彼女を見たことがなかった。
観終わった後、
彼女のことを前よりも深く調べた。
「本当にこの人があのトレイシー・ローズなのか?
こんな可愛い子がアダルトに出ていたのか? 」
そんな疑問が自分の中で消えず、
彼女が自身の半生を振り返った自伝
『トレイシー・ローズ 
15歳の少女がいかにして一夜のうちにポルノスターになったのか〜』
を出版していたことを知り、
読んでみることにした。
複雑な家庭環境と特殊な幼少期、
暴力を振るう父と
取っ替え引っ替え新しいボーイフレンドを作り、
そのボーイフレンドから
彼女が性的虐待を受けていたことを知らない母。
あの挑発的な目つきからは
想像もできないような
か弱い1人の少女が
母親に連れられるがままに
アメリカ中を転々と暮らし、
辛く痛々しい現実の中で
それでも前を見て生きていく姿は
あまりにも残酷で、
ただただ1ページめくるごとに
胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。
ポルノに彼女を斡旋したのは、
母親のボーイフレンドだった。
彼女は生きていくためにポルノに出るしかなかった。
15歳では受け止めきれないほどの現実の数々。
「なんで俺はこんなに平凡に生まれてきたのかなあ。
複雑な家庭環境にいた方が
何かを作る上で土台になって、
きっと個性的な人間になれたのになあ。」
自分に特殊した個性がないことをただ周りのせいにして、
外見だけを気にしていた過去の自分が
いかに愚かだったのか。
幼少期の不幸な体験は
ファッション感覚で着こなせるほど、
生易しいものではない。
年齢や時期を考慮し、
自分のタイミングを待って
内容を選んでくれるような
そんな生易しいものではない。
ただここに書かれているのは
こんな悲しい話ばかりではない。
この本の中で
僕自身が1番印象に残っているエピソードは
18歳でポルノを引退し、
彼女の本格的な女優デビュー作である
『クライベイビー』の撮影中、
宿泊していたホテルでのエピソード。
トレイシー・ローズの部屋には
ビデオデッキがなかったので、
役作り用の映画を見るために
ビデオデッキがある
主演のジョニー・デップが部屋を貸してくれた。
「監督と本読みがあるから
その間好きに使ってくれていい。」
と彼から合鍵を渡されて、
お礼を言うとエレベーターまで全力で走って行き、
エレベーターに乗るまで息すらできなかった。
部屋に戻り、
シャワーを浴びながら、
「彼はどうしてこんなに優しいんだろう?
みんなに優しいのかな?
付き合ってるガールフレンドって可愛いのかなあ。」
と考えていた。
シャワーを浴び、
ジョニー・デップの部屋に行き、
ベッドに座りながら、
役作り用の映画を見ていると
監督との本読みを終えた彼が部屋に帰ってきた。
さりげなく隣に座るジョニー・デップ。
映画に夢中になっているフリをしたけど、
隣に彼がいると思うと
ドキドキしてそれどころじゃなかった。
「新しい髪形、可愛いね。」
と髪に触ってヘアバンドを外し、
「下ろした方がもっと可愛いよ。」
と笑う彼。
映画が終わり、
お礼を言って走らないように部屋を出て行く。
「ジョニーの唇があんなに近くに!
てかほんとどうして私は
男の人といるとこんなに緊張するんだろう?」
部屋に戻り1人になって、
ドギマギしていたことが彼にばれてないか
想像するだけで顔が赤くなった。
このエピソードを読んで
結局、
女の子は女の子であって、
どんな仕事やどんな身なりをしていても
きっと中身は普通の女の子と一緒なんだろうなあと思うと
なんだか微笑ましかった。
最近、
インターネットのニュースや
テレビのワイドショーで
2世タレントのAVデビューの話題をよく見る。
最初は興味を持って見ていたが、
徐々に見るのが辛くなってきたので
今ではあんまり見ないようにしている。
辛い理由は
彼女の私生活のゴシップ的な話題ももちろんそうだが、
それ以上に彼女のAVデビューについての
コメントやその言われ方の方が気になってきた。
「落ちた」「終わった」
確かにタレントから出発した芸能活動を考えた時に
人前で裸をさらし性行為を売り物にするのは
これからの将来のない行動にも見えるが、
それでは
元々そこから出発した多くのAV女優たちは
初めから落ちて、
終わっていることになる。
それを言われて傷つかない人なんかいない。
「自業自得だ。」
と言われたらそれまでかもしれないが、
自業自得だと言い切れるほど
彼女たちの何を知っているんだろう。
トレイシー・ローズは
生きるためにポルノを選んだ。
どん底の生活を変えるために選ばざるを得なかった。
あの半生の中に僕やあなたがいたら、
おそらく救いを求めてポルノの世界にいたと思う。
もちろん
僕もトレイシー・ローズによって語られた
390ページに及ぶ半生を読んだところで、
それは一部であって、
彼女の全てが理解できているとも思っていない。
だからこそ
390ページの自伝もない彼女たちのことを
「落ちた人」「終わった人」
とそんな簡単な言葉で片付けられるとは
僕には到底思えない。
今の自分が落ちているのか、
終わっているのか、
それは自分が決めることであって、
少なくとも
お前らが決めることではない。
それが分からないようなのであれば、
僕からするとお前らの方が終わってるよ。
追記・
こういう話に興味がある方は
『AV女優』永沢光雄(文藝春秋)
『名前のない女たち』中村淳彦(宝島社)
『ディープスロートの日々』リンダ・ラブレース(徳間書店)
も読んでみるといいかも知れません。
『ディープスロートの日々』は廃盤なんで、
手に入れるまでに1年以上掛かったけど。
こんなことを言うと
身も蓋もないんですが、
『ディープスロートの日々』以外の2冊はインタビュー本で
どこかしらインタビュアーが
常に相手の不幸探しをしているような
全体的に
「AV女優になる人はそれ相応の不幸がある」的な空気感があって、
勝手に真実としての内容は薄い気がしています。
多分、
もっとライトな理由だけでなる人も普通にいると思いますから。
語られた幼少期の体験や家庭環境は
実は全然関係なくて、
遊ぶお小遣いがほしいとか、
単純に暇だったからバイト感覚でとか。
ちなみに僕自身、
AVに関しては肯定派でも否定派でもありません。
やっぱり神様に背く行為だと思っています。
知人からAVに出たいと言われたら、
間違いなく止めると思う。
深く関わってもないのに偉そうなことは言えませんが、
彼女たちがAVに関わって良かったのかどうかは
おそらく関わってる時には
結論は出ないと思いますね。
親や兄弟については
自分の肉親なのだから
最終的には肯定するしかない気がするし。
答えが出るのはきっと
今はまだ見ぬ将来の彼氏や夫に子供、
またはこれから出会う
その他大勢のあなたを愛してくれる人たちが
その事実を知って傷つくかどうか、
その事実を知る前と同じようにあなたを愛してくれるのかどうか。
本当の結論が出るのはその時じゃないかな。
多分、
AV女優としての過去を受け止めることに
本当に辛いのは周りにいる人たちであって、
彼女たちじゃない。
そんな気がする。
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 7『渥美清』
『渥美清』
先日、
何となくケータイを見ると
知らない番号から電話があって、
留守電が入っていた。
歩いていたので着信に気が付かなかった。
とりあえず留守電を聞いてみると
聞き覚えのない女性の声がした。
「〇〇(全国ネットの某テレビ局)の山田(仮名)と申します。
こちら村上友哉様の携帯でお間違いなかったでしょうか?
突然ですが、
今度弊社の特番で『男はつらいよ』特集をやる事になりまして、
もしよければインタビューをお願いできないでしょうか?」
…!!
は!?なんで?しかも僕に!
なんかのドッキリ?
結局、
「いや、ついに俺もここまで来たんだ。
『男はつらいよ』ファンを公言して約10年。
知らない間に噂がテレビ局まで届くようになったんだな。
バンド頑張ってて良かったな。」
とポジティブな意見に落ち着き、
電話を改める。
「もしもし。」
「もしもし。お忙しい中、すいません。」
「あ、すいません、村上です。
お電話頂きまして、ありがとうございます。
ははは、どうもどうも。」
「折り返しありがとうございます。
〇〇の山田と申します。
あの、村上さん以前、
『寅さん記念館』でアンケートにお答え頂きませんでしたか?」
「アンケート?」
「アンケートです。
そこで村上さんが
「年に一回はここに来てる。」って書かれてて。
先日、
弊社で渥美清さんの特集をやることが決まって、
寅さん記念館様よりアンケートをお借りしてきたんですよ。
その中で拝見して是非お話を伺いたいなと。」
なーんだ、別にバンド関係なかったのね。
確かに寅さん記念館には年1くらいでは行っているし、
何なら26歳の誕生日はやることがなさすぎて、
1人で東京まで行き、
帝釈天の前でぶらぶらと歩いて過ごした僕。
言われて思い返せば、
寅さん記念館のオープン何周年記念みたいな月にたまたま行った日
入口にアンケートがあって、
「書いたらボールペンくらいもらえるのかな。」
と思って書いたような、
書いたと言われたら書いた気もする。
いや、多分書いたな。
ただ多分少なくとも書いてから
3年以上は経っていると思う。
「あー、あのアンケートですか。」
「拝見して、面白いなあと。
だって年齢の欄で
20代に丸が付いてましたけど、
なかなか珍しいですよね。
愛知県在住の20代の方がそこまでハマるなんて。
今おいくつですか?」
「31歳です。」
「え?あれ?」
「多分、
それを書いたの何年か前だと思いますね。
その時は20代だったんだと思います。」
「…ああ、そうなんですか。」
電話越しに明らかに落胆している様子が伝わってくる声のトーン。
多分、
インタビューの構成上、
『20代なのに渥美清ファン』
という程で話をしたかったんだと思うが、
このカミングアウトで
僕に電話を掛けた一番の理由がなくなったので、
おそらく今すぐに電話を切りたかったと思う。
なんだ、
この勝手に持ち上げられ、
勝手に盛り下がられる
「なんかすいません」感。
「でも初めて行った時は20代でしたよ。
確か24か、それくらいでした。」
「お!20代じゃないですか?」
「はい。」
バンドをやっていて、
インタビューを受ける機会はたまにあったので、
会話をしながら、
「ああ、多分今こう答えて欲しいんだろうな。」
というのは何となく分かっていた。
頼りにしていた「20代」というフレーズが出たことにより
山田さんも俄然やる気が出てきたみたいで、
声のトーンにハリが出てきたのを聞いて
ちょっと安心していると
「今お時間少しよろしいですか?」
という前置きの後、
「村上さんが寅さんを見始めたきっかけは?」
と電話でインタビューが始まった。
「知り合いの女の人が教えてくれました。」
「そうなんですか。
ちなみに寅さんは今でも見られたりしてますか?」
「そうですね。たまに見ますよ。」
「どういった時にご覧になりますか?」
「なんか、困った時って言うんですかね。
どうしようかなって思うようなことがあったら、
見てる気がしますね。
寅さんって一作一作テーマがしっかりしてると思うんで、
今の自分に当てはまりそうな作品を選びやすいんですよ。」
最初は
「2.3問聞かれてすぐに終わるだろう。
どうせ何十人かの円グラフの1人だろう。」
と思ったので、
極力簡潔に番組で使ってくれそうなフレーズと
相手の求めているであろう答えを答えようと
してしまったためか、
「困ってることとは?」
「それは寅さんに答えを求めてって感じなんですかね?」
「もうちょっと具体的な例はあったりしますか?
このセリフを聞いて、立ち直れたとか。
このシーンを見て、頑張ろうって思ったとか。」
「お仕事で迷ったりされた時ってどうですか?」
「失礼ですがご結婚は?
まだされてない?
やはりそこも寅さんの影響で?」
と思いの外かなり詳しく聞かれ始めた。
確かに寅さんは好きだし、
全巻持っていて、
『男はつらいよ』パーフェクトガイドブックも持っていれば、
渥美清のベストアルバムまで持っているが、
この電話が掛かってくるつい1分前まで
「晩ご飯なに食べようかな。」
と思っていただけで、
少しも『男はつらいよ』について考えていなかったし、
部屋にいたらDVDを手に取りながら話もできただろうが、
全くその資料もない。
まさにプチパニック。
また僕が影響を受けたのは、
割と寅さんの女性に対する男の見栄みたいなところでもあったのだが、
31歳未婚の男が見ず知らずの女性に
いきなり恋愛観を語るのは
さすがにひかれる可能性が高いと判断し、
その話もできないので、
言われるがまま、
言わされるがまま、
途中までかなりあやふやな話になっていった。
何より基本的に何を話しても
「それは『男はつらいよ』の影響で?」
と聞かれる。
「人生の四六時中、全ての行動を
『男はつらいよ』に影響されてる奴なんか
出演者ぐらいだよ!」
と内心思いながら、
「こっちに会話の主導権がほしいな。」
と仕方がないので説明するのが面倒で
出さないでおこうと思っていたあの話を出した。
「年一回寅さん記念館に行くのは、
やっぱりこう迷われた時とか、
ご自身が答えを求めている時とか、
そんな時なんですか?」
「そういう時もありますけど、
どっちかというとツアーの空き日とかですね。」
「ツアーの空き日?」
「あの、僕、バンドやってるんですよ。」
「バンド?」
「あの、音楽です。」
「…、音楽?」
「YouTubeに『明日、照らす』と入れてくれたら出てくるんで。
漢字で明日と点のあとに照らすで、
明日、照らす。
それで歌ってんのが僕です。」
「やはりそれも『男はつらいよ』の影響で?」
「ははは、
まあ『男はつらいよ』を見て、
「うわ、バンドやりてー!」
ってなった訳じゃないですけど、
受けてますね、かなり。
基本、恋愛の曲なんですけど。」
「へー。後で見てみます。」
ここぞとばかりに
バンドの話を出したところで、
特に話題が広がるわけではなく、
「31歳の未婚で
基本的に売れない恋愛の曲を歌っている男」
という1番不名誉なレッテルが貼られただけで終わった。
最後に
「これ、結構大変だと思いますけど、
今何人目くらいなんですか?」
と聞くと
「村上さんが1人目です。」
と言われた。
今何人目くらいまでインタビューが終わったか分からないが、
全く見ず知らずの人に電話を掛けていって、
いきなり『男はつらいよ』への愛を語らせるという
プロでも事前準備が必要な話題を
僕も含めた素人が電話でうまく話せるとは
到底思えなかった。
ただ山田さんはとても感じがいい方で、
話しやすかったし、
途中から
「話をしていて思ったんですけど、
山田さんもインタビューを始めるにあたって、
何作品か観られた感じですよね?
逆にどう思われましたか?」
と逆インタビューをしたりできて、
楽しい時間だった。
「本当は寅さんみたいに生きたいのに
現実はなかなかそうはうまくはいかないじゃないですか?
考えてることと
やってることの差みたいなものなんですかね。
村上さんにそのジレンマみたいなものはあったりされますか?」
「どうなんですかね。
でも多分、
やりたいことの中でもやりたくないこともあるし、
やりたくないと思っていたことの中に
やりたいことを見つけたりするじゃないですか?
山田さんもそうじゃないですか?」
「うわ、村上さん、良いことも言いますね。
本当にそう。」
「ははは、みんなそうだと思いますよ。
例えば渥美清さんだって、
『あゝ声なき友』って映画があるんですけど。」
「すいません、勉強不足で、知らないです。」
「多分、
そんな有名じゃないんで知らない人の方が多いと思います。
この作品、
『男はつらいよ』をやっていた時に
渥美さんが原作に惚れ込んで
渥美清プロっていう会社まで作って、
主演で作った映画なんですけど、
当時『男はつらいよ』のイメージが強すぎて、
あんまりヒットしなかったらしいんですよ。
確かにむちゃくちゃに暗い戦争映画だったんで。
多分、
当時お客さんが渥美さんに求めてたのは、
そこじゃなかったんでしょうね。
『男はつらいよ』だけやってれば、
別にお金にだってなるだろうし、
あの時この映画を
わざわざやる必要なかったと思うんですけど、
多分そんなのは関係なく、
渥美さんは寅さんの印象を捨ててでも
これがやりたかったんですよ。
実際は渥美さん自身も国内じゃなくて、
海外旅行が趣味だったみたいだし。
なんか『男はつらいよ』やってる渥美さんがそうだったんだから、
現実って結局、
そんなもんなんじゃないかなとは思いますけどね。」
23歳の時に『男はつらいよ』に出会い、
一ヶ月くらいで
シリーズ全48作を見終えた後、
渥美清の名がついてる映画を軒並み観ていた。
その中で出会ったのが、
『あゝ声なき友』だった。
主人公である西山(渥美清)が
戦地へ向かう途中で病気になり、
部隊から外され帰国することになった。
病院にお見舞いに来た
部隊の仲間たちから
「日本に帰って渡してくれ。」
と手紙を受け取ったが、
西山が日本に着く前に
手紙を受け取った部隊が全滅したことを知った。
そして
西山は日本に帰り、
生活が少し落ち着いたところで
自身の手でその手紙を送り主の元に1人で配り歩き始める。
この映画はそんな
手紙一枚一枚の短いドラマで構成された
戦争映画ではあったが、
舞台は戦地ではなく、
戦後間もない日本という
戦争を戦場以外の角度から見ていることが
この映画の最大の特徴だと思う。
今までの彼が出ていた
『男はつらいよ』を始め、
『白昼堂々』や『喜劇急行列車』シリーズのように
コメディ作品とは一線を引き、
彼が主演した同じ戦争映画である
『拝啓天皇陛下様』よりも
本当に笑いどころは一切なく、
ただ淡々と物語は進行していく。
基本的にみんな手紙を受け取っても
いいことはない。
それが分かっているのか、
受け取ってもあまりいい顔をしない。
戦争が終わって、
今更受け取るその手紙の中に
いい話がある気がしないので、
できる限り忘れてしまいたい。
もう亡くなってしまったあの人を
むやみやたらに思い出したくない。
そっとしておいてほしい。
戦後すぐに
急速なスピードで日本は変わっていた。
もう戦争は過去の出来事と言わんばかりに
新しい暮らしの中に
人々は暮らし始めていた。
その世間との温度差に耐え切れず、
西山も何度か手紙の配達を辞めようかと思ったが、
これが戦友への供養であり、
生き残った人間としての義務だと心に決めていたので、
周りから何と言われようが
ただ黙って黙々と手紙を配り歩いた。
戦争から8年経ち、
最後の手紙を渡した相手の送り主(百瀬)は生きていた。
奇跡的にあの部隊で1人だけ生き残っていた。
久々の再会で、
2人で飲み屋に入り、
西山がこれまでのこと、
そして
遺書の配達をしていたことを話すと
「そんなことをしたってムダだ。
今更、それが何になるんだ?」
と百瀬から一喝される。
ここでついに
それまで多くを語らなかった西山が
心の中にあった葛藤を激昂しながら吐露した。
「おまえは馬鹿だ!
戦争へ行ったものは馬鹿を見たままでいいと言うのか!
怒ったのか?
そうだ、俺たちは怒っていいんだ。
俺は今その事に思い当たった。
俺がなぜ貧乏を続けながら、
8年もの間、
遺書の配達をせずにおれなかったか。
それは怒りだったんだ。
俺は今その事に気がついた。」
突如、
渥美清自身の顔がアップになり、
スクリーンに向かって話しかけるような演出が
さらに言葉のメッセージ性を強め、
この言葉を聞いた時、
目の前が真っ白になるような衝撃に胸を打たれた。
今から70年以上前、
どこかの誰かが始めた戦争に
選択の余地もなく駆り出され、
今の僕よりももっと若かった多くの若者たちの尊い命が失われた。
しかもそれは会ったことも
話したこともなければ、
何の恨みもない
またどこかの国の若者を殺すために。
もしかしたら
殺した誰かと仲良くなれたかもしれない。
もしかしたら
殺された誰かと楽しく音楽や映画の話で語り合えたかもしれない。
戦争に擦りもしていない世代が言うのは
おこがましいかもしれないが、
こんなことどう考えたっておかしい。
それについて誰も不満や不平を唱えないのも
絶対におかしい。
でもこの映画がヒットしなかったのは、
手紙を渡す側ではなく、
受け取る側の気持ちの理解者が多かったからなんだろう。
その気持ちも分かる。
嫌な思い出や苦しかった日々を
わざわざ思い出すくらいなら、
目の前の楽しい映画で笑っていたい。
そう考えるのも絶対に普通だと思う。
どちらの気持ちも分かる。
そんなお互いの気持ちを思うたびに
身が引き裂かれそうなほど息苦しくなる。
戦争はしたくない。
人殺しはしたくない。
憲法9条は変えたくない。
今のままでここまで来たのだから、
今のままでこのまま行きたい。
だけど
今それはこの国だけの問題じゃなくなってる気もする。
いつどこから爆弾が飛んできてもおかしくない状況で、
改憲しないのは
もしかすると理想論にしかならないのかもしれない。
どこからか爆弾が飛んできて、
この国の誰かが傷つけられた時、
結局は他の誰かにお金や武器を渡して
仕返ししてもらうことが正しいことだとも
思えない。
僕らは誰も傷つきたくないから、
これを使って皆さんが変わりに傷ついてくださいが、
改憲をしない意見への正しさだとはやっぱり思えない。
そんなのただ自分が可愛いだけじゃないか。
だけど
ここで改憲をして、
世界中からファイティングポーズだと思われたくない。
そもそも
みんなが必要以上に欲しがらなくなければ
きっと戦争なんかしなくていいはずなのに、
どうしてそれが許されないんだろう。
「渥美清さんなら
今ここで誰の名前を書いたんだろうか。」
あの日、
投票所で鉛筆を握りしめながら
小さく区切られた小部屋の中で
1人そう思っていた。
追記
ちなみに
僕は無宗教で右でも左でもありません。
ただ祖母の話す戦時中の話を聞いて、
個人レベルですが、
戦争について何度か考えてきました。
ここでは紹介していませんが、
『ゆきゆきて、神軍』
『日本鬼子(リーベンクイズ)』
『靖国』
もまた強烈な戦争ドキュメンタリー映画だったので、
興味がある方にはいいかもしれません。
ドキュメンタリーを観る時にいつも気をつけているのは、
1つの作品だけではなく、
似たようなジャンルの作品も何作か観るようにしています。
立場が違えば視点が違うし、
意見も違うから。
誰か悪人を見つけたい訳でもないし、
自分たちが被害者だと思いたい訳でもない。
ただ純粋に事実が知りたい。
『靖国』については
監督は中国の方だったので、
賛否両論あるみたいですが、
僕は観て良かったと思っています。
戦争にかすりもしない世代がいうことではないかも知れませんが、
二度とあのような悲劇が繰り返されませんように。
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 6『スーパー』と『キックアス』
『スーパー』と『キックアス』
彼女は何でも知っていた。
厳密に言うと
僕が知らないことを
「人間ってそんなにメモリーにキャパがあるのか?」
と疑いたくなるほど、
彼女は映画、漫画、アニメ、音楽、小説、絵画に浮世絵、
本当にありとあらゆるカルチャーを網羅している。
そんな印象だった。
ただもしかするとあの時、
僕が知らなさすぎるだけだったのかもしれない。
一度何の機会だったか、
2人で美術館に浮世絵を見に行ったことがあった。
彼女と美術館に行くのは二度目で、
その前はチェコのアニメーションの展覧会だった。
浮世絵をちゃんと観るのは初めてだったし、
もちろんあの時もチェコのアニメーションを観たのは初めてだった
両日共にそれなりには楽しかったが、
今では両日共に
それが誰の展覧会だったのか
全く思い出せないほど、
正直、
そこまで興味は持てなかった。
帰り道、
「何で浮世絵に興味を持ったんですか?」
と聞くと
本当に文字通り目を丸くして驚きながら、
「音楽とかやってて、
逆に浮世絵に興味が湧かないの?」
と不思議そうに聞き返された。
今では
「それは個人差あるでしょ!?」
と答えられる気もするが、
あの時は
「僕は音楽をやっていて、
浮世絵になぜ興味が持てなかったのか。」
と深く考え、
次の日、
早速
『すぐに分かる浮世絵』
という雑誌を買ったが、
結局パラパラとめくっただけで、
そのあとは一度も開いていない。
あの時はただ彼女に会えるのが嬉しかったし、
僕よりも年がだいぶ上だった彼女が
何を好きなのか知りたかっただけで、
内容は正直どうでも良かったんだと思う。
これが恋だったのかどうかは今でも分からない。
ただただ彼女の存在や発言にいつも憧れていた。
浮世絵の展覧会の帰り道にコメダ珈琲店に寄って、
2人で最近観た映画の話していた。
シロノワールを食べたことがないと言っていたので、
1つ頼むと端っこだけかじって、
「こんな甘いもの食べられない。
名古屋の人は甘党なんだね。」
と言われたので残りは僕が食べた。
そういえば
彼女はいつもコーヒーで、
僕はサイダーを頼んでいた。
ウェイターが飲み物を持ってくる時、
大体、
彼女の方にサイダーが行き、
僕の方にコーヒーが来て、
まずそれを交換するのが喫茶店で過ごす最初の儀式だった。
「私は『スーパー』の方が好きだったな。
『キックアス』は何が面白いのか分からなかった。」
正直に話すと
この時点で僕は『スーパー』も『キックアス』も知らなかった。
でもおそらく映画業界では常識レベルで、
相当話題になっていることは
彼女の話しぶりからすぐに分かった。
さっき浮世絵にすら興味が持てない男のレッテルを貼られた手前、
ここでまた変なことを言うと
目を丸くして
「音楽をやっていて…」
と言われるかもしれない。
そんな危機を感じた僕は
とりあえず
「へー、そうなんですねー。」
と答え、
小さな声で
「まだ観れてないなあ。」
と付け足しておいた。
「知らなかったのではなく、
観てなかったんです。」
そう見えるようにわざと聞こえるか聞こえないくらいの声で呟く。
たまに彼女の前で使う手だった。
今までこういうことは何度かあったが、
彼女はいつもそれ以上は追求してこなかった。
年上としていつもそういう大人な対応をしてくれた。
早速、
次の日近所のゲオで『スーパー』を借りに行った。
『キックアス』は探したけど、
どこにもなかった。
後々調べると『キックアス』はツタヤでしか日本はレンタルがないみたいで、
近所にはツタヤがなかったので、
日を改めて隣町のツタヤまで借りに行った。
この2作品の最大の特徴は
年齢設定が違うだけで、
確かに同じようなキャラクターが主人公だった。
平たく話すと
何の特殊能力もない一般人男性がある日突然ヒーローになり、
街の悪に立ち向かう話。
『スーパー』は中年、
『キックアス』は高校生。
誰もが憧れるヒーロー物の映画ではあったが
特殊能力がない分、
街のチンピラやドラックディーラーなど
敵は今までのヒーロー物の映画にはない地味な相手で、
映画館の列に割り込んだチンピラをパイプレンチで殴ったり、
おたくに絡むヤンキーに警棒で立ち向かっていったり、
そんなマーベルヒーロー的な映画というよりは、
かなりコミック要素の強い映画だった。
ただ2作品とも
同じ様なキャラクターではあったが、
話の作り方や内容は全く違った。
『スーパー』はかなり内面的なストーリーが中心となっていて、
独特のどこか陰湿な空気があり、
暴力描写も過激で、
何度も顔をしかめたくなるような話なのに対して、
『キックアス』は
音楽やテンポ感におしゃれなセンスがあって、
話も割とライトな内容だったので、
多少の暴力描写が平気なのであれば、
娯楽映画として誰が観ても楽しめると思う。
この2つの作品を観て感じた差は
監督を知って理由がはっきりと分かった。
『スーパー』を監督したジェームス・ガンは
元々B級映画製作会社のトロマエンターテイメント出身で、
『悪魔の毒々モンスター』シリーズを始め、
殺人鬼、障害者、差別、偏見などの普通はコメディに入れてもエッセンス程度に入れる題材
平気でスプラッター要素満載に
山盛り詰め込んだどうしようもない作品が多い中、
『キックアス』監督のマシュー・ヴォーンは
マドンナの元旦那で『スナッチ』などのオシャレなクライム映画を得意とした
ガイ・リッチー監督のプロデューサーとして元々は活動していた。
ガイ・リッチーのプロデューサーと言われると
それだけで映画界ではおそらく
東京ガールズコレクションの総合プロデューサー級のおしゃれな印象がある。
監督の違いで
『スーパー』の暴力描写のエグさも
『キックアス』の音楽のセンスとテンポの良さも納得がいく。
そんな出処は全く異なった2作品だが
公開時期と設定がかなり近かったので、
世間一般的にかなり比較の対象になったみたいで、
世間的にも『キックアス』の方が人気が高かったし、
僕も圧倒的に『キックアス』の方が好きだった。
むしろ『スーパー』はどこが面白いのか分からなかった。
ただ見てるだけで痛くて、
全体的にグロテスクな映画にしか見えなかった。
「『キックアス』が面白くないなんて
映画通ぶりたくて、
ちょっと無理してるんじゃないか?」
とさえ思ったほどの圧勝。
それから何度か会ったが、
もちろん彼女にそう思ったことは言わなかった。
もう彼女とは今では会っていない。
自由奔放で何を考えているのか
いつもよく分からない彼女に僕もついていけなかったし、
最初は兄弟よりも年下で
何も知らない僕が新鮮で楽しかったかも知れないが、
途中からはついていけなくなった僕と
一緒にいても楽しくなかったんじゃないかと思う。
何より知識もあり、
容姿も綺麗だった彼女と自分が釣り合うとは思えなかった。
そんな負い目が最後まで消えなかった。
自分が知らないことをよく知っている彼女が好きだった。
話しているだけでよく分からなくても嬉しかった。
だけど結局、
自分が知らないことをよく知っている
イコール
自分が今まで興味を持たなかったことを知っているだけであって、
性格自体は合わなかったと思う。
おそらく18歳くらいで自分の好みは決まる。
そこから掘り下げたり、
広げたりはできるが、
根っこにある部分はなかなか変えられない。
今僕が打ち込みの音楽を好んで聴けるは
くるりの『TEAM ROCK』を聴いていたからだろうし、
今かたっぱしから観ている
80年代の映画や
ジョン・ヒューズ映画が好きなのも
高校生の時から大好きなケヴィン・スミス監督が影響を受けているからであって、
思い返してみると
僕自身の根本的な部分は18歳の頃から何も変わっていない。
彼女は小さい頃から絵を描くのが好きだった。
だから浮世絵も好きになれたし、
チェコのアニメーションも好きになれた。
それだけのことだと思う。
そもそも
観てない映画を観てないと答えられないような、
観たとしても素直に感想が言えないような、
そんな背伸びをしないと付き合えない関係では、
どのみち長くは続かなかったと思う。
この間、
『スーパー』をゲオで見かけて、
ラストシーンの記憶が全くなかったので、
久々に借りてみた。
妻のサラがドラックにハマり、
ドラックディーラーにサラを奪われた夫フランクが
ある日たまたま見ていたテレビ番組から
突然、神の啓示を受け、
「選ばれた人間」として
正義の味方・クリムゾンボルトとなり、
最終的にドラックディーラーから
なんとかサラの連れ戻しに成功する。
ただ
それから少しの間は一緒に暮らすが、
結局サラはまた出て行ってしまった。
しがない街の食堂のコックとして働くフランクに
美しく頭のいいサラが妻として不釣り合いなことも、
結局いつかはこうなる運命だったことも本当は分かっていた。
それから
サラは大学に通い、
人類学を学び、
新しい夫と出会って、
子宝に恵まれる。
ドラック依存の経験を経て、
後遺症に苦しむ人や新しい夫を
魅力的な人柄で次々と幸せにしていくサラ。
あの日以来、
二度と神からの啓示を受けなかったフランク。
映画のクライマックス、
彼女の子供たちから送られてきた
絵手紙を見て、
フランクは1人で悟った。
「自分が選ばれた人間だと思っていたが、
本当に選ばれた人間はサラだったんだ。
だから彼女を僕が救う必要があった。
何より
あの時、
僕が戦わなかったらこの子たちは
この世界に生まれてこれなかったのだから。」
ある意味で
バッドエンドとして捉えられてもおかしくない
ラストシーンではあったが、
光をふんだんに入れた明るい映像と
シガーロス風の優しい空気感のある爽やかな音楽で
ジェームス・ガンが本当に伝えたかった
主人公の心情が伝わってきた。
ヒーローだけがヒーローの訳ではなかった。
ヒーローが世界の誰かを救うのは、
その人がまた世界の誰かを救う為であって、
ヒーローはそのサイクルの中にいるだけに過ぎない。
そして
いつかの日か巡り巡って
そのヒーローもまた
フランクのように自分が救った世界の誰かに救われる日が来るのだろう。
憧れも同じ解釈ができると思う。
世界の誰かに憧れて始まった何かが
また別の誰かの憧れに変わり、
巡り巡って自分の元へ帰ってくる。
彼女との出会いは
きっと僕にとってその始まりだった。
今年で31歳。
知らない間に
出会った時の彼女と同じくらいの歳に
僕もなっていた。
時間は掛かったが知らない間に
この映画の素晴らしさが
ようやく染みる歳になれたことが嬉しかった。
「僕は『スーパー』も『キックアス』も好きだった。」
もしいつかまた会えたらそう伝えるつもりでいる。
追記
ここまで僕が変なサブカル風になったのは、
単純にこの人の影響です。
少しでも対等に話せるようになりたくて、
あの時とにかく観て聴いて読みまくりました。
英語を学ぶには
外国人の恋人と付き合うことが手っ取り早いとよく言いますが、
サブカルチャーを学ぶには
サブカル女子もしくは
サブカル男子と恋すると手っ取り早いと思うよ。
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 5『びんぼう自慢』
『びんぼう自慢』
よく「怖い」と言われる。
僕は本人なのでよく分からないが、
周りから見るといつも僕は機嫌が悪そうに見え、
かなり話しかけづらいらしい。
先日もこんな事があった。
男女5.6人で行われたバンド関係の飲み会の席での事。
日付が変わるか変わらないかくらいの時間になり、
面識のない女の子がいきなり3人やってきた。
話を聞いていると終電を逃して、
行くところがなくなった彼女たちを知った友人が
この場に誘ったみたいだった。
どうやら彼女たちもバンドをやっているらしい。
僕は席が離れていたので軽く挨拶だけし、
とりあえず
隣に座っていた友人と話していた。
たまに彼女たちの方を見ると
年上ばかりの席だったので
気を使っているのか
あまり楽しそうではなかった。
「なんか話し掛けた方がいいよなあ。」
そう思ってた矢先、
突如、
彼女たちを誘った友人が
真ん中に座っていた女の子に声を掛けた。
「さっき思ったけど、
君さ、
結構おっぱいおっきいんじゃないの?」
「何つうことを聞くんだよ!」
と飲み会の所々からヤジが飛び、
ひとまず笑いになった。
彼女たちもお互いの顔を見合わせて、
クスクス笑っている。
それを見てちょっと安心した僕は調子に乗って、
「なんなんすか、それ。
思ってもなかったっすよ。
誰が知りたいんすか?
まあ、でも、いちよ、
カップ数だけ聞いとく?
興味ないけど?
あー、めんどくせー。」
とキレたノリで話題を被せた。
「お前、
カップ数知りたいだけじゃねーかよ!」
と周りからいいタイミングでツッコミを入れてもらい、
また笑いになった。
彼女たちもまだちょっと固いけど笑ってる。
「笑ってくれてひとまずは良かったな。」
そう思っていると
「Dです。調子がいいとE。」
「私はそんなにないです。」
となぜか女の子たちが各々のカップ数を答え出した。
予期せぬカミングアウト。
「…い、E!?」
男子たちはため息まじりに彼女の顔を見つめ、
「ってほんとに答えると思わんかったわ!」
と更に場が盛り上がり、
そのまま違う話題に移行していって、
彼女たちも他の話題に入れる空気ができたので、
ホッとしてそのままこのやりとりを忘れていたが、
後日友人から
あの後に彼女たちに会った話を聞いて、
衝撃を受けた。
「明日、照らす好きだったし、
村上さんと話してみたかったんですけど、
怖すぎて話せませんでした。」
嘘だろ。
ウソと言ってくれ。
え、ちょっと待って、
何か話さなかったっけ?
…い、いー、イー、E
…Eカップ!
「カップ数答え出すとか、
すげーノリのいい子達だなあ。
今の子達は性に開放的だね。」
とあの時は思ってたけど、
本当は僕がただ怖くて、
答えないと怒られると思って答えてくれたのか。
パワハラ+モラハラ。
確実に法廷で戦ったら負ける。
彼女たちには一度手を付いて謝りたいが、
あれから彼女たちに一度も会っていないし、
もしかすると
二度と会うことはないかもしれない。
深く考えた事はないが、
「怖い」の原因の1つに僕の目つきがあるのかもしれない。
「目つきが悪い。」
昔からよく言われた。
中学2年の頃、
学年が1つ下の後輩から
「村上さん、気をつけた方がいいですよ。
クラスの奴が
「あのいつも睨んでくる村上って奴、
一回みんなで帰り道に襲おうぜ。」
って言ってました。
止めときましたけど、
どうなるか分かりません。」
と忠告を受けたことがあった。
その場は後輩の手前、
「へー。」
くらいで終わったが、
内心は泣きたくなるほど凹んでいた。
アコースティックギターを買ってもらうために
一ヶ月間、
毎日お風呂掃除をして
ようやく
クリスマスプレゼントに
新品のモーリスのアコースティックギターを買ってもらうような
善良的な中学生として育ち、
なんなら生徒会で副会長もやっている。
そんな僕にとって
予想もしていなかった出来事だった。
バレー部の後輩は僕を知っていたので、
そのメンバーには1人も入っていなかったが、
それからは帰り道に背後を気をつけながら、
自分の人相を恨み、
自分の遺伝子を恨んだ。
僕の親父も人相が悪かった。
僕が中学生の頃は
日が当たるとレンズがサングラスに変わる
眼鏡を掛けていたので、
その人相の悪さに拍車を掛けていた。
ある日、
またバレー部の後輩から
「この前、
村上さんの家に物凄い悪そうな人が入って行くのを見ましたけど、
何かあったんですか?」
と言われたことがあり、
よくよく話を聞いていくと親父だったことが分かった。
あの時は笑っていたが、
他人から見ると実際は普通のサラリーマンで、
悪いことなんか絶対にしないのに
人相だけでそこまで悪く見えるんだなと改めて思った。
大学を卒業するくらいまで、
親父とは本当によく喧嘩をした。
説教も1.2時間は当たり前で、
よく殴られたし、
何度も掴み合いになった。
「ともやはお父さんに言い返すからいつもこじれる。
適当なところで謝ればいいのに。」
と姉にもよく言われたが、
確かに長くなる原因として
僕だけは親父に言い返したし、
納得出来ないと謝らなかった。
高校生の時、
家から自転車で10分で着く高校に通っていたが、
その近さが仇となり、
何度も遅刻をした為、
お袋が学校から呼び出され注意を受けた。
その話を聞いた親父が仕事から帰ってくると
実家のリビングでテレビを観ていた僕に
「お前、
今ここで二度と遅刻はしないと誓え。
遅刻をするやつは何をやらせても信用されない。」
と鬼のような人相をして言ってきた。
「悪いと思ってるし、
遅刻しないように気をつけるけど、
多分またすると思う。
だから誓えない。」
と答えると思いっきりぶん殴られた。
こんなこともあった。
大学生の時、
近くの駅までは自転車で通っていて、
駅の駐輪場に自転車を置いておいたら盗まれた。
この時点ですでに
自分の自転車が盗まれ、
借りたお袋の自転車も盗まれ、
さらに借りた親父の自転車が盗まれたので、
もう盗まれたのは3回目で、
その都度それなりに怒られたが、
今回は僕が自転車の鍵を掛け忘れた事が原因だった事を知り、
また仕事から帰ってきた親父に
「何回盗まれたら気が済むんだ!?
それが分かってて、
自転車に鍵を掛けないなんて
お前は何を考えてるんだ!!」
と散々に怒鳴り散らしてきた。
「悪いとは思うけど、
何で俺が怒られないといけないんだよ。
悪いのは盗まれた俺じゃなくて、
盗んだ奴だろ?」
と言い返すと親父は
座っている僕の胸ぐらを掴み、
「もう一回言ってみろ!」
と言ってきたので、
僕は立ち上がって掴み返し、
「だから悪いのは盗んだ奴だろ!
俺は盗んでくれって誰にもお願いしてない。」
と言い返した。
すると夕飯の支度をしながら、
その光景を見ていたお袋がいきなり
「あはは、ごめん、
なんか可笑しくて、あはは。
何でこうなっちゃうのかなって、ははは。
とも(友哉)の言ってる事も一理あるわね。」
と笑い出し、
力が抜けた僕らはお互いに照れ笑いをして、
パッと手を離した。
ただ親父に殴られた事はあったが、
親父を殴った事は一度もない。
どんなに腹が立っても
それだけは出来なかったし、
いつも親父の方が正しかったので、
手を出す必要もなかった。
口には出さなかったが、
僕の中で親父には非の打ち所がなかった。
親父は16歳の頃に地元の滋賀県から愛知県に就職で来て、
それ以来ずっと三菱で働きながら愛知県に住んでいる。
お酒もほとんど飲まないし、
タバコも吸わない。
口下手だから女の子とも遊べないし、
週末は家でいつも競馬新聞を読んでいた姿ばかり見ていたので、
友達も多分そんなにいない。
仕事一筋の絵に描いたような真面目な父親。
文化的な部分では
本も映画も好きだけど、
落語を聞くのが何より好きだった。
小さい頃からよく親父の寝室から
落語のカセットテープが流れていて、
その声を聞きながら
僕ら子供たちも隣の部屋で寝ていた。
たまに夜中にふと目が覚めると
落語が聞こえてきて、
「親父、まだ起きてるんだな。」
と小さい頃は
部屋中が真っ暗で心細かったけど、
あの落語が聞こえてくるとちょっと安心できた。
あと好きなものと言えば競馬。
お袋と出会う前の親父は本当に競馬浸りの生活だったらしく、
給料を貰ったら自分の貯金と
仕送り分を引いた残りのお金で
まずインスタントラーメンを1ダース買い、
残りのお金を全部競馬につぎ込んでいた。
お金の為というよりは
単純に競馬が好きだったみたいで、
勝ったら次に買う馬券のお金が増えるだけで、
負けたら次の週末から出歩かずに
買っておいたインスタントラーメンを食べて、
1日を過ごしていた。
平日は朝昼晩と寮の食事があるので、
週末さえ乗り切れれば生きていけた。
そんな競馬好きの親父でさえ
お見合いでお袋と出会ってからは
週末は京都に住んでいたお袋とデートをする為に
いつものように競馬に行けなくなってしまうが、
周りにはお袋のことは言ってなかったので、
週明けに同僚に会うと
「昨日のレースはどうだった?」
と毎週聞かれ、
「行ってない。」
と答えても全然信じてもらえなかったらしい。
それくらい周りから見ても
親父は競馬しかやっていなかった。
何をしていたのか聞かれるのも
行かなかったと言うのも
段々面倒くさくなってきて、
途中からは
「まあまあだったよ。」
と競馬に行ってなくてもそう答えて
いつもその場をやり過ごすことにしていたみたいだった。
多分あの時、
お袋のことを言わなかったのは、
この時点でお見合いが3人目だったので、
振られる可能性があったからだと思う。
そういう変なプライドがあるところも含めて、
なんとも僕の父親らしいエピソードだ。
『びんぼう自慢』は
落語の神様と謳われた
古今亭志ん生の半生を語った自伝で、
自身の執筆ではなく、
ライターが志ん生が話している話を聞きながら、
書き留めた口語体の文章もまた魅力的だと思う。
あの志ん生独特の言い回しや
母音を伸ばす話し方を読んでるだけで、
目の前で話を聞いているかのような気分になれるので、
一ファンとしてはそれだけで嬉しい。
タイトルに「びんぼう自慢」と書いてあるだけあって、
びんぼう話や苦労話に関しては、
なかなか志ん生に勝るエピソードを持っている人も少ない気がする
巨大ななめくじが大量発生するなめくじ長屋の話や
戦時中の満州での極貧生活の話など、
話し方によっては
悲劇にもなるような出来事の数々を
面白おかしく書いてあり、
志ん生自身
「生き方そのものが落語」
と言われるだけあって、
志ん生が志ん生になった由縁が分かる一冊だと思う。
息子である古今亭志ん朝の方が
テレビドラマやお芝居の世界で活躍していたので、
世間的な知名度は志ん朝の方があるかもしれないが、
本人も親子の人情噺の落語を話す時のマクラ(落語に入る前の小話)で
「親と比べられると私も肩身がせまい」
と話すほど、
父親の芸を買っていたし、
心の底から尊敬していた。
またお客さんもそのマクラを聞いて、
会場が割れんばかりの拍手を送っていたところを見ると
同じ気持ちだったのかもしれない。
立川談志から
「今、金を払って見たいと思う落語家は志ん朝だけだ。」
と言われるほどの天才肌だった
古今亭志ん朝でさえ
やはり父親には敵わなかった。
大学卒業間近、
フリーターになり、
バンドを続ける話を親父とお袋に話した日。
僕はアルバイトを終え、
家に帰ると2人の前で土下座をし、
「大学まで出して頂いて申し訳ないですが、
フリーターになり、
もう少しバンドを続けさせて下さい。
そのかわり実家にはいられないので、
明日から家を出ます。」
と言ったことがあった。
親父は僕を見て、
「そんなことはしなくてもいいから、
顔をあげろ。」
と言った。
「お前は今だに
高校の頃からの遅刻の癖が直らなくて、
何台も自転車を盗まれたよな?」
「はい。」
「時間も守れない、
自分の物も人の物も大事にできない奴が
音楽だけは頑張ります。
っていきなり言われて信用できると思うか?」
「それは関係ない。」
「関係ある。
俺は物事の本質の話をしてるんだ。
信用っていうのはお前の生活そのものだ。
人はお前の色んな部分を見て、
お前という人間を判断する。
どんな社会でも好きなことだけは真面目にやるでは通用しない。
お前にはまだ分からんかもしれんけど、
そのうち分かる。」
「…。」
「俺は三菱で40年働いてきた。
今だにこれで良かったのか、
自分でもよく分からん。
多分、
棺桶に片足を入れる日が来るまで、
正しかったのかどうか分からん。」
「…。」
「ただお母さんがいたし、
お前もりょうじ(弟兼明日、照らすスタッフ)もお姉ちゃんもいたから、
そんなことは言ってられなかった。
働くしかなかった。」
「…。」
「俺みたいなやることは競馬だけで、
音楽なんかほとんど聴かない人間の息子が
まさか音楽に興味を持つと思わなかった。
それは意外だった。
お前が中学の時、
お母さんから
「ともがギターが欲しいって言ってるけど、
お父さんどうする?」
と言われた時は本当にびっくりした。
とりあえず
お母さんにいくらぐらいするのか
見てきてもらって、
「とものことだからいつまで続くか分からないし、
中古の方が安いから中古にしようと思う。」
と言われたけど、
「せっかく
ともがやりたいと思ってやるんだから、
俺も金出すから新品を買ってやれ。」
とお父さんもあの時少しお金を出していた。」
「…そのことは知らなかった。」
「そんなもの
いちいちお前に言うような話じゃない。
よくよく思い返せば、
俺にはお前のような人生の選択肢はなかった。
まず選択肢がなかった。
就職しないなんて考えたこともない。
でもお前を見てると
「そういう生き方もありかもな。」
と思う時がある。
そう俺が思ったのも意外だった。」
「…。」
「お前がどうなるかはお前が決めたらいい。
やれる時にやりたいことがあるなら、
やればいい。」
「…。」
「フリーターになろうが、
何になろうが俺は構わん。
大学までは出したのは親の務めだと思ってるから、
別に気にする必要はない。
ただその代わり、」
「…。」
「人に絶対に迷惑を掛けるな。
人から後ろ指を指されるようなことだけはするな。
それだけは約束しろ。」
「はい。
分かりました。
約束します。
親不孝者で、本当にすいませんでした。」
競馬には一切興味が持てなかったけど、
最近は僕もたまに落語を聞きながら寝ている。
子供の頃からいつも夜中に隣の部屋から聞こえてきたので、
体の中にその習慣が残っているんだろう。
しかし
まさか自分が落語にハマるなんて思いもしなかった。
結局、血は争えない。
ただ
びんぼうこそしていないが、
あの人と同じ血が僕の中に流れていることが
こうやって人に話せる僕の自慢でもある。
追記
父さん、
飲み会の席でノリで女の子にわい談をする
大人になり、
人様にご迷惑をお掛けする息子になってしまったことを
ここにお詫び致します。
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STAY CRAZY/FOREVER LOVE 4『ライ麦畑でつかまえて』

 

 

 

 

『ライ麦畑でつかまえて』

 

 

 

一時期、

風俗嬢のブログを毎日読んでいた。

名前はモモさんなのか、

モモちゃんなのか、

プロフィール上での年齢は26歳になっていたが、

ブログの中では

「三十路を過ぎると」

「もうオバさんに片足を突っ込むと」

と現実の世界で

確実に年齢を詐称しているであろうフレーズが並んでいた。

彼女との出会いは

たまたま池下を歩いていた時に見かけた

風俗店の看板だった。

お店の上位3人の人気順に

手で口元を隠した顔写真と

ちょっとした自己紹介が書いてあり、

『いつでも人気ナンバーワン モモ』

という一文に目が引かれた。

女性本来の実力が問われる

ごまかしが利かない

ベリーショートに近い髪型ではあったが、

キリッとした目元が印象的な顔立ちで、

口元は手で覆われていても

その実力は十分に伝わってきた。

察するに素手でやり合える力の持ち主。

風俗店に行く勇気もお金も持ち合わせていない僕は、

家に帰ってから何となく思い出し、

興味本位でお店のホームページを見てみると

彼女がブログをやっている事を知る。

「風俗の人ってブログやってんだ。

あがってる写真見たら、

隠していた口元がどんなのか分かるかもなあ。」

と最初はそれくらいの気持ちでブログを見ていたが、

気がついた頃には過去の日記を遡って読むようになっていた。

はっきり言って読むまで全く期待はしていなかった。

どうせ風俗で働くような人の書く事だから、

最近こんなドラマ見てますとか

オススメのボディーソープはこれですとか、

たまに

営業用に私はMですとか、

さみしがり屋なァタシ()と遊んでくれる人待って〼(ます)とか、

どうせそんな事しか書いてないだろうなくらいに思っていた。

知らない夜の世界に対して偏見しかなかった。

 

彼女は実家に住んでいる。

お父さんとお母さんと妹の4人暮らし。

お店は家からバスで通っていて、

バス停から家までも遠いので、

遅くなるとお父さんが迎えに来てくれる。

アニメと漫画、

図鑑と昆虫と妖怪が好きで、

休日は趣味のDIY家具作りに没頭。

たまにブログに載せる写真には

よく彼女の部屋があがっていて、

なぜかいつも服は着ていなかったが、

裸の彼女の後ろ側には

流木で作ったみたいな本棚の中に

図鑑や漫画がぎっしりと並んでいた。

妹とは仲が良く、よく遊んでいる。

姉妹2人で旅行に出掛けては喧嘩をし、

たまに摑み合いになっては、

その詳細をブログに書き殴り、

また次の日には何事もなかったかの様に

姉妹水入らずの旅日記を

楽しそうにまたブログに書いていた。

そんな何気ない女の子の日常が続くブログ、

たわいもない出来事を書いた

ある意味で本当の日記だった。

ただ

僕がこんな事を言うのもおこがましいが、

彼女には

そこだけでは終わらない文才があった。

多分、

何気ない日常をドラマチックに捉える事が得意な人だったんだと思う。

お母さんが買ってきてくれたどら焼きが美味しくて、

買ったスーパーで買い占めようとしたら、

先にどら焼きの前で人が立っていて、

物陰から

「買うなー、買うなー。」

と念を送り、

無事に買い占めた話や

お店からの帰り道、

後ろからついてくる人がいて、

不審者だと思って

声を掛けられた瞬間、

般若心経を唱えると

妹だった話など、

何気ない話の中にも

いつもクスッと笑えるユーモアがあった。

彼女に会って話してみたかったが、

いい歳して

1人で風俗店に行く勇気もお金もなかった。

また

「一回行ったら、

あの欲しかったオニヅカタイガーのスニーカー買えるよな。」

と現実的に思うと行く気にもなれなかった。

 

そんな彼女がある日、

何の前触れもなくお店を辞めた。

お店にも事後報告の突然の退社。

最後に更新されたブログにその理由が書いてあった。

 

「私の事を私以上に大事に思ってくれている彼をこれ以上傷つけたくない。」

 

内容から察するに

彼も彼女が風俗で働いていた事を知っていたのかも知れない。

いつも中身よりユーモアを優先していた彼女からは珍しく、

真面目な文章と今までの感謝の言葉で

ブログは締めくくられ、

それから暫くして彼女のブログは消され、

お店のプロフィールからも

彼女の名前は削除されていた。

もう今では読む事も出来ないし、

彼女に会う事も出来ない。

もう半年前くらいの話。

 

ブログを読むのも書くのも好きな方で、

割とお気に入りのブログを見つけては、

たまに過去を遡っては読み漁っている。

基本的に女性のブログが多い。

女性のブログの方が

可愛らしい写真も見れる上、

内容も楽しいものが多い。

今まで見た中だと

やっぱり壇蜜さんがずば抜けて面白かった。

読んでいたのは『私の奴隷になりなさい』公開直後の事。

ある程度の年齢を重ねた部分もあったのかも

知れないが、

裸一貫からここまで知名度を上げた現状を考えると

ちゃんと才能を持っている人は

やっぱり最終的には評価されるなと思う。

 

僕がブログを書き始めたのは、

スパルタンX(明日、照らすの前身バンド)のホームページが出来た際に

何となく書き始めたのが最初だった。

元々書く気はなかったが、

担当していたメンバーが辞めた事で

なぜか僕が書く事になった。

ちなみに最初の頃お手本にしていたのは、

J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』だった。

『ライ麦畑でつかまえて』は

アメリカの小説であり、

英語で書かれた原文を読んだ事はないので分からないが、

翻訳版では全編読み手に語りかけるような

口語体で書かれている。

日記を始める前、

銀杏BOYZの峯田さんのブログを見ていて、

「日本人がこういう『ライ麦畑でつかまえて』みたいな

口語体のテンションで書くのいいなあ。」

と思って僕も真似していた。

『硝子戸の中』を遡ると

最初の頃にその名残が残っているので、

読めば分かると思うが、

最初の段階を見ると

自分でも恥ずかしくなるくらい

サリンジャーよりも峯田さんのコピーになっていると思う。

ある時、

「日記見たけど峯田さん、好きなの?」

と知人の指摘を受けてから、

「これじゃ僕が書いている意味がない。」

と気がつき、

今はサリンジャー meets 伊丹十三と中島らも

featuring 向田邦子みたいな

ブログを書こうと思って、

もちろん4人には遠く及ばないが

自分なりに模索して、

たまに思い出した頃に書いている。

しかし昔に比べると書かなくなった。

明日、照らすが『それから』を出したくらいの頃から

ライブに来る人や

会う人に

「ブログ楽しみにしてます。」

と言われる事が異常に増え、

途中から書く量は増えたが、

「こう書いたら面白いのかな?」

と周りを気にするようになり、

書く事自体は全く楽しくなかった。

今思うと気負うほどの期待はされてなかったはずだが、

自分が暇つぶしに書いていたものが

たかだか少々評価されたくらいの事で

自分を見失っていた。

「読み返した時に自分が笑えたらいい。」

偉そうに言える立場でもないが、

今は書くものに関して、

それくらいのモチベーションでいる。

別にそれだけでいいと思う。

そもそも

彼女のブログが僕を惹きつけたのは、

単純にそれだけの理由だった気がする。

彼女も

「こんな風俗嬢のブログなんて誰も読んでないと思いますけど」

とよく前置きで書いていたくらい

他人に期待をしていなかった。

最後に残るものはそこに自分がいるかどうかだけで、

きっと周りの評価なんて関係ない。

周りの評価を気にせず、

自分が思った事だけを書き、

周りを無視しても

最後まで自分を突き抜けられるか。

かなり大袈裟な話になってしまったが、

ブログだけではなく、

音楽や私生活も含めて、

今の僕にはそこが一番の課題な気がする。

 

 

今頃、彼女は何をしているのだろうか。

もしかすると

ブログに出てきた彼と同棲しているか、

うまくいけば結婚しているかも知れない。

山ほどの図鑑や漫画とDIY家具で

底が抜けそうになっているアパートの一室の中、

妹との戦いで培った勝気さを見せて、

たまに摑み合いの喧嘩をしては、

仲直りにどこか2人で旅行に出掛けている事もあるだろう。

彼女が選んだ人ならきっと間違いはない。

元風俗嬢と付き合っている彼と元風俗嬢の彼女。

元風俗嬢の過去も含め彼女を受け止めた彼と

その彼のために新しい自分になろうとした彼女。

 

あなたは何と言うか知らないが、

僕にとって2人は

眩しいくらいに突き抜けていて、

ただただ羨ましく思える。

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